第23話 身に余る行い
「ルカ、そこまでにしとけ」
背後にいたレイナが、突然つぶやく。
「何言ってんだ」
「神としての『重み』が足りねえ」
振り返らず、伸びていた第一の腕を自分の下へと戻す。
「俺はまだ若いけど……上手く使えているだろ」
「そういうつもりで言ってねえし、気づいてねえのか」
「なにが――」
ふと、感じる。呪いは唱えられた者だけでなく、唱える者にもその呪いの力が及ぶ。だが、己の呪いを制御できてこそ、其れを神と呼ぶのだろう。
渇く。
飢える。
どれだけ食べても、飲み込んでも、腹が減る。こんな少ない魂力では満たされない。
元の大きさに戻っていた異形の腕が、蠢く。流れる炎が、激化する。新しい食べ物はないか。
見境なく狙いたくて、堪らない。何でも良い。誰でも良い。神でも、人間でも。
「半端者が!」
レイナがルカの肩に手をかけたそのとき、異形の腕から耳をつんざく音が響き渡る。神の呪いが魂力を欲するように動き出す。
獣の頭を思わせるルカの二つの腕は、暴走列車の如く、怪物に突撃する。為すすべもなく、怪物の揺蕩う細長い身体が噛み砕かれる。
再生する暇を与えることもなく、喰い続ける。
「ふざけた力を……言語道断である!」
怒号を発し、津川先生はルカの腕に向かって呪唱を放つ。が、視覚が失われようと、聴覚が失われようと、その「飢餓」が失われることはなく、暴走は止まることを知らなかった。
人間を優に超えた大きさだった怪物の身体は、見る影もなく。頭部が無造作に、地面に落ちて転がった。吠えることもなく、あっさりと。
怪物に意志があったのならこの光景を見てどう感じていただろうか。己の攻撃を上回る圧倒的な力でねじ伏せられ、ただ地面に伏すことしかできないこの状況で、何を思うだろうか。
「嗚呼、嗚呼……! あの御方がこの私に授けてくださった、大切な御使いを……こんなわけのわからない力で……」
失意のどん底に、津川先生は膝から崩れ落ちた。
「ルカ、さっさと神刻を私に返せ。それ以上は神刻に身体を取り込まれる」
「けど、まだ怪物を倒し切ってない!」
「けどじゃねえ、ルカにはまだ早かったんだよ!」
異形の腕とは反対の、まだ人間のままの左腕を見る。汗がにじみ、小刻みに震えていた。
「……くっ」
躊躇してしまう。頭ではわかっていても、《
まるで、ルカ自身の神としての側面を否定してしまうようで――
「おい、ルカ!」
ルカが気づいたときには遅かった。
再び、異形の腕が暴走を始める。ウイルスのような頭部だけが残った怪物に向かって、突き進む。新しい魂力を求めて。飢餓の終わりを求めて。
しかし、いきなり異形の腕は方向を変えた。黒く炎を纏った神は、怪物に興味を失くし、途方に暮れている津川先生に目を向ける。
怪物をも喰らうその口を広げた。
「うっそだろ――」
ルカはすぐに腕を引く。異形の腕は、津川先生の身体を噛み切ろうとして、勝手に牙を振りぬいた。
牙は津川先生の腹部を引き裂く。トマトが潰れたような水分の多い音が鳴る。
紙一重の差で、はらわたを噛み千切ることは避けた。それでも、すぐに津川先生の細い腹部は血で真っ赤に染まりだす。血の水が灰色の地面を侵食する。
「痛い、痛い………死ぬ……愛しの我が君……」
時間がゆっくりになったような感覚に、ルカは陥った。杖が津川先生の手から離れ、軽い音を立てて転がる。うずくまって、その場で倒れた。血しぶきが飛び散る。
「そんなつもりじゃ……」
意思とは無関係に、異形の腕は止まらない。
「ルカ様!」
「おい、ルカ!」
魂力を求めて、うねりを打つ。さきほどまで管につながれていた人間たちにも興味を示し出す。
人間を誰一人死なせないつもりが、ルカ自身が人間を死なせてしまうなんて。唯にどう説明すれば良い。
神の力に溺れて、気づいたら人間を殺していて。でもルカはフェイアスの息子で、実は神で。だから人間の命なんてどうでも良いんだ、と。
「そんなの、馬鹿すぎるだろ!」
叫んでも、脳と右腕の繋がりは切断されている。コントロールできずに焦りだけがつのる。再び、異形の腕が動き出す。
いきなり、レイナが肩をつかんで引っ張った。
「しゃあねえな、こっち向け」
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