第8話 無差別テロを事前に阻止したら表彰されるべき
土曜日。
本来ならば惰眠を貪りながらインターネットでワールドワイドな美脚を探す旅に出るところだったのだが、一件のメッセージによって全ての予定をキャンセルすることとなってしまった。
差出人は優愛。
メッセージは短く端的に『ポンポンモール 10時』という言葉と臓器のイラスト画像が添えられていた。医学書とかに載ってそうな、精緻な点描の心臓である。
「……何かの脅迫、か……?」
ちなみにポンポンモールとはこの地域で一番大きなショッピングモールのことだ。
何を意味しているかすぐさま訊ねたはずだが、俺の返信は既読すらつかなかった。
……まさか特訓で精神に負荷を掛けたせいで禁断症状が起きて
時刻はすでに九時を過ぎていた。慌てて身支度をして家を飛び出す。
本当ならば
実は電車を使った方が近いのだが、休日で良いタイミングのがなかった。このままだと犯行予告まで間に合わなかったので実質一択だったわけだ。
到着と同時、スマホで時間を確認すれば10時を2分ほど過ぎているところだった。
やべぇ……このままだと犠牲者が——!
「おっはよー!」
「大輔っち遅いー」
「女のコを待たせるとか本当に駄目ね。いーい? 基本的に10分前には着いておくこと! もちろんトイレとかも済ませてね!」
そこには着飾った美少女三人組がいた。
いやゴスロリドレスに身を包んだ一人は男の
靴こそスニーカーだがおそらくストッキングは120……いや、110デニールか。
優愛はブーツカットのデニムに生成色のブラウスを合わせた爽やかな服装で、結わえた黒髪もあいまってさっぱりした印象だ。
対するひかりはデニムジャケットに白のロングスカートで、いかにも女の子って感じだ。
「ほら、
「……脚のラインを隠してるから減点」
「うわぁ」
「最低やな」
「ホントにない。もうこれ女の子に対する態度とかじゃなくて人間としてない」
訊ねられたから答えただけなのに女子2名に引かれて明に責められた。
解せぬ。
「……ずいぶん落ち着いてるな?」
「? 当たり前じゃん。何言ってるの?」
てっきり血の惨劇が起こるかと思ってたんだよ。
「んで、何で呼び出したんだ?」
「なんでって……優愛っち、説明しとらへんの?」
「あー……もしかしたら、ちょっと説明不足だったかも?」
「ゼロも不足と言えば不足だな。意味不明な心臓の図月でビビッたぞ俺は」
「だってリアル系の臓器のスタンプがないんだもん! 手持ちの図説から可愛いの探した結果だよ!」
まぁ優愛が筋金入りの内臓フェチなのは今に始まったことじゃないししょうがないか。
ちなみに今日は化粧品とかを見に来たらしい。
「……あの、今こうやって集まってたら、ゴールデンウィークの目標とか意味なくないか……?」
「分かっとらへんね。今日は明っちの
「そうだよ! 出かけられる機会は何回あっても良いじゃん!」
「というか、ゴールデンウィークは試験みたいなもんやからウチと明っちは二人を遠くから見守る感じやで」
あ、何か思ってたんと違う。
「後ろで言動をチェックして、不合格ならペナルティやね!」
「秘密警察みたいで面白そう! せっかくだからサングラスとか買っちゃおうかな!?」
明が乙女の如く盛り上がってるけど、まぁ楽しそうなら良いか。
イマイチ俺が呼び出された理由は不明瞭だったが、皆の話を総合すると『せっかく皆で集まるなら大輔だけ仲間外れにするのは可哀想』との気遣いらしかった。
「人が多い方が楽しいもんね!」
ひだまりみたいな笑みを浮かべる優愛。教室とは別人のような雰囲気に思わずドキリとする。
「……と、とりあえず行こうぜ」
促してポンポンモールの中へと足を踏み入れる。
休日ということもあり雑踏と呼ぶにふさわしい混みあいを見せるモールに、さっそく帰りたくなる。
脚を眺めるとしてももう少し落ち着いた時間帯じゃないと厳しいだろう。
化粧品を選ぶ三人を眺めながらぼうっとして、その後靴を見たいという明の付き添いで三人そろってぼうっとする。
つややかなエナメルの靴を選ぶ明は学校でのオドオドした感じとは本当に別人にしか見えないほどにイキイキしていた。
靴を脱ぎ履きする時にちょっと前かがみになりながら脱ぐ感じとか、つま先を立ててトントンする時の脚の雰囲気がそこらの女子よりずっと女子なんだよなぁ……。
「えーっと、大輔くん? 何で死んだ魚みたいな目をしてるの?」
「
「いやそうじゃないんだけど……普段からそんな目だったらちょっと異常があるかもしれないし一回見てみようか? こないだブタの眼球の解剖動画をゲットしたんだ!」
「知ってるか? 解剖ってのはその後元に戻さない前提なんだぜ?」
「わっ、詳しいね! 今度好みの解剖について語ろっか!」
「お前めげないのな」
何はともあれ、ピアノの発表会とかに履いて行けそうな靴をゲットしたので明の買い物は終了だ。
次はどうするか、と思ったところで優愛とひかりが何かこそこそと耳打ちをしあっていた。
わざわざ間に割ってはいるのも野暮なので待っていると、二人でこくんと頷いてからひかりが音頭を取り始めた。
「昼までまだ時間あるし、ちょっとだけ男女で別行動しよっか」
「ボクは大輔と一緒だよね? 別に良いけど、周りにデートだって思われちゃったりしないかなぁ」
「なんでちょっと楽しみそうなんですか?」
「えっ、だってデートってことはボクが完全に女の子に見えるってことでしょ? ヤバくない?」
「確かにヤバいな。明が」
頬を染めてうっとりする姿とか特に。
わざわざ呼び出されたのに別行動、と思わなくもないけれど男の前では買い物しづらいものとかもあるのかもしれないし、仕方ないだろう。
……仮に下着とかだったら、自分たちが買い物を終えてから明を案内することになるのだろうか。
その時は何をして時間つぶしをすべきか、と思案していると明に手を引かれた。
「いこ」
「どこにだ?」
「ゲーセン。本当は映画館とか水族館も行きたいんだけど、さすがに映画は時間かかりすぎるし水族館はモール内にないからね」
「完全にデートコースじゃねぇか」
「あっれぇ? もしかして期待しちゃった? 期待しちゃってる? ボクと二人きりでドキドキしたりしてる? ゲーセンでぬいぐるみとか取って良いところみせちゃったりとかしてみると高感度急上昇かもよ?」
う、うぜぇ……。
同人誌ならすぐさま
代わりにゲーセンに向かって歩き出す。
趣味が脚なこともあって小遣いには余裕があるし、暇つぶしがてらクレーンゲームをやるのも悪くないだろう。それにゲーセンのプリクラコーナーはカーテンが上半身しかない。
……つまり脚が見放題なのだ。
そんなことを考えながら歩き始めるが、すぐさま後悔するハメになることなど今の俺が知っているはずもなかった。
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