第15話 人体模型

15話 人体模型



『理科準備室、借りれました! もう鍵は貰ってあるので理科室で落ち合いましょう!』


 四限が終わり、昼休みに入ってすぐ。犬原君からそんなメッセージが飛んできた。


 借りれた……って、今の一瞬で? こっちは四限の先生の授業が少しだけ延長されたせいで数分昼休みの開始が遅くなったけれど、もしかして今の一瞬で担任の先生に鍵を借りに行ってくれたのだろうか。


「ふふっ」


 廊下を全力疾走し、職員室まで駆けていく犬原君の姿は、思いの外簡単に想像できた。


 さて。せっかく急いでくれたのだ。あまり待たせるわけにもいかないし、私も早く彼に会いたい。


 お弁当箱と財布、スマホだけを持ち、席を立つ。


 理科室は渡り廊下で別の校舎に渡って、そこから階段で三階に上がった後廊下を奥の方まで進んだところにある。


 いくら鍵を借りられたとはいえ、二人きりでこっそり会うなら教室の場所は大事だ。例えば私たち二年生の教室の隣にあるパソコン室や自習室なんかは、ほぼ間違いなく入っていくところを見られるだろうし、中々使いづらい。


 しかしそういう意味でこの理科室というチョイスは完璧だ。しかも正確には理科室ではなく理科準備室。もしかしたら実験なんかで五限がある生徒が入ってくるかもしれないけれど、そこは事前に先生に聞いておけば対処できるし。そもそも教室の位置がかなり奥だから偶然人が通りかかるということも少ないはず。流石は私の彼氏君だ。


「えっ……と。たしか理科室で、って言ってたよね」


 鍵は開いていた。普段は施錠してある場所だし、おそらくもう犬原君が中にいるのだろう。


「犬原くん? いる……の゛っ!?」


「あ、先輩! すみません、今準備室片付けてるので!!」


 ガララ、と扉を開けて一番に視界に飛び込んできたものに一瞬、私は言葉を詰まらせた。


 すぐにひょこりと犬原君が顔を出したが、彼は理科室から準備室に続く扉から人体模型を運び出している最中だったのだ。私の方からは不自然に動くそれしか見えなかったから、正直悲鳴をあげそうになった。なんとも心臓に悪い。


「私も手伝おうか?」


「いえ、机の上がちょっと散らかってたのでどけたのと、これが邪魔で運び出してただけですから。もう終わりましたよ!」


「そ、そう……」


 私は、人体模型が苦手だ。


 あの皮膚の一枚下にある筋肉だけで人の形を模っている姿はなんとも不気味だし、取り外し可能な臓物も妙にリアルであまり直視したくない。まあ正直、あれが得意だという人の方が少ない気がするが。犬原君は少なくともなんとも思っていないようだ。


「? どうかしました?」


「へ!? あ、いや……別になんでも……」


「そうですか? やけに目線をこっちから外してる気がするんですが」


「気のせい、だよ。ほら、早くお弁当食べよ?」


「……なら、こっちに来てくださいよ。なんでずっとそこにいるんですか?」


「う゛っ」


 どうしよう。なんか変に意識したせいで余計に怖く見えてきた。


 人体模型は準備室への扉のすぐ横だ。避けては通れない。


 本当はもっと遠くへ退けてほしいけど……それを言うのは、少し恥ずかしい。


「先輩、もしかしてーーーー」


 けど、犬原君は。


 私の考えていることをすぐに察せてしまう犬原君には。そんな私の気持ちも、すぐにバレてしまう。



「人体模型……怖いんですか?」

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