第4話 若侍


 さても美丈夫な侍人さぶらいびと


 切れ長のまなこに凛々しい太眉。

 貴族の書き眉とは違う長く伸びた雄々しき眉毛。

 その端正な顔立ちの貴公子が再び平伏ひれふして言う。


せんだってはご無礼の段、ひらにご容赦を」


 意外にも、殿方の口からお詫び言葉が飛び出した。

 思いのほかさとい御仁のようです。

 その様子に姫君も感心してか、少し目を細めて曰く。


「くるしゅうない。いやしくも高貴あてな姫たるを馬上で呼びつけたとあらば、さぞかし火急かきゅうの用向きであったのであろう?」

「まさか下馬げばせなんだことまでお見通しとは、お見それしました。お察しの通りにございます。そのご用向きというのは……」

「存じておる。くだんの竹取のむすめについてであるな?」

「これは恐れ入りまする。すでに御耳に入っておられましたか! その姫君、なよ竹の……」


 若侍——有良安ありのよしやすがその名を告げようとしたその時、


 ぴしゃり!


 強く、されどしなやかな手つきで姫君の扇が床を叩いた。


などと呼ばわるそうだが、かばね散吉造さぬきのみやつこであろう。ならば忌部いんべの者であるな」

「いんべ?」

竹取翁たけとりのおきなの氏族の名よ。そのむすめ、名を迦具夜かぐやといったそうだが『』とは梵語ぼんごに由来し、天竺てんじく仏陀ぶっだを始めとする仏法ぶっぽうが神の名に用いられる文字だ。そして『具』は物体を『』は闇や空をそれぞれ表すことができる。つまりよいの空に舞う物体——すなわち『月の神』と読み取れる。『迦』を別の意味で表すならば『逢瀬おうせ』ということになるか。であれば『月夜の晩に拾ったむすめ』という意味合いがありそうだが……聞けば、散吉造さぬきのみやつこ宵闇よいやみの竹藪でむすめを拾ったとか?」


 そこで若侍、おおぎょうに目を見開いて曰く、


「いつ、何処いずこの方からそのようなお話を?」

何処いずこも何も、件の騒動にまつわる話はいたるところで耳にするからのう」


 そこで、再び扇をぴしゃりと叩く姫君。


「そうそう、今一つ面白をかしき話がある」

「おかしき話とは?」

「散吉の山には金の鉱脈があるという」

「まさか、竹取翁たけとりのおきなが一代で財を成したとかいう?」

「それはない。散吉造さぬきのみやつこは元より村の長者よ。ただ、その財源はおそらく竹取の山の鉱脈であろう」

「なにゆえに、そうお考えあそばれますか?」

「風水よ」

「ふう……すい?」

「さよう、わが鬼火きびの家は開祖より『陰陽寮うらのつかさ』を歴任しておるゆえな。われも、その五代目でありける」

「うらのつかさ……話には聞いておりましたが、よもや貴方あなたさまのような麗しき女子おなごであったとは」


 陰陽寮うらのつかさとは、かつて朝廷において天文・地理・風水・暦の編纂を任された陰陽師の務める役所でありその役職のことで、中でも最高峰の陰陽師は天文博士としての学位を修めていたといいます。

 わたくしの家も、お爺様の代までは陰陽寮に務めていたのですが、急速な文明開化と共に廃止となってしまったそうです。


 お爺様は時折、そのことで「石御門いわみかどのボンボンめが欲をいたばかりに」などとボヤいていますけど……


「みてくれで人を測るようではまことことわりは見えぬものよ」

「これはご無礼つかまつった」

「ま、金というのは戯言ざれごとであるがな」

「なんですと?」

「ふふ、正しくは金剛石こんごうせきである」

「こんごう?」

「知らぬかえ? まばゆき輝きを放つ宝の石よ」

「さあ、金剛と言えば仏像くらいしか思い当たりませぬ」

「ふむ、そなた……さてはまだ恋を知らぬな?」

「それがしは侍にて、女子おなごうつつをぬかすいとまなどござらん」

「つまらぬのう」

「では、面白おもしろき話を一つ」


 そこで殿方、妖しき笑みを浮かべるや、袖口から一本の矢を取り出します。

 鏃のある先端は布で丁寧に巻き付けてあった。


「なにを隠そう、それがし月の侍と一戦交えておりまする」

「ほう、それは真か?」

「一戦交えたと申しても、こちらから一方的に矢を射ただけで、相手にはされませなんだが……」


 言って布を取ると、見事に欠けたやじりがあらわれた。

 殿方曰く、


「これは、その時の矢にござります」

「何か固いものにでもぶつけたか?」

「いえ、むしろ敵の額を射抜いたものです」

「待て、それが真ならば、その者は死しておろう。それでは無理がないかえ?」


 しかし、若侍はやや困り果てた様子でこう述べる。


「それが、矢は額を射抜いたまま闇の奥へと突き進み、射抜かれたはずの敵兵は何事もなかったかの如くその場を立ち去ったのでござります」

「矢が頭をすり抜けたと申すか?」

「はい」

「ほほぅ、まことならば、これは……」


 と、そこで姫君は扇を口に当て、ほんの少し笑みを浮かべ——

 一言、こう言い放った。


実に面白いいとをかし

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