第二章

第6話 朝

 クエスチョン。なぜ、人は人を助けるのか。


 アンサー。人は一人では生きていけないから。「情けは人の為ならず、めぐりめぐって己がため」というまじないがあるように、身内や友人だけでなく、困っている人がいたら助けてあげる。間違っていたら正してあげる。いつか自分が助けて欲しいときに、助けてもらえるように。


 でもそういうのって、気分次第ではないだろうか。ましてや、毎日助けを求められたら、たまには自分でどうにかしろと、うんざりしてしまわないだろうか。


 神の場合は、もっと気まぐれだ。

 神は、生物を創造し、超越した力を持つことから、生物からの崇拝・畏怖される。それが当たり前で、生物とは存在の「格」が違うのだと、己の核に刻まれていた。その認識を変えるのは、とても難しい。


 だから、人間から奉られて、貢がれるのが当然で、その上で初めて神として、人間の願いを聞くか、考える。いなくなるのは困るが、一人一人に対しては価値が薄い有象無象の祈りに耳を傾ける。


 人間の一人や二人、死のうが神が存在する上では、さして影響はない。


――――


 遠くで、耳障りな機械音が聞こえた気がした。


 続けて、扉をノックする音。


 ルカは、ゆっくりと目蓋を開ける。カーテンの隙間から朝日が差し込み、埃が舞っているのが見えて、少し嫌な気分になった。


「ルカ君―? いないのかな」


 聞き覚えのある声がくぐもって聞こえ、ルカは飛び起きた。


「今何時だ……!」

 枕元にあった置時計を拾い上げると、そのデジタル時計は数字を示しておらず電池切れになっていた。



 ピンポーン、と再びインターホンの音が鳴る。

 時計を放り投げ棚の上にあった眼鏡をかけると、ルカはすぐに玄関に向かい、扉を開けた。


「わっ、びっくりしたー……って、もしかして寝てた?」


 髪を後ろで束ね、Tシャツに黒のジャケット、ショートパンツと動きやすそうな私服姿の唯が立っていた。

「ごめん、待ち合わせ時間だったよね。時計の電池が切れていて、そのまま寝てた……」


 ぼさぼさの短髪に、腑抜け顔を見て、唯は吹き出して笑った。


「大丈夫だから、顔洗ってきなよ。朝から良いもの見れた」

「良いもの?」

「うん。ルカ君っていつもしっかりしてるから、こういう抜けたところもあるんだなって」

 唯は少し意地悪そうに笑った。


「なんか調子出ないな……」

 ルカは頬をかく。


「でも、そうだね。寝坊した罰ゲームとして、今日は私の言うことを聞いてもらおうかな!」

「それいつもと、そんなに変わらない気が」


 唯についていくルカ。それが日常だった。


「と、とにかく、今日の命令一つ目! ルカ君早く行ってきな、私は中で待っとくから」

 唯に背中を押され、ルカは洗面台に行き蛇口をひねる。



「お邪魔しまーす」


 眼鏡を少し上にあげて、顔を洗った。冷たい水が心地良い。意識がはっきりしてきた感覚があった。


 そこでようやく、大変なことを思い出した。


 もう一柱の存在を。


「星宮さん入るの待って!」


 濡れた顔のまま玄関の方を向くが、遅かった。




「ふぁあー……おいルカ、朝飯作ってくれー……ん?」


 ブランケットのなかで丸まって寝ていたレイナが、ゆっくりと身体を起こした。神秘的な紅い瞳と、唯の見開かれた藍色の瞳が合うと、レイナは首を傾げた。


「たしか、ルカと一緒にいた無鉄砲少女か? なんでここにいるんだ」


 レイナの姿はだらしないものの、神としての風格がはっきりと表れていた。「目は口ほどに物を言う」とはよく言ったものだ。


「えっと……ルカ君の家に女の人がいて、でもこの雰囲気は、神様? でもなんで、ここにいるの……?」


 目をパチパチさせたり、目を回したり。足を止めてはいるが、頭のなかは大忙しな唯の様子をじっと見つめていると、


「私はレイナだ! この眼からわかる通り、神だ。お前は正真正銘のニンゲンだよな」


 自信に満ち溢れた名乗りは唯を圧倒し、その勢いでブランケットは、するりと膝上に落ちる。寝るときまで着ていたはずの服は、部屋のはじに放り投げられていて、レイナの白い素肌は窓からの朝日を浴びていた。


「しかも、はだか……うーん、キャパオーバーかも――」

 唯は、ぱたんとその場で倒れこんだ。



「あー、レイナ。俺のことは内緒で頼む」

「おう、わかった。朝飯は?」

 ルカは頭を抱えた。


「今から作るよ」

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