第3話 来客


 それにしてもさるにても不思議なことがあるものよ。

 聞くところによると、竹取翁たけとりのおきななる人物は山村に暮らす民の出で、山で仕入れた竹ではしや弓などをこしらえては役人などに売りながら生計を立てていたらしい。

 それがある夜、一人の娘を授かってから次第に羽振りが良くなり、ついには村の長者となってみやこへ移ったとか。


 山で隠された金塊でも見つけたか、あるいは……


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 などと、姫君が思案にふけっていたところへ、


「たのもう!」


 その殿方の声が聞こえてきた。

 声の主はこう名乗ったという。


「それがし、西大納言かわちのだいなごん様に仕えし侍人さぶらい有良安ありのよしやすと申す。故あって主殿あるじどのにお目通り願いたい」


 わずかと言えども寝殿にまで響いてきたことを考えると、おそらく馬上から声を張り上げたものと推測されるでしょう。

 仮にも貴人の家の前で馬も降りずに声をかけるなど無礼千万。

 姫君がご立腹りっぷくなのも無理のないこと。

 そこで姫君、侍女の瀬蓮せはすに門の様子をうかがうように命ずると、そばの箱から真珠貝しんじゅがい白粉おしろい入れを出す。

 膝元の小さな手鏡を握りしめ。


「楽しみよのぅ、いったいどこの馬の骨……もとい貴公子が来るのやら」



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 姫君、身支度を整えると寝殿しんでんから西門へと向かう渡廊下わたりどのを通り、その途上のていの字に交差する門を抜ける。

 左手を見やると、釣殿つりどのに留めた舟が池の上で寂しげに浮かんでいた。


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 ここで一首いっしゅ——


 うきふねや いざよいすぎて わびしけり

 かけたるこひも な……な……な……なすていおん……


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 なすていおん?

 たしか蘭印いんどねしあ辺りにそのような名前の人がいると聞いたことがあったような……

 やや、疑問の残る言葉ですが、わたくしは取り合えず先を進めることにします。


「あの……姫さま?」


 間の悪いことに、後ろから瀬蓮せはすが戸惑うような声で呼びかけた。


「え、えっと……ほら、一昨夜おとつい望月もちづきの宴を覚えておるか?」

「ええ、もちろんです。それは見事な真円でしたから」

「さよう、それで月見舟を浮かべて楽しんでいたのに、十六夜も過ぎた今では誰にも使われずに停まっているので、かつての淡い恋が終わったような侘しさを感じておったのよ」

「さようで……それで、その『なすていおん』というのは?」

「それはのう……て、天竺てんじく! 遥か西の天竺、その途上の島々が鬼に支配されている夢を見てのう。その時、鬼から人々を救いたる将の一人が『なすていおん』なる名であったのよ」

「あ、はい……」


 半ば呆れるような目で姫君を見やる瀬蓮。

 後に姫君はこの時のことを、


「主に対しなんと無礼な侍女であろうかと思ったものよ」


 などと語り草にしていたという。


「さようなことより、先程から殿方が出居いでいでお待ちですが……」

「そうであった。では、参ろうか」

「はい」


 きびすを返し、釣殿と反対側にある出居いでいへと歩を進める。

 そして御簾みすを開けた先で、うやうやしく平伏する侍人さぶらいを見つけると、扇を広げて薄らと眼を細めた。


「われがここの当主、鬼火桐子きびのとうしである。西家かわちありとやら、おもてを上げよ」

「はっ」


 透るような声で返事して、ゆっくりと殿方は顔を上げる。

 それは、凛とした偉丈夫……いや、美丈夫の貴公子であった。

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