第14話 映画の後は映画談義が始まるのが世の定め

「……良かった……!」

「最高やったな!」

「面白かったね! 実はボク、あんまり期待してなかったんだけど今まで観た映画の中で三本の指に入るよ!」


 映画館を出れば、映画談義が始まるのが世の定めというものだ。


「スシ職人に変装するジョシュ、最高にかっこよかったやろ!?」

「最後の最後でまさかサメゾンビが助けてくれるなんて……思わず泣いちゃった」

「わかる! あれはボクもグッと来た! でも前半のマフィアとの銃撃戦もスリリングで——」


 キワモノ映画こと『Re:私の幸せな世界の中心で100日後に君の膵臓を食べるサメゾンビのひとりごと』は思いのほか好評だった。


 ジャパニーズマフィアがサメに非道な人体実験を繰り返して、IQ200、体長10メートルの地上最強の生物兵器『サメゾンビ』を作ろうとしている。その情報を聞きつけた米国CIAの主人公が日本に来日。同じく来日した英国MI6のジョシュとタッグを組んでジャパニーズマフィアに潜入する。

 秘密を嗅ぎつけられ、命を狙われながらも奮闘する二人はマフィアを殲滅、研究所を爆破することに成功するが、己の死を悟ったマフィアのボスは自爆テロを敢行する。

 秘密裡ひみつりに入手していた核兵器のスイッチを入れ、起動したサメゾンビに積み込んだのだ。起動したサメゾンビは軍艦を轟沈させ、足を生やして陸地にも適応。


 絶体絶命のピンチかと思われたその時――


「私ハ……私ハ生命デ有リタイ……人ノタメニ戦ウ二人ヲミテ、ソウ思ッタンダ」


 自我と理性を取り戻したサメゾンビは、核兵器を抱きしめ自ら火山へと突撃。核兵器を無効化するため自ら火口にダイブしたのだ。


「”かまぼこ”ヲ見タラ思イ出シテクレ……人類ノタメに散ッタ一匹ノサメノコトヲ」


 ラストシーンは、かまぼこを齧りながら涙を流す二人の会話だ。


「かまぼこ、ちくわ、はんぺん、梅焼き……これらにはサメのすり身が使われてるんだってな」

「……腹にたまるし食感も最高だ。故郷くにに帰っても空輸するよ」

「ああ。潜入にも持って来いだな」


 食べ終えたかまぼこの板にお互いの連絡先を書いて渡し、エンドロールである。


「アカデミー賞も期待できそうやな!」

「お客さん、皆泣いてたもんね!」

「あれは泣いちゃうよ~」


 ……イカれてるのは俺だろうか、世界だろうか。

 ちなみに『ドラゴンゴールデンボールZ』終わりのちびっ子たちも皆目元を赤くしていた。今期は感動モノが多いのかと思いきや男の子たちは股間を押さえて震えていたのでスプラッタとかバイオレンス方面で強烈な映像があったんだろう。


 


「昼は何にする?」

「「「かまぼこ」」」

「そんな店あるか!?」


 少なくともポンポンモール内にかまぼこを前面に押し出した料理をつくる店はねぇよ。

 感化されやすい三人はスマホをいじってあーでもないこーでもないとお店のメニューを検索し、なんとなく和風テイストの定食屋をチョイスする。


「こ、ここのレディース御前にかまぼこが……」

「それ絶対オマケレベルだろ」

「いいの! 食べ終わったら皆でボコって写メ撮るもん」

「何それヤンキー用語?」


 誰かを囲んで顔の造形分からなくなるまで殴る以外で『ボコる』って使うことある?


「タピオカがタピるならカマボコはボコるやろ」

「位置的にはカマるだと思うけどどっちにしろ微妙だから良いか……」


 最終的には併設されたスーパーで紅白かまぼこを買って記念撮影する予定とのこと。

 ちょっと意味わからないので撮影役を名乗り出たところ、


「気ィ遣わんといてや! 自撮り棒持ってきとるでー!」

「大輔くん、パンフレット持ってよ。そしたら私たちちくわも持てるし」

「あー……大輔だけかまぼこ無しは可哀想だし真ん中にしてあげよっか」


 何か主役級の気遣いを受けた。

 こないだ怒られたばっかだし目立つことして吉見先生に呼び出されたくはないんだけど、雰囲気的には断れそうにない。


「ま、まぁとりあえずご飯食べてからにしようぜ!」


 こいつらが昼食のかまぼこで満足してくれることを祈ろう。




 というわけで昼食予定の定食屋に訪れる。三人はお目当てのかまぼこもといレディース御前で、俺だけ刺身定食だ。

 わいわいと映画の感想を語り、それぞれに考察やら好きなシーンやらを挙げていく。

 昼食が来ても食べながら話し、やがて人心地ひとごこちつく。


 話題が途切れたところで、明がを切り出した。


「ゴールデンウィークが空けたら、火曜と金曜は部活を休もうと思うんだ」


 女声について本格的に練習するために声楽教室に通うことにしたんだとか。

 本気の情熱を感じるし、別にまったく部活参加がなくなるわけじゃないから悪いことでもないだろう。


「さみしーけどしゃーないなぁ」

「女声を習得できるようになったらまた毎日通うよね?」

「もちろん」

「せっかくだから歌とかも練習したり?」

「うん……まだ分かんないんだけど、配信とかそっちも興味あってさ」


 不完全な形で外出するよりも、まずは完璧な擬態ができるようになってキャラを固めたいんだとか。


「キャラを固めたいって現実じゃなかなか聞かないセリフだけどな」

「ほら、ボク、普段は引っ込み思案じゃん?」

「認知歪んでない?」

「性癖バイアスって呼ぼか」

女装このすがたならけっこう頑張れるっていうか、別の人間になった気がするんだけど、普段からもっと頑張れるようになりたいなって」


 どこか思い詰めたような語る明。何か思うところがあるのかもしれない。

 特に何か言えることがあるわけでもないので頷いていると、空気を読んだ優愛が話題を変えて


「ところで大輔くん。今日の私、けっこうオシャレじゃない?」

「お、おう。そうだな……?」

「脚、撫でてみたくない?」

「ッッ!?!?!?!?」


 思わず飛び退くくらい妖艶な笑みを浮かべていた。


「脚。どう?」

「おおおお、お前! 嫁入り前の娘がそんなはしたないことをだな!」

「急に昭和の価値観でてくるやん」

「脚を見て点数つけてる人とは思えない純情さ」


 なぜか俺を責めるような発言をするひかりと明をよそに、優愛は止まらない。


「もし大輔くんがお願い聞いてくれるなら、リクエストも聞いちゃうよ?」

「エッ」


 って待て。


「………………お願い……?」

「うん」

「一応聞いてみるけど、何?」


 優愛はさっきまでの痴女ムーブはどこへやら、急に頬を染めて恥じらうような態度になる。

 恋する乙女のようだ。


「あのね。私の脚もナマで触って良いから、大輔くんの肝臓もナマで——」

「はいアウト」


 だよな。優愛がそんなまともな訳ないもんな。


「俺の肝臓をナマでってサイコパス以外の何者でもないだろ」

「さすがにあかん発言やね」

「ボクは優愛らしくて良いと思うけどね」

「さすがに誰彼構わずこんなはしたないことお願いしないよ!?」


 いや基準が分からん。

 脚撫でさせるのはOKで肝臓をナマでどうにかするのはダメなの?

 いや恥ずかしいダメっていうか、だいたい肝臓をどうにかされたら無事じゃないダメだろうけどさ。 


「ちょい待ちぃや。優愛っちと相談してくるわ」


 何やらにやにやし始めたひかりに優愛が拉致され、後には俺と明が残された。


 ……なんだってんだよ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る