第16話 高校デビューはどうかと思うが、誰にでも初めてはある

 それから2か月。俺たちは順調に訓練を重ねてきた。

 ストッキングを見ても手が震えることはなくなったし、ハイソックスにも耐えることができるようになった。

 一方で優愛の成績は微妙だ。

 どうにも集中できていないというか、ぼうっとしていることが増えた気がする。

 まぁこれは吉見先生の財布事情で鶏肉が中心になったことも関係している気もするが。


 ちなみに焼肉は学年主任にバレかけたことで別の料理に変更となっている。さすがにエアコンなしの部屋で窓を閉めて焼肉をやりたい季節じゃないし。


 代わりに作り始めたのはあんまり煙とか匂いがでないタイプの料理である。

 俺や明、ひかりも調理はするが、メイン料理人は優愛だ。普段からやってるんだろうけど、びっくりするほど料理がうまい。


 ……マニアックなのも多いけど。


 おかげで部室の一角には意味不明な調味料のコーナーが生まれているくらいだ。


「はい、ブン・ロン・ドイ」


 そう言って差し出されたのは湯気を上げるラーメン丼。透明感のあるスープの中には細切れのホルモンと細い麺が浮かんでいる。

 

「……なんて?」

「ブン・ロン・ドイ。ベトナム料理で、日本語だと内臓のブンね」

「いやもうブンって何?」

「米粉のそうめんみたいなやつ」

「んじゃさっそくいただきます」


 ずるり、と啜ればレモングラスとパクチーの香りが口いっぱいに広がる。ダシそのものは鶏だと思うが、ハーブのせいか複雑な味わいだ。

 麺そのものは伸びたそうめんってのが一番しっくりくるが、スープの味が変わっているのでそうめんっぽさはない。

 細切れの内臓は煮込まれてダシが出ているのか、わりとあっさりで癖がない。くにっとした食感が面白いが、煮込んだことで硬くなってるので量が多いと疲れそうだ。


「本当はアヒルの血とか使うんだけど」

「何? 黒魔術の話?」

「違うよ。ベトナムだと結構普通の食材なの。豆腐的な?」


 想像つかない……豆腐ってことはぷるぷる系というか、固体だよな?

 そもそも血液って時点であんまり気乗りはしないけれど、ドイツには血を使ったソーセージとかもあったような気がしないでもない。


「そもそも本当は豚とか牛の内臓なんだけどね」


 砂肝や鶏ハツはそもそも邪道なのか。そもそも本家を知らないから全然違和感ないけど。

 ちゅるちゅると麺をすする音が部室に響く。

 ちなみにひかりもいるが、お弁当持参とのことでブンブカブン的なのを食べてるのは俺と優愛だけだ。


「明も来れればよかったんだけどなー」

「仕方ないよ」

「せや。安全には代えられんやろ」


 明はここ二週間ほど、部活にほとんど顔を出していない。というのも女声を習得すると同時に本気でユーチューバーとしてデビューしやがって、とんとん拍子に登録者が増えてしまったことで問題が起きているのだ。


「ガチ恋勢かぁ……いっそのこと男の娘だって暴露しちゃえばいいのに」

「絶対あかんわ。逆恨みで刺されたらどーすんねん!」

「そうだよ。動画とプイッターの画像だけで学校まで特定してくるような奴だよ? 何かあったら危ないでしょ」


 そう、明は人気が出

 結果的に厄介なガチ恋勢に粘着され、学校宛にはラブレターが送られてきた。

 配信者としての偽名である『アカリちゃん』宛だったため誰が狙われているかは不明だが、職員会議の議題に上がったと吉見先生から教えてもらった。


 警察に相談はしたそうだが、脅迫でもなんでもないので立件は難しいと言われたらしい。


「配信もモデレーターさんが決まるまではお休みって言ってたもんね」


 そしてプイッターには『特定した』『会いに行っていい?』『もっと色々わかっちゃった』『バラされたくなかったらデートしよ♡』等々キモさ大爆発のリプライやDMが寄せられるようになっていた。


 おそらく学校へのラブレターは『本当に特定したぞ』という合図だ。


 結果的に明=アカリだとバレるような言動ができなくなり、学校では元の陰キャとして静かに過ごしていた。

 部活くらい、と思わなくもないが、女装姿で俺たちと出かけていたこともあってしばらくは様子見となっていた。


 落ち込んでるかと思いきや、ヤバい感じの笑みとともに絶対に後悔させると宣言していたのでおそらく大丈夫だとは思うが。

 いや、別の意味でまずいけど。


 一応、グループメッセージで毎日やりとりはしてるのでそこまで心配はしていない。


明:ひーまーだー

明:昼ごはん食べた?

ひかり:食べとるよー

優愛:【画像】

明:そうめん?

大輔:ドンドロドンっていうベトナム料理らしい

優愛:ブンロンドイね

明:いいなー食べたい


 ぼっち飯は食べ終わるの早いもんな……その気持ちは痛いほどわかるぜ。一年生の時はずっと一人だったしできるだけ早く食べてさっさと脚鑑賞に映るのが日課だったからな。


明:ゲームしない?

優愛:ゲーム?

明:コレ


 そういって明が送信してきたのは、各自のスマホを使うことで対面じゃなくてもできる人狼ゲームだった。


大輔:人狼ゲームか

ひかり:ええやん

ひかり:擬態の練習にもなるやろ?


 ……なるか?

 そもそも人狼ゲームって結構人数が必要なイメ―ジある。


明:これのワンナイトモードなら4人で丁度いいと思う


 村人一人、占い師一人、人狼一人、狂人一人という配役で、投票で人狼が選べれば村人の勝ち。それ以外を選んでしまうと人狼と狂人の勝ちというシンプルなゲームだった。

 占い師は人狼以外の人を一人だけ知ることができるので有利にみえるが、人狼や狂人は嘘をつくことができる。

 自称・占い師が二人いると、残りの人たちはどっちが本物でどっちが偽なのかを考えなければならない。


 なるほど、確かにそれなら演技力とかを鍛えられる気がする。


 さっそくプレイを始める。

 明が不利にならないよう、部室にいる俺たち三人もチャット以外では会話しないルールだ。


 お、占い師か。


大輔:占い師です。優愛が人間でした

明:占い師です。大輔が人間でした

優愛:大輔くんが本物なら明ちゃんが人狼?

ひかり:いや、狂人の可能性もある

明:ボク視点では大輔が狂人確定だから、優愛かひかりが人狼になる


 俺の視点だと明かひかりが人狼だ。


優愛:村人です

ひかり:ウチが村人やで

大輔:これどーする?

ひかり:大輔っちは本物か狂人だからおいとく


 俺が本物なら言うまでもなく、明が本物なら狂人。

 残るは三択だ。


ひかり:大輔は誰に投票するん?

大輔:迷ってるけどひかりかなぁ

優愛:なんで?

大輔:人狼がわざわざ出るのはリスク高い気がする


 仮に狂人が出なくても自分が投票される可能性は50%。

 狂人が出れば今みたいにぐちゃぐちゃになる。そう考えると無理に出てきて本物の占い師と一騎打ちする意味はない気がする。


優愛:なるほど

ひかり:でもうち村人やから吊られると負けやで

明:ひかりはどこにいれるの?

ひかり:優愛っち。うちが村人やから確実に嘘ついとるし

ひかり:ウチ視点では明が本物で大輔は狂人。優愛っちが人狼確定やね


 さいですか。


明:それならボクも優愛かな。ひかりと優愛の二択は運ゲーだけど

大輔:これ同票だとどうなるの?

明:同票の二人が吊られる。どっちかで人狼が吊れれば村人の勝ち。


 え、そうなの?

 じゃあわざと同票にして二人吊るのが得じゃない?


大輔:俺と優愛がひかりに入れて、ひかりと明が優愛に入れれば勝てそうじゃね?

明:ボクが人狼ってパターン以外なら勝ちだね

ひかり:ウチはかまわんよー

優愛:私もいいよ!


 よし、それじゃあ投票開始だ。全員が投票するのを待って、結果発表だ。


【結果を開示します】


大輔(占い師)→ ひかり

ひかり(村人)→ 優愛

優愛(狂人) → 優愛(自分)

明(人狼)  → 優愛


【人狼陣営の勝ち!】


「なんじゃそりゃ!?」

「やられた……! そりゃ口約束なんて守る必要ないもんなぁ」


優愛:やったー! かちー!

明:グッドゲームGG! 完勝でした!

大輔:理不尽すぎんか……?

明:狂人は人狼を庇うために自分が吊られるのが安定だからね

優愛:ひかりちゃんか明ちゃんか

優愛:どっちが人狼か分からなかったから自分に入れたの


 がっくりと肩を落とした俺に、ひかりも苦笑いだ。


「女って怖いわぁ」


 ひかりも女だし明は男なのでツッコミどころ満載のセリフだが、気持ちとしては完全同意だった。

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