第13話 罪には罰を与えるのが世界の大原則

「で、街中で性癖大暴露をした、と」


 翌日、俺たちは吉見先生に呼び出された。

 地域の人たちから通報——というか心配の連絡を学校に入れたらしい。


「違うんです、大輔くんは——」

内蔵うちくら、ちょっと黙ってなさい……向花原むけはらも、御留おとめもな」

「阿志賀、何か言うことは?」

「……ありません」


 中学校時代、優愛に何があったかは知らない。

 あのクソ女どもへの反応を見る限りは、そうとうキツい思いをしたはずだ。仔犬みたいに人懐こい優愛が、教室内でひとりきりだったのも、きっとそれが原因なんだろう。

 寂しかったはずだ。

 苦しかったはずだ。

 怖かったはずだ。

 

 俺も……おそらく明もひかりも、仔細は違っても、同じ思いをしてきたのだ。


「言い訳なし、と」


 吉見先生が手を振り上げた。

 チョップでもビンタでもどんとこい、だ。

 何十回……何百回同じ場面に遭遇しても、俺は同じことをするだろう。いや、次は叫ぶだけじゃなくドロップキックの一つもかましてやっても良いかもしれない。


 俺は絶対に間違ってない。


 そんな核心とともに目を閉じて痛みに備えるが、いつまで経っても衝撃波やってこなかった。

 それどころか、頭には温かく、柔らかい感触がある。

 これは——


「……脚?」

「馬鹿かお前は。どんなビックリ人間なら立ってる生徒の頭を脚で撫でられるんだよ」


 手だった。


「顧問としては叱らないといけないんだが、よくやった、と褒めてやる」

「……オッス」

「一応、ウチもペナルティを課すが、相手の学校にはもうクレームを入れてある」

「何で通ってる学校が分かってるんですか」


 優愛に聞いた可能性もあるが、この教師は生徒の性癖一覧とか持ってるし正直底知れない怖さがある。


「まぁ、いろいろツテがあってな」


 怖すぎるツテなので聞かないでおくことにする。できればこのまま封印しといてください。


 結局、吉見先生に言い渡されたのは校外での活動禁止というものだった。

 期間はゴールデンウィーク前日まで。


「ってことは、映画にいけるやん!」

「当たり前だ。お前らは悪くないのに形だけでも罰を言い渡さなきゃならんのが心苦しいくらいだ」

 

 ……体罰教師とか言ってすみませんでした。


「よし、せやったら今日はファミレスで打ち上げでも——」

「馬鹿。校外での活動は禁止と言ったろ」

「別に部活じゃなくて友達同士ご飯行くだけですよ?」

「校内で我慢しとけ」


 そう言いながら渡されたのは、出前のパンフレットが束になった冊子だった。


「業者は敷地内侵入禁止だから、正門で受け取りなさい。予算は——そうだな、これくらいで」

「おおっ、太っ腹! お大尽だいじん!」

「私も参加するから頼むときは人数考えておいてくれ」

「ありがとうございます!」


 それから、四人で予算一杯まで食べたいものを出しあい、部室で打ち上げを行った。くだらない話に呆れながらも笑い、突っ込み、突っ込まれ、また笑う。


 人と関わるのも、そう悪くないと思えた。

 ……頼んだものを全て食べ終えるまで帰宅禁止を言い渡されるまでは。


「頼みすぎだ馬鹿。ほら、頑張って食べろ」

「ま、待ってください今から揚げ物は——」

「頼んだのは阿志賀っちやし、阿志賀っちが責任もって食べるべきやな」

「待てさっきから優愛は全然食べてないだろ!?」

「栄養バランスと臓器への負担を考えるとこのくらいが丁度いいんだよ?」

「だよ、じゃねぇ! 臓器第一主義をやめろォ!」


 この時の俺は、気付くことができなかった。

 仲間の抱える苦悩に。

 そして、静かに迫る悪意の波に。


 ——to be countinued.





「いやー楽しみだね!」

「そうやね!」


 女子二人がニコニコしながら映画のパンフレットやポップコーンを買うのを眺める。

 今日は予定通りに映画を観るためにポンポンモールへと集合していた。

 ゴールデンウィーク初日は結構な気温になったこともあって、優愛の生脚が眩しい。オーバーサイズのニットにシャツを合わせたラフなスタイルに、ショート丈のキュロットスカートが最高に最高だ。

 本当ならばSPF60+++の日焼け止めを塗って手厚く保護すべきだろうが、燦々と降り注ぐ日光の下で見る脚もまた乙なので何もできない。

 くっ……美脚を守れないふがいない俺を踏んでくれ……!


 ちなみにひかりはスキニージーンズだ。


「大輔っち? 何か失礼な視線を感じたんやけど?」

「いや感じるはずないな」

「せやな。優愛っちのことは食い入るように見つめとった癖に、ウチは一秒以下で興味なくしとるもんな?」


 これが誘導尋問か……!?


「まぁまぁ。必要なもの買ったし行こうよ! 中央いいかんじの席だから早めに行かないと邪魔になっちゃう」


 心の底から嬉しそうな顔をしているのはキャラメルポップコーンを手に持った優愛。


「あー確かに座ってる人がいるのを掻き分けて進むのってめっちゃ気まずいよね。脚とかけっこうぶつかるし。大輔は嬉しかったりするかもしれないけど」

「見損なうなよ、明。許可も取らず、偶然を装って脚を触るなんて下劣げれつな真似、するわけないだろ。触るなら堂々と許可を取って、だ」

「それもそれでどうなのって思うけど」

「おれは脚に対しては誠実であり続けるって脚に誓ってるんだよ」

「脚だらけやん」

「でも大輔くんらしいとも思う」


 苦笑いの優愛にフォローされながらチケット確認を受け、お目当ての映画が上映される部屋へと向かう。

 ゴールデンウィーク初日が上映開始なこともあってそれなりに混んでいるが、思っていたほどではない。


「思ったよりいてるね」

「他にもゴールデンウィークが初日の映画はいくつかあるしこんなもんじゃねーの?」


 小学生に人気なのは『ドラゴンゴールデンボールZ』だろう。プッツンすると金髪になるド田舎ヤンキー系の主人公が3.5匹の竜を倒してなんでも願いを叶える金の玉を七つ集める話で、玉を奪われた後TSした竜たちがヒロイン枠に入ろうと熾烈な争いを繰り広げるさまがCMで話題になっている。

 個人的には0.5個奪われた竜がどうなるのかが気になるところだ。


 うーん、最近のちびっこたちの感性は不思議だなぁ。


「ジョジュの作品やのに、皆見る目ないわぁ」

「PG-12だから小学生は見づらいだろうし、仕方ないんじゃない?」

「せやな! ジョシュのお色気ムンムンな大胸筋と頭部が——」

「いやいや、これはサメゾンビに食べられて飛び散る内臓のリアルさが——」


 うーん、最近の女子高生たちの感性も不思議だなぁ。


 観客が少ないのは流行りものを無理やり継ぎ合わせてフランケンシュタインみたいなタイトルを生み出したせいだと思うけど。

 何だよ、『Re:私の幸せな世界の中心で100日後に君の膵臓を食べるサメゾンビのひとりごと』って。息継ぎ無しで言うの難しいじゃんか。

 オリジナルらしき要素はサメゾンビだけだし、それだって散々B級映画でこすられてるからオリジナルっぽさは実質ゼロである。


「明はキワモノこれで良かったのか?」

「…………」

「明?」

「あっ、え? 何? ごめんぼうっとしてた! ごめんね大輔の初デートなのに! あわよくばとか考えてゴムとか用意しちゃったかもしれないけどボク本当は男の子だからさぁ――」

「急に狂ったこと言い出すのやめてくれない?」

「もう、照れなくてもいいのに。ボクが可愛いのはボク自身も理解してるし、大輔の趣味嗜好が変な訳じゃないよ? まぁ今回のことは良い経験になったと思いなよ! これからどんな美人とデートすることになっても初体験がボクって事実は消せないし、今日のことを思い出せばきっと物足りなく――」

「とりあえず俺の話聞こうか」


 壊れたラジオみたいにイカれたノイズを吐き出し続ける明だが、俺が話しかけた時は心ここにあらず、といった感じだった。

 キワモノ映画に気乗りしないのかと思ったが、心配するのも馬鹿らしくなってきたので適当にいなして座席に向かう。


「大輔!? 無視しないでよー!」

「はいはい」


 ひかり・優愛・俺・明と座ったところで、明が耳元に唇を寄せてきた。


「今日、女物履いてきたんだ」


 待て、その情報をどうして俺に教えた!?


 なお、肝心の映画だが大興奮の女子二人と、意味深な発言の男の娘のせいでぜんっぜん集中できなかった。

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