第6話 性癖が発露できるものだといつから錯覚していた?
カラリと開けられた戸から入ってきたのは小柄な男子生徒だった。マッシュヘアーにやや童顔な顔立ちと、線の細いシルエットはいわゆるイマドキっぽくてモテそうな雰囲気だ。
かっこいいというよりも可愛い系だろうか。
恥ずかしげに俯く姿はきっと母性本能がくすぐられることだろう。
「C組の
「……」
「えっ、声ちっちゃ」
ぼそぼそと何かを呟く御留だが、何を言っているのか全然分からなかった。
思わず俺が突っ込めば、分かっていると言わんばかりに吉見先生が肩をすくめた。
「ほら、変わりたいって言ってただろ。聞こえる声量で自己紹介してみろ」
「……御留、明です。苗字、苦手なの、で、明って呼んで、くだ、さい」
ぼそっとした喋り方には似合わぬハスキーな声。
「名前か。いいな、せっかくだから全員名前呼びにしよう」
「男女関係なくですか?」
「ああ。いわゆる部活ルールだ」
吉見先生が言うには、部活の一体感を出すのに効果があるとのこと。野球部とかでやってるよな。先輩も名前呼びに君付けで、実際に仲良い雰囲気ではある。
「まぁ明っちだけってのも変な話だし、丁度ええんやないの?」
「私は良いよ。優愛って呼んでね」
「ウチはひかりやねー、よろしく明っち」
「……大輔だ」
女子の名前を呼ぶなんて初めての経験だが、まぁ本人たちが嫌がらないなら別に良いか。ちなみに俺は名前を呼ばれる経験もほぼない。
卒業式とか入学式みたいな行事以外だと……小学校が最後か……?
「よし、これで部活設立の最低人数は確保した。明は大輔とは真逆だが、当面の目標はゴールデンウィークのお出かけだな」
「真逆?」
「ああ。詳しくは本人から聞け」
ぽん、と明の背中を押した吉見先生は年間活動計画をヒラヒラさせながら去っていった。
後に残された明は
「えっと、明っち。さっき吉見センセが大輔くんとは逆言うとったけど」
「う、うん……えっと、みなさん、それぞれ、特殊、な、性癖、を……?」
明の問いに向花原が代表して脚、内臓、ハゲと応える。パッと聞いただけじゃ性癖とは思えない単語の羅列である。
それを聞いて明がほっとしたような、やや残念そうな複雑な表情になった。
ぐっと拳を握りしめた明は、覚悟を決めたのか震えながら口を開いた。
「ひ、人目、が、気になって、でき、ない、です、けどっ、ぼ、ボク、は、女の、子の、服が、着たい、です……!」
「なるほど、女装趣味か」
俺の言葉に明がびくりと肩を震わせた。俺を見つめる瞳には、明確な怯えが含まれていた。
俺はこの目を知っている。これは——
「女装! 明っちは肌きれいやし似合いそうやなぁ!」
「女子と男子では骨格とか筋肉の付き方が違うから服もちょっと改造したほうが良いかも。臓器だって全然違うんだよ?」
「そ、そう、なん、だ……」
何故かノリノリの二人に囲まれ、明がさらに一段階キョドる。驚きというか戸惑いが大きくなり、怯えは消えていた。
「それやったらゴールデンウィークの前に買い物やね。下着はどないするん?」
「し、したっ、着!?」
「せや。女装するなら見えへんとこにも気ぃ配るべきなんちゃうん?」
「駄目だよ! 男の子と女の子じゃ作りが違うんだから! きちんと合ったものにしないと締め付けが臓器に負担掛けちゃうんだから!」
「臓器第一主義なのな」
「とりあえず明くんはスマホで着たい服装の系統を調べておいて」
「せやね。化粧品はウチらのを使えばええやんな? 化粧水とか最初はちょっと分けたるし、女装の時はメイクとか手伝ったればええやんな?」
「あ、ごめん。私そういうの使ったことないや。メイクもしたことない」
「えっ!? ほんなら優愛っち素でそないな肌しとるん!? うらやましいわー!」
さすがにメイクとかの話とかはついていけないが、盛り上がってるのは分かるので水を差すこともないだろう。
こういう時にストッキングから視線を逸らす練習をすることで内蔵——優愛とは大きくタイムに差をつけてやるぜ。
ストッキングを見る……くっ、視線を外せねぇ……!
いや、これはストッキングの神が俺に与えた試練。これを超えれば人命救助の名の元に合法的にストッキングに接近できる未来が待っているかもしれないんだ……!
静まれ俺のリビドーっ!
己との戦いを繰り広げること十回ほど。見惚れてしまったのでどのくらい時間が経ったかはわからんが、もしかしたら5秒以上耐えられるようになってしまったかもしれん。己の才能が怖いぜ。
さぁ、最終確認。自分でタイムが計れるかは非常に不安だがとりあえずやってみ……
「——じゃあ、大輔くんもそれでいい?」
「ん? ああ、良いぞ」
まったく聞いてなかったから何の話か分からなかったけれど、優愛に訊ねられたのでとりあえず頷いておく。
危ねぇ。もう少しで俺の秘密特訓がバレるところだった。
「良し。そんなら明日からさっそく部室では女装開始やな!」
「で、きる、か、な……?」
「大丈夫だよ!」
その後は俺のタイム計測を明が、優愛のタイム計測をひかりが担当しながら部活動を終えた。
久々に女生徒の脚を眺めること以外に放課後を使った気がする。
本来ならば発狂したり手の震えが止まらなくなっても仕方のない過ごし方だが、休憩と心の保養がてら優愛とあかりの脚を眺めていたので実質ノーダメージだ。
やはり学校ワンツーフィニッシュを飾れる美脚が近くにいるって最高だ。
そんなこんなで下校時刻。
俺と優愛は電車通学で明とひかりは自転車通学なので二手に別れる。
「ほななー!」
「さよ、な、ら」
濃ゆい二人が自転車に跨って去っていくのを見送り、俺と優愛も歩き始めた。
「大輔くんは脚が好きなんだよね?」
「ああ。騙しててすまん」
「別にいいけど。今考えると確かに脚フェチっぽいところはたくさんあったんだよね」
「まぁ、隠してないからな」
明は俺たちに性癖を打ち明けることをためらい、恐れていた。
それはおそらく、女装趣味を馬鹿にされたり、気持ち悪がられることを恐れていたんだろう。
気持ちはわからなくもない。
だが、もともと俺たち
脚フェチも分かってもらえるとは思わないし。
「大輔くんはさ、怖くないの?」
「何が?」
「皆から馬鹿にされたり、気持ち悪いって言われること」
暗くなった通学路は俺たち以外にも部活動を終えた生徒たちがぽつぽつと塊を作っていた。楽しそうに盛り上がっている奴らもいれば、俺たちみたいに静かに会話しているところもある。
「別に。元々期待してないし、どうでもいいかなぁ」
「そっか……強いんだね」
きっと優愛がクラスメイトに対してツンケンした態度を取ってるのも、きっと性癖がバレることを恐れているのだろう。
気持ちはわからないでもないが、
それきり、会話もないまま駅までの道のりを歩いた。
……強い、か。
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