【Page】vm.04:27/l.v.

最近、おかしな夢を見る。少し不気味でメルヘンな夢だ。明るい色彩で彩られながら、生理的嫌悪感すら抱かせる何かが生々しい夢。それだけならいい。ただの夢だ。だが、目覚めに倦怠感と頭痛 が伴ってくるのだから堪らない。おまけに寝覚めが悪いのか、ここ最近目覚まし時計が鳴るより随分早く目が醒めてしまっていて。寝起きの頭痛が午後まで長引くものだから、体調を崩しがちな日々だった。

(なんだかなあ・・・)

いちごオレのストローを噛みながら、ふわり。欠伸をひとつ。寝不足が祟っているのか、食欲もない。 そろそろ病院にでも行くべきかと漫然と考えながら、夕日が差し込む窓を眺めていた。このあと、何か用事があるわけではなく。いちごオレもすでに飲み終えている。特に理由もないのに貴重な放課後の時間を無為に浪費しているのは、席から立ち上がるだけの気力もないからだ。動きたくない。 というかなにもしたくない。全身がただひたすらに怠重い。これも寝不足のせいだろうか。 夕焼けの光が直接目に入ったせいか、昨日の夢の一場面が脳裏にフラッシュバックする。大きい内 厚の花弁に、花芯から垂れる毒々しい匂いの密。美しい筈なのに何故か吐き気を催すその景色を思い出し、より身体の脱力感が増した。 重力に逆らうことを止め、ぺとりと机に頬をくっつける。斜め下から見る教室の時計の針は、すでに5 時過ぎを差していた。もはや惰性で液体など一滴もついていないであろうストローを噛む。橙色の日差しに照らされた、憂鬱で、穏やかで、くだらない時間だった。

ーーーと。ガラガラ。教室の扉が開く音がした。今までの鈍間さが嘘のようにハッと飛び起きる。音の方を見ると、ひとりの女子生徒が立っていた。

「・・・あ。朝凪さん」

全力でだらけきっていたところを見られた照れ隠しに頬を掻きながら、どうしたの?と尋ねる。彼女 はひとことで淡々と答えた。

「忘れ物」

「そ、そうなんだ」

その、体温を極限まで切り落とした無駄のない返答に思わず気後れしてしまう。彼女は、そのまま静かに自身の机——即ち僕の隣の席へと歩いていく。

朝凪神奈(あさなぎかな)。一ヶ月前、僕たちのクラスに転校してきたクラスメイトである。背中の 申ばした艶やかな黒髪に、透ける程の白い肌。どこか独特の雰囲気のこの美少女が黒板の前に立ったとき、クラスはひそかに沸き立った。男子はもちろん、女子までも。しかしながらその興奮も、次第に熱が冷めるように収まっていった。別に朝凪さんが何かしたわけでも、何か行ったわけでもない。 彼女は普通に学校生活を過ごし、普通に数人のクラスメイトと友人関係を築いている。ただ自然と、彼女はこのクラスで流れる風のような立ち位置を獲得していた。必要以上に絡まれることはなく、 妬まれることも、執着されることもない。クラスの中心に立たされることも、クラスの底辺に貶められるこ ともない、そんな立ち位置。クラス1――いや、学校1の美少女を名乗っても許されるほどの美貌を有しながら。 どこか異常で、でも何がおかしいのか分からない違和感。そういう感覚をまとめて、海里は彼女に「変 わってるなぁ」という感想を抱いている。

「・・・」

「・・・?え、なに?」

視線を感じ、隣に目を向けると朝凪神奈がじっと海里をみつめていた。両手にはおそらく言っていた忘れ物であろうオシャレな表紙のノートが抱えられており、だから用事はもうない筈だ。自分に何か言いたいことでもあるのだろうか、と彼女を見つめ返す。彼女——朝凪神奈はこくりと首を傾げ。

「花って好き?」

奇妙な問いを投げかけた。

「あ、え、うん。綺麗だし・・・」

というか、花を蛇蝎のごとく嫌う人などいるのだろうか。基本、好きか無関心かに別れるだろう。 そう思いながらもしどろもどろになりながら答えると、彼女はひとつ静かに頷いて。

「じゃあ、花のマガイモノは?」

「えっ」

納得したと思ったら、また変な質問が来た。困惑、という感情が脳を占める。 マガイモノってなんだ。造花のことか???

目をぐるぐる回しながらどう答えるべきか悩んでいると、「ふうん」と涼やかな声が隣から聞こえた。まだ何も答えていなのに何故か納得したような表情をした彼女は、またも理解不能な言葉を続ける。

「愚かだね。朝を溶かそうだなんて。朝はいつか自然に終わるもので、そして永遠に終わらないものなのに」

やわらかな笑み。やさしい声音。心の底から───憐れんでいるような。 「そして醜いね。そうまでして好かれたいの?でも匂いは隠せないよ。いくら花を騙っても」

静かに紡がれる侮蔑の言葉。周囲の音一切が喪失してしまったように、時計の針音だけが耳に届く。ふと気づいた。この言葉は、自分に向けて語られているものではない。淡い墨色の瞳は、佐城海里を見ているようで、見ていない。

海里ではなく、その先にある何かに対して、彼女は言葉を発していた。 錯覚にも等しい根拠のない気付き。だが確信もあった。

朝凪神奈は変わっているが、会話ぐらいは普通にする。少なくとも、相手にちゃんと通じる言葉を選ぶ。ならば、海里に言葉が通じていない時点で、彼女の会話の相手は海里ではないのだ。

「ねえ」

ふっ、と彼女の瞳孔が”こちら”を向いた。

「せめて、いらない好意ははっきり断った方がいいと思うよ?君のためにも、相手のためにも」

「えっ、と」

急に会話の相手がこちらに変更され、戸惑う。けれど彼女は海里の答えも、なんなら意味が通じることさえ期待していなかったらしく、瞬時に「まあいいや」と投げやりな言葉を吐いた。

「はい、これ」

その代わりのように、おもむろにポケットから取り出した何かを海里に投げる。涼やかな音を奏でるそれを、反射的に両手でキャッチした。

「鈴・・・?」

音から投げられた物体の正体は予想はしていたものの、どうして渡されたのかはまるで分からない。 白い縒り糸に、星型の銀白の鈴のストラップを眺めながら首を傾げてしまう。 これは何なのか問おうとして顔を上げると、朝凪さんはすでに教室のドアのすぐ側まで離れていた。

「じゃあね」

「え」

用はもう済んだとでも言うように、彼女はひらりと手を振って教室を去っていく。呼び止める暇もなかった。教室には呆然とする自分ひとり。”鳩が豆鉄砲を食らった”ような顔って、たぶん今の自分のよ うな顔なんだろうなぁと現実逃避をする。

(な、なんだったんだろう・・・?)

最初から最後まで意味不明だったし、マイペースだった。台風と言えるほどの騒々しさはないけれ ど、何かの天変地異として喩えるべきではないだろうか、彼女は。 チリン。腕が無意識に揺れていたのか、手の中の鈴が音を鳴らした。 空気を振動させるきれいな響きに、不思議とまあいいかという気分にもなる。 もらえるのならもらっておこう。ちょうど、鞄のストラップを無くしてしまったことだし。 白い縒り糸を持ち上げて、また鈴を揺らしてみる。チリン。ささやかで、でも心地良い音が鳴る。

なんだか変な放課後だったけれど。

嫌な感じはしなかったから。

明日の朝、お礼でも言おうかと思った。


(・・・でもやっぱり。変わってるよなぁ、朝凪さん)




その日以来、おかしな夢は見なかった。



▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


#レセ・ヴィプレの虚像


花を騙るモノ。美を語れないモノ。午前4時27分に鳴り続けている。 力はそんなに強くないので、御守りだけで祓えた。


朝が嫌い。朝が怖い。朝を溶かしたい。朝日は真実を照らし出すから。 だけど見て愛して欲しいから、朝と夜の狭間で待っている。ずっとずっとずっと。

せめて望んだ祈りが『邨ょケ』であれば、救われただろうに。


*vm.=Vormittag


*l.v.=laissez vibrer

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

つれづれにっき 閏月 @uruuduki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る