第9話 初デートがこんなんってちょっとあんまりだよ神様

 女子組と別れてすぐ、俺たちはゲーセンに向かった。

 と言っても別に急いでいるわけでもないので周囲を見ながらだらっと歩いて、だが。


「ねぇねぇ、腕組まない!?」

「……一応聞いておくがなんでだ?」

「ほら、ここは女の子として認識されたいしさ!」


 断ろうとしたところで、背後から声を掛けられた。


「あれ、阿志賀じゃん。どしたん……って女の子連れ!? 阿志賀が!?」

「……中馬なかまか」


 同じクラスのムードメーカー、中馬だった。友達二人とつるんで遊びに来ていたらしい中馬は俺と、横に立っている明を見て驚きながらも笑みを浮かべていた。

 ……友達二人が同じクラスかどうかすら分からないが、状況は最悪だった。


 先ほどまではウザいくらいに騒いでいた明は俯いて小さくなっている。力なく、しかし助けを求めるようにシャツの裾を掴んだ手は小さく震えていた。


「意外だな! てっきり内蔵うちくらさん狙いなのかと思ったら」

「いや、優愛とはそんなんじゃ——」

「……優愛ぁ? おやおやおや、阿志賀くんってばそんな可愛い彼女とデートしてるくせに内蔵さんのことも名前で呼んじゃう仲なの?」


 屈託のない笑みは皮肉や嫌味ではなく、中馬が俺をいじりながらも仲良くなろうとしていることを示していた。

 だが、ぶっちゃけ踏み込みすぎだしウザい。

 そして何よりも、これ以上は明が限界だろう。


「部活の規則だよ……ガッコで詳しく話すから、今は勘弁してくれ。ツレを待たせたくない」

「あぁ、すまん、そうだな! 学校でしっかり取り調べするからな!?」

「黙秘権使うかもしれないから弁護士も用意しといてくれ」


 軽口に冗談で返せば、中馬は笑いながら去っていった。

 後に残されたのは、小さく震えながら俯いたままの明と、明に裾を掴まれて動けない俺だ。


「大丈夫か?」


 俺は——俺たちは圧倒的に少数派で、どうしようもなく変態フェチストだ。

 吉見先生の言う通り、人間社会に溶け込むためには擬態が必要な人間だ。諦めて開き直るか、自分を押し殺して生きるか。

 開き直れは周囲からは好奇と嫌悪の視線を向けられ、押し殺せば自らの望むものから遠ざかり、自分自身にすら嘘をつき続けなければならない。

 どちらにせよ相当な覚悟と我慢が必要だ。


 受け入れてくれることが前提になっている場所ならばともかく、普通の人間は異物に対してどこまでも残酷だ。


 明は……おそらく擬態部の誰もが、その残酷さを身をもって経験している。


「明? 人の少ない場所で少し休——」

「彼女って言われた……」

「は?」

「彼女! じょ! つまり今ボクは完全に女として認識されてた!」


 思っていたのとは違う反応に、言葉が出て来なくなる。

 明は頬を紅潮させ、目をカッと見開いて俺を見つめていた。その表情は、ちょっと狂気を感じるような笑みだ。


「ねぇねぇもしかしてボク惚れられちゃったりとかするかな!? 男だって気付かずに!」

「うっせぇ知るか」


 女装癖がバレないか死ぬほど緊張したんじゃないかとか、過去のトラウマが蘇ったりしてないかとか思ったが、中馬たちに気付かれず……それどころか女子だと思われたのがとてつもなく嬉しかったらしい。

 心配して損した。


「何怒ってんの? 焼いた? 焼いちゃった?」

「うぜぇ……女装男子に興味はない」

「ふふふっ、薄い本どうじんしでもだいたい始めはみんなそう言うんだよ!」

BLボーイズラブかよ。明は男子が好きなのか?」

「いや? 可愛い服は着たいし女子のふりできるのも嬉しいけど好きなのは女子オンリー。まぁBLは教養程度にたしなんでるけど。ごめんね大輔、もしかして期待させちゃった!?」


 たしなんでるのか。

 中馬たちに出会ったせいか、妙にハイな明を無視してゲーセンに向かう。


 ……明の存在を無視するために集中したからか、クッションサイズのぬいぐるみをサクッと取れてしまった。


 明の理解わからせる必要がありそうなムーブも落ち着いてきたところでレースゲームや協力プレイのガンアクションをプレイ。そして最後は超有名な格闘ゲームで対戦した。


「シャオメイを選ぶからやりこんでるのかと思ったけど、あんまり強くないのね」

「明が強すぎるんだよ……得意キャラでも勝てなかったと思う」

「シャオメイが持ちとくいキャラなんじゃないの? 上級者向けだけど」

「いや、脚がキレイだから」

「あー……チャイナ服にパンスト履いてるもんね」

「あと脚技もイイ」


 ハイレグ姿の女軍人も捨てがたいが、柄モノのストッキングを着用しているので減点だったし、最近はブーツにズボンと脚が出ないコスチュームになってしまったのでめっきり使っていない。

 現状、俺が使うのはナマ脚女子高生スミレかチャイナ服の拳法家シャオメイの二択だ。


「スミレも使うが、シャオメイの方が脚のグラフィックにこだわりを感じるんだよな。蹴るときにちょっと筋肉が動く気がする」

「……どこ見てんの……?」

「脚」


 おそらくグラフィック担当は俺の同志あしフェチだ。断言できるくらいにこだわりが見て取れた。


 対人だとキリがないけど、CPU戦ならそれなりに操作できればキャラは関係なくエンディングまでは行けるからな。むさいおっさんや武道着姿のマッチョ、鉄の爪を装備した仮面付きのサディストなんて操作してもまったく面白くない。


 そんなこんなで一時間近く潰した俺たちは、女子組に呼び出されて待ち合わせ場所に戻ることとなった。昼飯を食べたら四人でちょっと見て回って解散する流れだろう。

 ぶっちゃけ人と長く行動するのは久しぶりだし疲れたから帰りたいが、さすがにここで唐突に帰るほど空気が読めないわけでもない。


「昼飯なににすんのかなー」

「三階のイタリアンが気になるって言ってたよ」


 そんなことを言いながら辿り着いた待ち合わせ場所には、目ざとく俺たちを見つけてにやにやするひかりと、


「あっ、大輔くん。どう……かな?」


 買い物したのか、先ほどまでとは服装も髪型も違う優愛がいた。


「可愛いっ!」


 きゃぴっと褒める明とは裏腹に、俺は呼吸すら忘れていた。


 ただ一点に視線が吸い寄せられてしまう。


 オフタートルのニットワンピは膝が少し出るくらいの丈で、女性らしい柔らかさが感じられる。短めではあるが、60デニールの黒ストッキングを合わせているのでむしろ上品なイメージすらあった。

 雰囲気に合わせてか、先ほどは結わえていた髪もハーフアップになっていて、いいとこのお嬢さんといった風情である。


「えっと……?」

「ダイジョブやろ。言葉どころか呼吸すら忘れるほど優愛っちの脚に見惚みとれてんねんで」

「普段内臓とか触らしょくしんさせてもらって貰ってるから何かお礼を仕様と思ったんだけど、ひかりちゃんがコレが一番良いって」

「ウチの言った通りやろ? 下手な菓子や小物よりこっちの方がよっぽど効くわ。ましてや優愛っちの美貌と合わされば、服の代金を大輔っちが支払ってもおつりが来るで」

「……いくらだ? いくら払えばいい?」

「エッ!? 払ってもらったりしないよ!? 私の服だし!」

「まじか……ただで良いのか……? いや、肝臓を二、三発……?」

「良いの!?」

「グェッ!?」


 腹に突き刺さるようなボディブローを撃ち込まれて思わず正気に戻った。


「てめぇ何しやがる!?」

「大輔くんが良いって言ったんじゃん!」

「言ったのか……? 言ったような気も……」

「ほら、私悪くない!」


 クソ、恐ろしいまでの魔力だ……!


 なお、昼食の時に優愛の脚が見やすいよう俺だけ隣の席に座ろうとしたところ、優愛とひかりと明にしこたま叱られました。

 解せぬ。


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