第21話 戦闘開始
津川先生は杖を両手で握りしめ、持ち上げる。杖の先端が邪悪な光を帯び始めた。
「愛しの御方のために。呪唱〈
杖を地面に突き立てる。鈍く、コンクリートの削れる音。響く音に合わせて黒い波動が生み出され、やがて波動は大きく広がる。
二、三メートルの高さにもなったその黒い波は、ルカたちを覆った。質量も熱もないその波は、ただただ闇を与えた。
「――――――」
視界が真っ暗になる。何も見えない。
音が世界から消える。何も聞こえない。
意識ははっきりしているというのに、一瞬、意味がわからなかった。
どう動くべきか。
あまりに咄嗟の出来事に、頭が追いつかない。
「――――――ぶねぇ!」
がくんと、ルカの身体が後ろに引っ張られる。理解が追いつかないまま、ルカの足は宙を舞い、そしてそのまま強く地面に倒れこんだ。服と地面のコンクリートが擦れる音がする。
目を開けると、レイナが怪物を見据えながら立ち上がっていた。
「ルカ平気か」
「ごめん、津川先生の呪唱は知っていたのに……よく避けれたな」
「私には鼻があるからよ。臭いのが近づいてきたからすぐわかった」
怪物は数多の管を生やし、ぐにゃぐにゃと曲げ、ルカたちを貫かんとしている。加えて、津川先生の呪唱。時間にすれば一瞬とはいえ、視覚と聴覚を奪われている間に腕が襲い掛かってくる。
組み合わせとしては最悪だ。
ルカはピストルを素早く取り出し、構える。ルカに迫りくる怪物の腕。津川先生は杖を持ち上げ、次の呪唱のために魂力を溜めている。
深呼吸。狙いを定め、視覚に集中する。
「《
神刻を付与した銃弾が怪物の管にめり込むと、絞られたように捻じれ、砕け散る。
「――――――!」
言葉にならない音で、怪物は咆哮する。次々と発砲を繰り返す。無数の管は尽く散る。
しかし悉く、怪物は新しく管を生やしていく。
「陶犬瓦鶏。無意味な行為である。神刻を付与しているようだが、神刻そのものにより生み出された御使いに、敵うものか」
津川先生は杖を持ち上げ、神に祈るように天に掲げた。
「レイナ、俺が隙をつくるから、その間に頼んだ」
「隙ってどうやって」
「津川先生の呪唱は聞いてたからな、対策はある」
ルカは振り返り、達郎を一瞥する。達郎も瞬時にうなずいた。
再び、黒い波動が襲い掛かる。波動だからこそ触れることはできないが、例えば呪唱ではじき返すことも可能だろう。けど、それだけでは隙を生み出すことはできない。
だから、もう一度ルカたちは呪いを浴びた。
「――――――」
何も見えない。何も聞こえない。視覚も聴覚も奪われた。きっと怪物の腕がルカたちを操りにきている。
だがそれは好都合である。
「――――目が、耳が! ここはどこだ!」
あっという間に視覚と聴覚が回復するころ。呪いを言葉にこめることも忘れ、そう吠えていたのは津川先生だった。
それだけではない。さきほどまで悠々と飛び回っていた黒い塵は錯乱するかのように四方八方へと散らばり、大部分は地面に伏している。怪物も、大きくよろめいている。
「何したんだよ、すげえことになってんな」
「スタングレネードで同じことをしたんだ。今のうちに、頼む」
こちらの視覚と聴覚が失われるのなら、こちらも奪えば良い。呪唱で出来ることのほとんどは、呪いが唱えられなくとも対処ができるものばかりだ。
加えてスタングレネードは閃光を放つ。光を嫌い陰に隠れていた黒い塵だけであれば、十分に追い払える。
「……なあ、ルカ。さっきは冗談で言ったけどよ。本当にやっていいんだよな?」
「なんだよ、今更。早くしないと怪物が動き出すぞ」
「……まったく」
ルカの言葉を聞いてもなお、二の足を踏むレイナだったが、小さくため息をつくと、眼を上げた。
「言っとくが、ルカ。あくまで一部だ。こいつ相手にはそれで十分だろうし」
「わかってる」
ルカは神鏡を外す。決意のこもった赤い瞳が怪物を捉えた。
「神刻に飲み込まれるなよ」
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