第4話 ハリボテの荊

4話 ハリボテの荊



「どういう……ことですか? 先輩が僕に釣り合ってない、って……」


「そのままの意味だよ。私は君が思ってるようなかっこいい人じゃないってこと」


 この子の目には、今私はどんなふうに映っているのだろう。


 いや、大方察しはつく。


 他人から見た私という人間への評価は、ほとんど単一だから。


 素行が悪くて、怖くて。普通の高校生とは逸脱した存在。教室にいても浮いている、邪魔な人。


 犬原君のような真面目な子からしたら、もしかしたらそんな私が「かっこいい」と映ってしまい、それが今告げられた恋心へと繋がったのかもしれないけれど。


「私は、弱い人間なんだよ。こうやって着飾ることでしか自分を守れない、ちっぽけな人間なの」


ーーーーそれらは全て、私がついた嘘だ。


 志が強く、かっこいい人に憧れて。身の丈に合わない″傷″を、自ら負って。大切なものを壊した。


 その時に私は初めて気がついた。ああ、私は所詮ハリボテで上部だけを固めて強くなろうとしただけの、弱い人間なんだって。


 だから私は、その内側を人に見せるのが怖くなって。傷を傷で上塗りしていった。


 美容師さんに似合うからと入れられた青のインナーカラーも、こういう容姿に似合うからと伸ばしたウルフカットも。みんなが揃って着ている制服の上から、個性を主張するように羽織ったパーカーも。


 全部全部、私という弱い人間を隠すための鎧。この子はそうやって塗り固められた″偽物の私″に恋をしたのだ。


 だから……私は、犬原君とは付き合えない。


 だって、その私は私じゃないから。きっと本当の私を知ったら失望される。第一この″傷″も、この子はまだ……


「なん、ですか。それ……そんなのじゃ、素直に諦めきれないじゃないですか……」


「そう。分かった。……うん。犬原君は、決死の覚悟で私に想いを告げてくれたんだもんね。じゃあ、ちゃんと諦めきれるように。本当の私を見せてあげる」


「へっ!? ちょ、先輩!? 何してるんですか!?」


 羽織っていたパーカーを脱ぎ、落とす。


 きっとこの子は、本当に私に恋をしてくれているから。中途半端な理由では諦めてくれない。


 第一、本気の告白をしてくれている相手に対して、あんな断り文句だけでは失礼だった。


 これを見せるのは、親とこの傷を入れた人を除けばこの子が初めてだ。まさか自分から見せる日が来ようとは思いもしなかった。


「な、なんで脱いで……い、いい一体何をーーーー」


「目、逸らさなくていいよ。私から見せてるんだし」


 ああ、でもやっぱり……少し怖いな。


 見せる事そのものがじゃない。別にこの子に下着を見られたところで、多分私は何も思わないから。


 怖いのはーーーーこれを見て、仮にも私に恋をしてくれた男の子が、落胆する表情を見なければいけないこと。


 ぷちっ、ぷちっ、と制服のボタンを外し、律儀に目を逸らし続ける彼の前に、全てを曝け出す。


 やっぱり、怖い。身体が震えている。


 でもーーーー


「見て。私がどれだけ汚れている人間なのか。これを見れば分かる」


「み、みみ見れませんよ! 女の子の、そんな……」


「いいから! 早く、見てよ……っ!」


「っ……」


 声を荒げた私に呼応するように、犬原君はゆっくりと背けていた顔をこちらへ戻し、目を開ける。


 そしてその目線はすぐに、胸でもお腹でも、ましてや顔でもなく。ーーーー左肩へと、固定された。


「こんなに汚れた女じゃ……君の隣には立てないよ」


 私の左肩に入れられた……いや、自分で刻んだ″傷″。


 

 鎖骨の下から左の二の腕にまで巻き付くように掘られた、荊の刺青へと。

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