第10話 好みのタイプで最初に数値が出てくるなんてロクでもねぇ

 それから一週間。俺と優愛は相変わらず嗜好の対象物から目を背ける訓練を続けていた。

 俺の方はストッキングだけでなくニーハイだったりロングブーツだったり、色んなものを前にしてだんだん動じなくなってきた。

 ちなみに今日の対象物は美脚で有名なグラビアアイドルの袋とじである。


「~~~ッ、ハァッ、ハァッ、ハァッ……どうだッ!?」

「3.7秒やね」

「クソ……! 黒ストッキングでも40秒はもつのに!」

「今までは想像を掻き立てるものやったし、脚本体は難易度は高うなっとるからしゃーないわ」


 今日はひかりがタイム計測をしてくれているが、美脚を前に俺の理性は無力だった。

 対する優愛は順調にタイムを伸ばしている。

 今日はスプラッタ映画のブルーレイパッケージだが、先ほど39秒、という声が漏れ聞こえてきた。

 本人曰く「観たことあるヤツだと映像を思い出してヤバい」とのことだが、今日のは90年代の古い作品なのもあって未視聴だったらしい。


「……だいたい、何でここまで我慢しなきゃなんねぇんだ」

「文句言うてもしゃーないやろ」

「ああ、本当ならば俺はめくるめく下校中の脚を何脚も眺めていたのに」

「どうせ下校時に眺めるやん」

「それは確かに……運動系の部活で鍛えてる奴は筋肉のつきかたが良いから目の保養にはなるんだが」

「だが? なんや?」

「文科系の鍛えられてない天然モノも良い風情があるんだよ」

「天然モノって……ウナギとか牡蠣の話とちゃうで」

「ウナギか……食べたいなぁ」


 じゅわっとしたウナギとタレが染みた米を食べたい。太ももが眩しいホットパンツの女の子が横にいれば最高である。


「ぽたっと落ちたタレと太もものコントラストが……」

「えっと……部活の仲間やし言葉選ぶけどイカれてへん? ウナギの話しとらんかった?」


 選んでそれかよ。


「ウナギの話だろ?」

「太ももはどっから出てきてん?」

「どこから……?」


 ディスかと思ったら禅問答だった。

 太ももがどこから出てくるか。これはかなり難しい問題だ。人間の中心をヘソと捉えるならば太ももは股関節からだ。だが母なる大地とつながり持っている脚からと考えることもまた——


「トリップしとるなぁ」

「……うん? 俺は一体何を……?」


 世界の真理に近づいていた気がする。近づきすぎたせいで己を見失っていたのかもしれない。


「さて。難易度あがって苦しんどるやろから、ここらで気分転換するで」


 ひかりの言葉に優愛と明も特訓をやめて集まってくる。


「今日の訓練はより実践的なものやで! 題して『古今東西そんなものに釣られないクマ大作戦』!」

「……クマ?」


 ひかりの説明によれば、視覚的ものだけでなく、他の五感にも刺激を与えつつ耐える訓練、とのことだった。


「ウチら四人で校舎を歩く。その時に前半は内臓、後半は脚で古今東西ゲームをするねん」


 古今東西ゲーム。別名を山手線ゲームとも言われるそれは、お題に沿った単語を順番にあげていくゲームだ。今回は脚や内臓にまつわる何かをお題にしてやるんだとか。

 答えられなかった者は罰ゲーム、とのことだがこれ何が楽しいんだよ。

 中学校とかで同級生たちが馬鹿騒ぎしながらやってた気がするが、いまいち楽しさが想像できん。

 まぁ訓練の一環とのことなのであえて否定はしないけどさ。


「つまり話題に出しても動じず、暴走もしない精神力を身につけるってコト? もし校内を歩くならボクは制服に着替えたいんだけど」

「なんで? その服よう似合っとるし明の訓練にもなるで?」

「いや、普通に校則違反だし目立ちすぎるでしょ……」


 放課後の学校は制服かジャージ姿が中心だ。たしかにゴスロリドレスは目立つだろう。


「せやけど、明も特訓せなあかんし……んー」


 悩んだ末、ひかりはポンと手を打った。


「ウチがジャージになって、制服貸したるわ。それなら目立たず女装できるやろ?」

「女子の制服で……校内を……良いかも。今度採寸して買っとこうかな」


 先週のおでかけで味を占めたのか、明は何かを想像して恍惚とした表情になっていた。

 こいつ、俺ら四人の中で一番ヤバいだろ。女のふりして誰かにガチ恋させるとかそういうのを狙ってそうな気がする。


「前半後半はそれぞれどうやって区切る? 校舎一周とか時間とかか?」

「目当ての人物見つけたら交代やね」


 誰かを探しに行くのだろうか。

 怪訝な顔をした俺たち三人に、あかりは懐から紙を取り出した。どこか見覚えのある学年名簿は、吉見先生が持っていた特殊性癖一覧だろう。

 マジで吉見先生がどうやって調べたか気になってきたが、ともかくそれを元に有望とかいうか絶望というか、部員勧誘をするのが目的らしい。

 明とひかりが着替えるのを待って、俺たちは仲間探し兼特訓の旅に出ることになった。


「……待ってる間、二人きりだね」

「そうだな」

「誰も見てないだろうし、ちょっとだけ……ダメ、かな?」

「ダメだな」

「お願い! 一瞬だけ、一瞬だけだから!」

「おいダメって言ってるんだから殴ろうとしくるんじゃねぇ!?」




「横隔膜」

「腎臓」

「胆のう」

「脾臓」

「くも膜」

「くも膜!? もしかしてひかりちゃんくも膜が好きなの!? すっごい良いセンスして——」


 気が狂ってるんじゃないかって会話をしながら廊下を歩いていると、気が狂った奴が参入してきた。

 恋する乙女のような表情に思わずドキリとするが、ドキドキしないといけないのはどちらかといえば内臓を狙われるかもしれないという事実である。


「はい、アウト。5回目やで」

「くぅぅぅ……! これは無理だよぉ……」


 優愛の心はすでに折れかけていた。シンプルに臓器とか筋肉の名前を挙げていくというお題だったんだが、どこにスイッチがあるのか、微妙な臓器の名前が挙がる度に優愛が暴走する。

 クラスメイトの会話から漏れ聞こえるくらいならばいざ知らず、自分が会話に加わってるのだからさもありなん、と言った感じだ。

 普段ツンケンしているのはそういう事態に備えて自然と擬態していたからだろう。


「肝臓イケメンに性癖を隠すためやで!」

「そ、そうだよね……がんばらなきゃ!」

「待って肝臓イケメンって何?」

「AST、GPT、γ‐GPTの値が理想値で張りと弾力を兼ね備えた綺麗な明るい茶色の肝臓かな」


 イケメンとかブサメンじゃなくて健康的な肝臓の話だろう。


「あっ、大輔くんもすっごい弾力だから自信持っていいよ! 思わず殴りたくなるもん!」

「それフォローのつもり? それとも獲物にします的な宣言?」


 アルファベットが何を示してるかは不明だが、おそらく検査とかで分かるやつだろう。


「っていうかよく考えると優愛って頭いいよな……」


 いや馬鹿だけど。


「一応これでも国立医学部目指してるからね! 二年次だから当てにならないけど、今はA判定だよ!」

「うーん……一番メスを握らせちゃいけないタイプな気がするけど」

「血ぃ怖がるお医者さんより適性ありそうやけど」

「じゃあひかりは盲腸とかになって執刀任せられるか?」

「あー……報酬に肝臓の一部とか持ってかれそうやね」

「そんなことしないよ!?」


 1ミリでも良いから信用できる言動をとってから主張してくれよ。


「そういえば、優愛っちはなんで内臓好きになってん?」

「あっ、それはボクも気になる。大輔の脚フェチとかもね」

「それを言うならハゲと女装も気になるけどな」

「ほな部室に戻ったら暴露大会といこか」

「えー、古今東西疲れちゃったし話しながらいこうよ」


 心が折れた優愛がトップバッターとなり、それぞれの癖が歪んだ切っ掛けを話すこととなった。


「実は、私ね——」



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