第5話 傷の正体

5話 傷の正体



 この刺青を入れたのは、中学三年の受験を終えた後のことだ。


 お年玉とか、お母さんのお手伝いをして手に入れたお小遣いとか。それらをこれを掘るためのお金に全て当てた。


 理由は簡単。これを掘れば、強くなれると思ったから。


 けど、現実は違った。


『何をしてるんだ、お前は。俺の娘が、こんな……』


『明里……? ねえ明里、応えなさい! なんでこんなもの入れたの!! まさか、誰かに強要されたの? ねえ、 ねえってば!!!』


 私はこの傷のせいで、大切なものを全て失った。


 教育に厳しい人だったこともあり、娘が刺青を入れたという現実に絶望したお父さんは離婚し、家を出た。


 受験で苦労をして合格した高校では、当然のように刺青を見せるわけにはいかず。バレたら退学待ったなしな状況に追い込まれた私は、夏服を着ることも水着になることもできない。着替える時だっていつも更衣室にはいられないし、とにかく不便なことばかり。この格好のことやそれらで少しずつ周りから浮き始めたことで、夢見ていた高校時代の青春まで。失った。


「先輩……そ、それ……」


「うん。刺青だよ。中学の時に掘ったの。笑っちゃうでしょ? こんなのがあっても、周りから指を指されるだけなのにね」


 そしてこれの一番タチが悪いところは、自分は被害者でないということだ。


 自分で自分の道を潰した。そのせいで誰かのせいにすることはできず、一生この傷を背負い続けることになる。


 一応、刺青を消そうと思えばできないことはないらしい。しかしそれにはお金もかかるし、完全に消せるわけではないから皮膚に本当の意味で大きな傷も残る。とてもじゃないが、私にその決断をすることはできなかった。


「強くなれるって、かっこよくなれるって……勘違いしてたんだよ。これさえあれば私は無敵だ、なんでもできる……って」


 自分で言っていて、笑ってしまうほど愚かだ。


「けど待ってたのは、大好きだった両親の絶望の顔だけ。私は強くもかっこよくもなってなかった。これのせいで、普通の女の子どころかもっと下の、死ぬほどダサい奴になっただけだった」


 ああ、顔を上げるのが怖い。


 犬原君は今、私のことどんな目で見ているのだろう。軽蔑の目か、絶望の目か。はたまた畏怖の目か。


 なんでこんなもの、見せてしまったのだろう。ついムキになっしまったけれど、よくよく考えれば「犬原君の顔がタイプじゃないから」とか、「恋愛に興味が無いから」とか適当な嘘を言っておけば。この子の中の月原明里という偶像を傷つけることもなく、終わりを告げることができたのに。


 やっぱり刺青なんて、掘らなければよかったな。


 何度目かも分からない後悔と共に、潤み始めた視界でコンクリートの床を見つめる。


 犬原君と再び目を合わせるのはやっぱり、怖い。大好きだった両親から向けられたあの目線をもう一度見せつけられてしまったらもう、私は私でなくなってしまう。そんな気がして。


「もう分かったでしょ。君が夢見てた月島明里はどこにもいない。いるのは自分で自分の首を絞めてる馬鹿な女だけ。どう? これで諦め……ついたかな」


 つかないはずがないだろう。


 私が男でも、こんな女は絶対に選ばない。隣に連れているだけで自分の品位が落ちるし、何より面倒臭いから近くにすらいたくない。


 フラれる覚悟はとっくにできていた。それどころか、罵声を浴びせられる覚悟さえも。


 一人の男の子の純情を踏み躙ったのだ。それくらいのことをされて当然。むしろ、そんなのじゃ足りないくらいでーーーー


「あ、あの。先輩」


「うん」


「……諦め、つかないどころか。えっと、その……月島明里さんへの好きが全然揺らがないんですが、どうすればいいんでしょうか……」


「…………え?」


 困ったように呟く彼の言葉に、咄嗟に顔を上げる。


 すると、目が合ったのに。そこには私の想像していたような感情は全く篭ってはいなくて。




 ぽりぽりと頬を掻きながら苦笑いするだけの彼が、そこにはいたのだった。

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