第12話 「俺は! 脚が! 大好きだぁぁぁぁぁぁッ! 文句あるかッ!?」
「街中でも訓練しよかー」
年間活動計画に記載された野外訓練の意義を根本から見失うようなひかりの発言にしかし、反論は出てこない。
明の女声はまだ練習中だがガワだけなら全然問題はないし、優愛も何故か目を輝かせて頷いていた。おそらくは訓練に飽きたんだろうな。
俺もそうだから気持ちはよく分かる。
「実践的な方が経験も濃くなるやろー?」
「とかいうけど、普通に無理じゃね? 俺も優愛もまだ一分の壁を超えられてないし」
「構わへんよ。公園とか駅前のゴミ拾いするだけやし」
「……ゴミ拾い?」
思っていたのと違う、とひかり以外の約全員が首を傾げるが、たはは、と乾いた笑いが返ってきた。
「ウチ、本当はボランティア部やん?」
「「「……そうなの?」」」
「誰も覚えとらんの!? ここにおるんもボランティアの一環って建前やで!?」
「自分で建前って言ってるじゃん」
「ボランティア部の活動実績もやらんと廃部になるんよー」
ボランティア部はひかり以外に部員がいない。
つまるところ、ひかりが活動しないと休部・廃部状態と大差なくなってしまうわけだ。
「吹けば消える弱小部やけど、ウチの代で潰すのも忍びないやん?」
「まぁ、なんとなく言いたいことは分かる」
「せやから協力して! 後生や!」
面倒だしゴミ拾いに興味はないが、面と向かって頼まれてまで断るほどのこだわりはない。
強制とはいえ普段から訓練で世話になってるしな。
ゴミ拾いをしたらその場で解散。翌日までに200文字程度の感想を書くことになった。面倒臭さが倍増したが、ペケッターのワンポスト分なので頑張れないことはないだろう。
荷物を片手に移動し、明がコンビニのトイレで着替えるのを待って活動開始だ。
使い古されたトングと「ボランティア部」と書かれた腕章、黒いゴミ袋を渡されたのでゴミをガンガン拾っていく。
「分別は最後にやるから、カンビンペットボトルも一緒でええよー」
潰れた空き缶。吸い殻。カップ麺の容器。吸い殻。ペットボトルのキャップ。空き缶。吸い殻。吸い殻。菓子の袋。吸い殻。
「吸い殻多いな!? 屋外禁煙だろ!?」
「しゃーないしゃーない」
ゴミ袋にぽんぽん放り込んでいき、活動域を広げていく。
運動公園を兼ねた大きな公園の敷地から、遊歩道で繋がる駅までの小路へと進んでいく。
「けっこうたくさんあるんだね」
「バイト代が欲しくなるな」
「そう? 私は結構楽しいけど」
優愛がにっこりと俺に微笑みかける。
人との関わりなんぞ面倒だとばかり思っていたが、それほど悪くないな、なんて思ってしまうのだから我ながらチョロい。
明たちを待って四人で駅方面へと向かう。おそらくはこの公園で一服して駅に向かったり、駅から出てきてこの公園で一服する奴が多いはずだ。
きっと小路にも結構なゴミが落ちていることだろう。
「もうゴミ袋4つ目か! これは一学期全体の成果にしても充分やな!」
「一学期全体って……粉飾?」
「人聞きの悪いこと言わんといてぇな。毎週活動してる風にするだけやで」
「微妙な邪悪な気配のする発言だな……」
「ウチも吉見センセに強制されたんが始まりやし、今も内申書に書けるから続けとるだけやしな」
慣れてるはずのひかりが問題ないと言うなら、きっと問題はないのだろう。
パンパンになったゴミ袋を隅っこに置いて、新しいものを広げていく。
相変わらず吸い殻の目立つゴミを回収していくと、唐突にカシャ、とシャッター音が響いた。
視線を向ければ、ケバい顔立ちの女子高生三人組が、スマホを構えて俺たちを撮影しているところだった。
その顔に浮かんでいるのは嫌らしい笑みだ。
「ナイゾウちゃんだぁ~! ひっさしぶりー!」
「中学卒業以来じゃん! 何してんの? ゴミ拾い?」
「ボランティア? ウケる~!」
ケタケタと笑いながらも馴れ馴れしい雰囲気で優愛を取り囲む。スマホを操作し、パシャパシャとシャッターが切られた。
「ナイゾウちゃんが変態だってオトモダチは知ってるのー?」
「え~、さすがに知ってるっしょ。っていうか黒いゴミ袋肝ッ。内臓入ってそう」
「言えてる! クソ映画の殺人犯みたいで似合ってるよ~」
そこにあるのは、純然たる悪意だった。
俯き、小さく震える優愛の顔を覗き込む。
「せっかく話しかけてやってんだから、何か言えよ」
「あの、その……」
「あ? 聞こえねぇよ」
「声ちっちゃ。また遊んでやらないと分かんないわけ?」
囲んでいた女子高生の一人が、優愛の頬を叩いたの見え、思わず声を上げた。
「おいっ! 何してんだよ!」
「別にぃ? 中学時代の同級生にあったからシンコーを深めてるだけだし」
「何こいつキモ。ナイゾウちゃんに惚れちゃってる感じ?」
「うわーカワイソー、きっと見た目に騙されてるんだね。中身が臓器大好きの変態だって知らないんだぁ」
何がおかしいのか、女どもがケタケタ笑う。
その度に優愛の手が白くなるほどに握りしめられ、しかし身を竦めてしまう。まるで、この世からいなくなりと。
今すぐ消えてしまいたいと言わんばかりの姿だった。
我慢なんて、できるはずがなかった。
「内臓が好きだったら何か文句があるのか?」
「ハァ? キモいじゃん」
「気持ち悪かったらなんだよ! 優愛が誰かに迷惑かけたのか!? なんか悪いことしたのか! 俺からすりゃお前らの方が100倍気持ち悪い!」
「うわっ、何マジになってんの?」
「内臓が好きとかイカれてるっしょ! 普通じゃないんだよ!」
「普通じゃなくて何が悪いんだよッ!」
公園に。
小路に。
駅に俺の怒声が響き渡った。
「何が好きだろうが迷惑かけてないだろ! 犯罪でもないだろ!」
叩きつけるような怒鳴り声に女子高生たちが身を竦める。
「俺は! 脚が!! 大好きだぁぁぁぁッッッ!! 文句あるかッ!?」
「な、何だよ!」
「キモっ! ナイゾウにお似合いでしょ!」
叫び出したらもう止まらなかった。
何でこんな目に合わなきゃならない。
どうしてこんなことを言われなきゃならない。
俺たちが——優愛が何したってんだよ。
「誰だって好きなものの一つや二つはあるだろうが! たまたま理解されやすいモンが好きだからって、理解できねぇ趣味をディスって悦に入ってんじゃねぇよ!」
俺の言葉に、それまで心配そうに見守っていただけのひかりが声を上げた。
「う、ウチはハゲが好きやで! ジョルジュ・オーフェンは最高のイケメンや! どっかのアイドルとかアーティストよりずっとずっとずーーーっとかっこええねん!」
「優愛、お前はどうなんだよ! 好きなモンに胸張れよ!」
俯いた優愛が、か細い声をあげる。
「わ、わたしは——」
泣きそうな、でも、確かに発した声。
脚は震えているが、それでも優愛は顔を上げた。
「かっこいい肝臓クンが好き! 優しいおじいちゃん先生が好き! 皆が大好きなの!」
涙の痕が残る瞳でまっすぐに女子高生たちを見つめた。
「だから、ばかにしないで!」
反撃されるとは思っていなかったのだろう。女子高生たちはたじろいだ。
「なに言ってっかわかんねぇよ!」
「キモ! 超ウザイ!」
「も、もう良いじゃん! いこう!」
女子高生たちが足早に逃げ出す。優愛は静かに泣いていた。
慌てて手を伸ばしたが、優愛の表情はどこか満足げですらあった。目が合うと涙をぽろぽろ零しながらも微笑んでくれた。
気が抜けてへたりこむ俺とひかりが苦笑し、何もできなかった明がおろおろしながら俺たちの間を歩き回り、何故だか一番泣きそうな顔をしているのが印象的だった。
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