第7話 こんなに可愛い子が女の子のはずないじゃないか
木曜日の部活は集まると同時に明が連行された。
隣の空き教室で準備をするとのことで俺は一人で放置プレイだ。
さすがに着替えは一人でやるらしいが、簡単なメイクやウィッグでのヘアセットをするためにひかりと優愛も付き添いで退室してしまったのだ。
脚に釣られて部活設立までしたというのに、脚を眺められないってどういうことだよ……!
心の中に不満を溜めながらもストッキングから目を離す練習を続ける。
ちなみに今日のアイテムはキャラクターのイラストがプリントされた子供向けのタイツだ。あまりにもタイムが短すぎたので難易度を下げてくれたらしい。
優愛の分は
いくら脚に貴賤はないとはいっても、さすがにロリはストライクゾーンに入らない。
せいぜいが将来良い美脚になれよ、と微笑ましく見守る程度である。
健康的で張りのある肌やほど良くぷにった太ももはロリじゃ出せないからな。
その証拠に、昨日はマックスでも1.4秒だったタイムが子供用のタイツだと5.8秒まで伸びていた。ウサインボルトも真っ青なタイムの伸長である。
これはもう勝ったな。
「一人で変な顔してどしたん?」
「だめだよひかり。アレきっとキメ顔で良い空気吸ってたから」
「
思わず振り返ると、優愛とひかりに挟まれて可愛い女の子が立っていた。
……否。
明だ。
白フリルをふんだんにあしらった黒いドレスはゴスロリというのが相応しいデザインだろう。ウィッグはあまり目立たない暗めの茶色で、肩口で切りそろえられている。ヘッドドレスまで装着しているのでフランス人形のようなファッションだ。
どんな化粧をしているかまではわからないが、目鼻立ちがくっきりして明るくなった印象だ。
「やっほー大輔! 何かたまってるの!?
「誰だお前」
「誰だって? やだなー明だよ。あ、でもアキラじゃなくてアカリって呼んだ方が可愛い? アカリとも読むよね? 女装してるときはアカリってことにしよっかなぁ」
「明くん、女装したらハイになるらしくて」
「いやー、えらい変わりようやんな? ウチらも驚いてん」
ははは、と笑うひかりだが、ぶっちゃけ別人レベルだ。見た目はもちろん、ボソボソと喋っていた明とは思えない。あ、今は
どっちでもいいけど本人が望んでるならそう呼んでやった方が良いだろう。
「さて、それじゃあ今日も部活動開始しよっか! 今日もボクが大輔のタイム計る? それとも今日は優愛ちゃんのタイムにする? ボクが一緒になった方は得だよね! ボクを見てれば勝手にタイム伸びるし!」
「いやマジで誰だよ……」
変わりすぎてついていけねぇ。
優愛とひかりも苦笑いをしているが、なりたい自分になったのだから別に問題はない。
ジャンケンでペアを決め、さっそく特訓を始めた。ちなみに俺はまた明と組むことになった。
「6.1秒!? 昨日よりめっちゃタイムあがってない!?」
「俺、ロリコンじゃないからな」
「いやまぁそれはそうなんだろうけど、あんまりドヤられるとちょっともやもやするなぁ。むしろロリコンじゃないのに子供向けタイツで10秒もたないの?」
「違う、これは将来の美脚に向けて微笑ましい気持ちでだな——」
自分がロリコンではないことを論理的かつ冷静に伝えようとしたところで、女子組から歓声があがった。
「優愛っちすごい! 38秒も視線を逸らしてられた!」
「さすがに鶏肉は中学校時代に卒業したから」
「ごめんなんて?」
「ほら、中学校時代ってお小遣いも少ないし、ミーハーなのが好きになったりもするじゃん……今考えると恥ずかしい黒歴史だけどさ」
内臓が好きなのは黒歴史じゃなくて黒魔術だと思う。
っていうかそういう説明じゃなくて、中学時代に砂肝を眺めてた時期があるのかコイツは。
「人間にはない臓器だしけっこう面白いんだよ? あ、あと砂肝料理は得意になったと思う」
「スタッフが美味しくいただいてんねやな?」
「うん。そういえば、昨日のレバーとかってどうしたの?」
「吉見センセのお金で買ったんやけど、いらん言うたさかい家に帰ってレバニラにしたで! 今日のお弁当にもちっとだけ入れたりしてな」
「あ、それいいね。今日の砂肝もらってもいい?」
「ええよー!」
「……ズルい」
「えっ。大輔くんも欲しかった? 半分こする?」
「そうじゃない。俺は子供用タイツを眺めていた時期なんてないのに、優愛は中学校時代から特訓していたのがズルい! タイムで負けてるのはそのせいだ!」
「いや、そこで張り合うの……? 別にいいけどボクからみるとどっちにしろ誤差だと思うよ。一般人はこういうは一時間でも二時間でも無視してられる……っていうかむしろ見つめてるのが苦痛なレベルだと思うし」
「大輔っち、負けず嫌いやねぇ」
「まぁでも確かにこれはフェアじゃないか。何だったら良いかな?」
「とりあえず今までしっかり時間をかけたものを教えてくれ」
「……そないに勝ち負けにこだわるん?」
「まぁ害はないから良いんじゃない。二人が話してる間にメイクのコツを聞きたいんだけど——」
ルーズリーフを取り出した優愛が書きだした臓器の一覧を見て思わずうなる。
まず鶏系はほぼ網羅していた。鶏レバーに鶏ハツ、砂肝と焼き鳥屋に並んでそうなものに続いてキンカンなんかのマニアックな部位まで経験済みとのこと。
経験済みってパワーワードだよなぁ……。
「ちょっと恥ずかしいなぁ」
とか気が狂ったことを言ってるが、まぁこの際おいておくことにする。
続いて豚と牛だが、意外なことにこれは数が少なかった。
「結構高いのと、塊のまま売ってないからね……」
「確かに、スーパーとかで売られてるのってだいたい切られてるもんな」
「それじゃ普通の食材だからね……」
残念そうに告げる優愛だが、塊で売ってても食材は食材なんだよ。
「じゃあ次は豚か牛だな」
「吉見センセのお財布に結構な打撃が入りそうやし、聞いといた方がええんとちゃう?」
「そもそもブロックで売ってるの? 近所のスーパーとかけっこう行くけどボクは見たことないよ?」
「昨日は豚レバーのブロック買ってきてくれたわけだし無理ってことはないと思うけど、聞きに行くかぁ」
「さすが部長」
「優愛も来るんだよ」
はたして入手可能か、そして可能だったとして購入してもらえるか。
吉見先生に訊ねたその結果は。
「放課後に使ったものを教員用冷蔵庫にぶちこんで、翌日の昼に焼いて食べるなら良いか……冬用のダルマストーブにフライパンでイケるか……?」
「えっ、そんなことして良いんですか?」
「本来はダメだが、まぁ私が監督すれば良いだろう。ちなみにタレは焦がしニンニク醤油派だ」
「食べる気満々じゃないですか」
「調理器具は家庭科室のものを拝借するとしよう。うむ、これもまた青春だな」
ずいぶんとニンニク臭い青春だな。
なにはともあれ、擬態部は昼も集まって活動することとなった。
なお焦がしニンニク醤油は午後の授業でバレそうになり、部室にはファブリーズが備え付けられ、部員全員が歯ブラシセットを持参することが義務付けられた。
なお、普通に美味しかった。
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