第15話 こいつらシリアスって言葉知らねぇのかなぁ
「大輔は、すごいよね」
「どしたん急に」
二人だけになり、どうしたもんかと思っていたら明がぽつりとつぶやいた。
どことなく真剣な、ともすれば重苦しい雰囲気だ。
「こないだ、優愛がオナ中の奴らに絡まれたじゃん?」
いやイカン。
少なくとも明は真面目に話してるんだから茶化すのはさすがに可哀想すぎる。
「お、おう」
「あそこで大輔が叫んだ時、僕は動けなかった。……ひかりも大輔に続いて、優愛も勇気を振り絞って戦ったのに」
「おかげで反省文は書かずに済んだろ?」
「書かせてほしかったくらいだよ」
明は本気だった。
なるほどな。
自分が加勢してやれなかったことを気にしてるのか。
「一緒にいるだけで十分だと思うけど」
「そんなわけない! ……ごめん」
思わず大きな声になった明は謝罪とともにしぼんだ。
「擬態部に入って、誰もボクの趣味を気持ち悪いとか変とか言わなくて、嬉しかったんだ。ここでなら、ボクは生きてても良いかもって思えたんだ」
「明」
「うじうじして、言いたいことも言えなくて、自分を隠してた自分から、変われると思ったんだ」
「明、もう良いから」
「でも何も変わらなかった! ボクは弱虫で打算的でうじうじしてるクソ雑魚ナメクジのままだった!」
「明! もう良いから、だから泣くなよ」
明はメイクが崩れるくらいぼろぼろと大粒の涙をこぼしていた。
俺が指摘して初めて泣いていることに気づいたのか、驚いたような表情で自分を頬をさわり、それから歯を食いしばって静かに泣き出した。
「うぅ……うぅぅっ!」
「大丈夫だ、なんて気休めは言えない。そもそも何が大丈夫なのかもわからんし」
必死に鳴き声をかみ殺そうとする明。
「世の中には色んな奴がいる。俺がいくら頑張ってもジョシュ・オーフェンにはなれないし、ジョシュだってイーロン・マスクにはなれない」
いや、ハゲマッチョって意味ならなれるかもしれないけど。でもジョシュは実際演技もうまいし、美味しい役どころではあるのだ。
それはハゲようがマッチョろうが手に入らない。演技の練習や自分がもつ雰囲気をうまく生かす方法を学ばねばならないだろう。
「でも、イーロンだってジョシュだって、脚に対する情熱は俺には遠く及ばない」
「あ、うん」
「真面目に話してんだから急にスンッてなるのやめろよ……それぞれに得意や不得意があっていいもんじゃねぇのかな。ゴールキーパー11人のサッカーチームなんてクソザコだろうし、ピッチャー9人の野球部も初戦で負けるだろ」
「……ボクにも、役に立てる場所がある?」
「ある。それにそもそも、役に立つかどうかで一緒にいるかどうか決まるわけじゃないだろ」
「ああ、うん。社会の役に、とかってくくりだとそもそも擬態部に入る人たち全員退学だもんね」
「だから急に冷静になるのやめろよ!?」
明は涙でぐしゃぐしゃなまま笑った。
袖口で自分の顔を拭うと、両手で頬をパチンと叩いて、それから揉んだ。
「うじうじしててもしょうがないもんね。とりあえず人前で堂々と女装できるように頑張る。そのあと、女装無しでももうちょっと意見言えるようになる!」
「お、おう」
「何引いてるの?」
「いや、その……メイク崩れて怪物みたいになってるぞ……」
「エッ、やだ!」
慌ててコンパクトミラーを取り出し、確認。瞼の周辺に塗った色がびろーんってなってるし、右目はつけまつ毛が取れかけてぶら下がっている。口紅も左右に伸びてお化け屋敷の口裂け女っぽさがある。
「っていうか怪物ってひどくない!? そういうとこだよ大輔!」
「急にめんどくせー彼女みたいなムーブ取り始めるじゃん」
「エッ、彼女!? ボクのことそんなに意識してたの!?」
「お前のメンタルは鋼かなんかで出来てるの? それとも耳に希望で詰まってる?」
「女の子には優しくしなよ!」
「お前への態度は変わらないな」
「ボクだけ特別って……ガチで口説かれてる……?」
「なんで引いてんだよ。耳と頭どっちかが悪いから病院行ってこい」
「そういうとこだよ。女の子に優しくできたら大輔モテると思うよ? 優愛とか」
「ハァ!? 関係ないだろ!?」
「じゃ、メイク直してくるから」
俺の反論を無視してそそくさと席を立つ明。引き留めるわけにもいかないので微妙な雰囲気でそれを見送ると、入れ替わりにひかりと優愛が戻ってきた。
しょんぼりと俯く優愛とは対照的に、ひかりはどこか嬉しそうにしていた。
が、開口一番とんでもないことを言い出した。
「明っち泣かせたやろ!? 修羅場か!?」
「ちげぇ……」
「二人きりになったとたんに迫ったんやないやろな!?」
「そんなことするわけないだろ!? 相手は男だぞ!?」
「……男の子にも脚はあるよね……?」
「優愛おまえ性犯罪者を見るような視線を俺にむけるんじゃねぇ! 男の脚と女の脚は別モノだ! 優愛だって男の肝臓と女の肝臓は別だろ!?」
「あっ……それは確かに。疑ってごめんね」
それで理解されるのも納得いかないと言えば納得いかないんだけどさ。
まぁ誤解が解けたなら良い。
「んで、何で泣いとったん?」
「んー……まぁ色々思うところがあったっぽいよ」
「なんやそれ」
女装してたとしても明は男だ。プライドってもんがあるだろう。
ましてやある意味当事者でもある優愛とひかりには知られたくないだろうから内緒だ。
「そういう二人は何してきたんだよ」
「女の子にそれ聞くんか?」
「な、内緒!」
なんで顔赤くしてるんですか。
「なんしか優愛っちの暴挙は止めたで。残念やったけど脚は諦めてな」
「ご、ごめんね。やっぱりはしたないって」
「あー……いや、まぁそうだな。脚は大切にしてくれ」
「……うん」
うわ、気まずい……!
優愛が顔を赤くしてるせいでなんかセクハラかましてるみたくなるじゃんか。
「あ、でも……その……嫌って訳じゃ、ないよ……?」
「!?!?!?!?」
「大輔くんの肝臓、すっごい綺麗そうだし、ほんとはちょっと、触りたい、です」
そっちか……!
「めちゃくちゃ恥じらってるとこ悪いけど普通にサイコパスだからな?」
「脚フェチだって大して変わらんやろ」
「全然違うだろ!? なんたる侮辱! 曲線美と肌の張り! 神が与えたもうた究極の美とホルモンを一緒にするなんて――」
「ホルモン!? ホルモンって言った!? 何でもかんでも食べ物にするのはよくないと思う! 内臓は生命を支えるために――」
ヒートアップした俺たちはどちらがより素晴らしいものなのか、白熱した議論が始まる。
結論など出るはずもなく、メイクを直した明が返ってくるまでひかりが混ぜ返しながら
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