第11話 弄ぶ道具でしかない

 空気が張り詰める。が、反して三栗は薄ら笑いを浮かべていた。


「ボクは死んでも君たちを通さない。そうじゃなきゃ救われないんだ」


 刃を素手で握りしめる。刀身を流れる血を、二人は気にも留めない。


「それでも、私は三栗君を助けるよ。他の生徒も、みんな」


 唯は刀から手を放すと、三栗との間合いをつめた。唯のポニーテールが、ふわりと揺れる。


「……ぅげぇ」


 三栗の口から小さく嗚咽の音。唯の肘が三栗の鳩尾に強くめり込んでいる。三栗の身体が、くの字に折れ曲がり、倒れた。


 床に転がった大太刀を拾い上げる。呪唱〈無窮光穿〉は、唯の願いを貫き通すために扱える武器を無限に生み出し、戦い続ける呪いだ。


 戦いが終わるまで、唱え終えることはできない。呪いを受け続ける。元から唯が人並外れた身体能力を持っているからこそ、この呪唱を唱えることができるとも言える。



「生徒が何人来ても私には関係ないけど、どうする?」



 前後から挟むように立っている生徒たちに、唯は威圧する。本能的に生徒たちはたじろいだ。




「封印ってことは神刻の能力は出せないのか」


 ルカはレイナに詰め寄る。


「そうだな。手を貸すとは言ったが、神刻ばっかりはどうしようもできねえ。呪唱で応戦はしてやるし、あとは自分でどうにかしろ、ルカ」


 レイナは金の鎖に手を当てた。言いたいことを察したルカは、顔を歪めた。


「どうにかって……それができたら、レイナを頼ってなんかいないよ」


「あ? 何言ってんだ、ルカだって神――」


 ルカはレイナの口の前に手を出して、遮った。唯が、武器を構えながらルカたちを一瞥しているのが見えた。


「まさかこの期に及んで何もしねえ気か」


 お互いがお互いの神刻を当てにしていたらしい。


「知ったようなことを言うなよ」


 思わず、語気が強くなる。



「俺は、人間でいたい」



「……そういう曲げねえのは嫌いじゃねえけどよ」


 ため息交じりに言うと、レイナは窓から下を覗いた。


「今のうちに逃げた方が良いんじゃねえか? 無策で来るような場所じゃねえよ。本当に神が出てきたら、いよいよお仕舞いだ」


 二階から飛び降りて学校の敷地の外に出ることはできるだろう。しかし、唯の瞳はレイナの言葉に疑念を抱いていた。


「いえ、このまま進んで神様を見つけましょう。私が護衛します」


 外に向けていた視線を唯の方に戻し、意地悪な笑みを浮かべた。



「それができるなら、神がニンゲンの上位存在なんてことにはなってねえよ」



「でも、ここで逃げたらみんなが……」



 倒れている三栗を見る。何か、おかしかった。



「……?」


 三栗は目を瞑っていて、唯の肘鉄で意識を失っているはずなのに。

 頭部が、否、頭脳が小刻みに揺れていた。




「アハハ! アハハ!」




 ルカたちを挟む生徒たちは、高笑う。そして兵隊のような歩みで、黒い塵を身体に纏いながら近づいてくる。


 倒れていた血だらけの三栗は、目を瞑ったまま身体を震わせて立ち上がる。そして無理矢理に口角をピクピクさせながら口を大きく開けて、笑う。


「アハハ!」


 血の剣が、再び生成される。


「気絶させたら良いなんて、そんな甘くはないってことか」

「ニンゲンの動きを操れるんなら、意識がなくても問題ねえんだろうな」


 レイナは、唯の腕をつかむ。


「神として言わせてもらうけどよ、ニンゲンが対処できることじゃない。これ以上ここにいると命の保障は――」



「どこまで」



 唯は三栗の姿を見据えながら、呟いた。



「どこまで、人間で遊べば気が済むの」



 唯は歯を食いしばる。小刻みに震えていた。


「私は進むよ。ルカ君、レイナ様、手を貸してほしい」


「死ぬかもしれなくても、か」


「命令二つ目。今日は私の言うこと聞くって約束覚えてる?」


「オーケー、それなら仕方ないな」


 唯をつかんでいたレイナの手が、力なく滑り落ちた。


「…………マジか」




 唯は手を震わせる。刀は光の泡となり、手錠へと形を変えた。


「倒れないなら、捕まえておくしかないよね……!」


 間を詰め、三栗からの斬撃を躱すと、両手に手錠をかける。血の剣が手から滑り落ちた。


「ルカはいいのかよ」


 唯は足をかけて三栗を転がすと、足首の方にも錠をかけ、身動きが取れないようにする。


「星宮さんとはそれなりに付き合い長いからわかるけど、こうなったら止めれないんだ」


 唯はこちらに目もくれず、真剣な眼差しで三栗の奥にいた三人の生徒を次々と捕縛していく。振り回してくる凶器を華麗に躱す姿は、踊っているようだった。


「また無鉄砲か、今度は助けてやれねえぞ」


「鉄砲がないわけじゃない、それが俺の役目だし」


 屋上のときのように、何もできないでいるのは終わりにしたかった。



「レイナは背後の敵を防いでくれ。下の階に戻れなくなっても良い」

「…………呪唱、反対解釈。〈天網ノまもり〉」


 レイナは目を瞑り、首にかけている金の鎖に手を当て唱える。


 文字の羅列が絡まった光の環が形成されていくと、それだけでなく二重、三重と段々大きくなる光の環が描かれる。


 やがてその環は廊下の空間を埋め尽くし光の膜へと姿を変えた。膜の向こう側で、先ほどまでルカたちの後方にいた生徒たちが叫んでいる。


「このまま上に行っても囲まれるだけじゃねえか?」


 すぐさま光の膜に小さな穴があく。時間稼ぎにしかならないことは百も承知だった。


「むしろ上に行った方が安全だと思う」


「なんで」


「レイナがそう考えているから」


「……?」


「一応、保険もある。でも一番問題なのは――」




 ルカは唯の下へ駆け寄った。すでに、全員の拘束を終えているが、唯の息遣いは荒かった。


「校舎に入るとき気分悪いって言ってたよね。今もそうなんじゃない?」


 ようやく、唯の視線とぶつかる。汗で髪の毛がへばりついていた。


「そうだけど、弱音吐いたら誰か助けに来てくれるの?」


 唯は倒れている生徒たちを置いて、黄金の線に沿って歩き出す。顔には、逃げるという表情は一切なかった。


 正面から立ち向い、生徒を助け、神を探し出す。そんな傲慢にも思える目標を目指して、後のことはどうでもよくて、進むことしか頭にないんだと、改めてルカは感じる。


 拳を強く、握りしめた。



「好きに暴れてくれ、星宮さんにしかできないことだ」



 振り返って唯は無邪気に笑った。


「ありがとう。ルカ君にはいつも迷惑かけてばっかだね」


 唯と目を合わせてルカは静かに哂った。


「いや全然。迷惑かけてるのは、俺の方だ」


 奥へと進み、階段を上る。後ろで太い木の幹が折れたような鈍い音がした。


 拘束されていた生徒たちが、関節を無理やり外し手錠から抜け出そうとしている。光の膜も人が通れるくらいに切り裂かれていた。



「急ごう。追いつかれる前に」

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