第5話 顧問ってだいたい厳しすぎて嫌われるよな


 俺も内蔵うちくらも固まるのは当然。

 先ほど出された柄モノのストッキングと豚レバーパック。いわばそれぞれの性癖を想起させるためのキーアイテムが出てきたからだ。


「まずはこれから視線を外し、普通の活動ができるようならなあかんねん」

「……べ、別にそんな難しくないし」


 黒ストッキングならともかく柄モノ。つまり脚の美しさを誤魔化すためのものだ。これに視線がくぎ付けになるはずなどないのだ。

 ああ、美脚と黒ストッキングを司る神よ、我にご加護を……!


「まずは『あると分かっている状態』から始めるで。ちなみにこれが一番簡単なやからな」


 空き教室——擬態部部室の奥に積まれていた空の段ボールを持ってきて、レバーパックとストッキングの上に被せる。


「よーい、始めっ……うわっ。二人そろって一秒もたんやんか!」


 ぐっ……!

 あ、あると分かっているからこそ視線がそちらを向いてしまう……!

 これむしろ難易度高いんじゃないか!?


「言うとくけど、街中で性癖直撃なんと遭遇してみぃ。こないなもんじゃ済まへんよ?」

「ぐうの音も出ねぇ」

「……これ、難しい……!」

「目標タイムは60秒やね。さて、ウチは阿志賀っちの代わりにちょいと書類を書くから、二人で交互に計りあってぇな」

「俺の代わり?」

「だって部長は阿志賀っちやん? 申請書出したやろ?」

「いや……どう考えても向花原の方が部長だろう」

「そうね。私たち二人とも指導してもらう側だし」

「いやいや。ウチはボランティア部の部長やもん。ここにいるのはボランティア部の活動やで?」


 向花原の話をまとめると。

 俺たちがを更生させるのは社会のためになるからボランティア部の奉仕の精神と一致するよな、と吉見先生にごり押しされたらしい。

 酷い言い方である。

 色々優遇というか、得もするらしいけれど、最終的には『頼むから二人を真人間にしてやってくれ……彼らにも家族がいるんだ』との泣き落としに負けたらしい。俺たちは改造されて人の心を失った悪魔か何かですか。

 教育委員会とかに訴えたら勝てる気がする。知らんけど。

 

 何はともあれ書類を整える向花原にストップウォッチを渡されたので、俺と内蔵で交互に計っていく。

 ちなみに俺と内蔵の名前が書かれたスコア表も渡された。これに書き込んでいくことで自分の成長を実感できるようになるらしい。二枚目にグラフが書けそうなマス目も印刷されていて、正直面倒なことこの上ない。


 まぁ学校でもトップクラスの美脚を俺が二脚とも独占できるのだ。文句は言うまい。

 入学式で新入生が入ってきたとしても、校内の勢力図が大きく書き換わることはないだろう。二人とも超きれいだし。


「はー……一秒以下とか計るのが難しいんだけど。反射神経の訓練みたい」

「うっせぇ。俺の方が0.1秒長いぞ」

「ぐぬぬ……はいっ、私の方が0.2秒長くなりましたー!」

「負けるかッ……! ……ハァッ、ハァッ、ハァッ……どうだ!? 0.9秒まで伸びてきたぞ!? 実質一秒だろコレ!」

「実質とは。次は私ね……くっ……! ど、どう!?」

「馬鹿なっ……一気に1.2秒まで伸ばしただと!?」


 もしかしてコイツ、擬態の天才なんじゃないか?

 いや、内蔵は教室内ではすでに擬態をしている。真実を知っている俺からすれば不完全なものだが、まがりなりにも擬態の経験があることがアドバンテージになっているに違いない……ッ!


「よー。やってるかぁ」

「あ、吉見センセ。お疲れ様ですー」

「おっ、さっそく始めてるのか。感心、感心」


 二人で0.1秒を刻む熾烈な争いを繰り広げていると、吉見先生が様子を見に来た。


「とりあえず年間活動計画は書けたか?」

「一応、書類は埋めましたけど……」

「初年度だし後で変更できるから適当で良いぞ。最低限一学期の活動が分かれば充分だ」


 年間活動計画、と聞いて俺と内蔵は向花原の書いていた書類を覗き込む。

 そこにはざっくりした計画が綴られていた。


4月:擬態訓練

5月: ↓    ※校外訓練①

6月: ↓

7月: ↓    ※校外訓練②

8月: ↓    ※擬態合宿


 擬態訓練ってのは今俺たちがやってる奴だよな。矢印でずっと伸びてるのは継続して訓練するってことで間違いないだろう


「この、校外訓練ってのは?」

「最終目標にどれくらい近づいたかを確認するため、皆でお出かけすんねん」


 五月はゴールデンウィーク中に皆で映画を観に行くことを目標に。

 七月は試験期間が明けてすぐに、皆でファミレスで食事だそうだ。


「それってただの打ち上げでは……?」

「立派な部活動やで! 全額は無理やけど、多少は経費で落ちるんよ」

「まぁ今年設立で部費はほとんどないから、私の懐から出るんだが」

「よっ! 吉見センセ! 社長! 御大臣!」

「おだてても増額はせんぞ」


 どうやら俺たちのために吉見先生が身銭を切ってくれるらしい。良い先生すぎるだろ……体罰教師とか言ってごめんなさい。


「ちなみに観る映画って決まってる!? 五月なら観たい映画があるんだけど!」


 言いながら内蔵がスマホを操作して見せたのは映画の宣伝用特設サイトだ。

 ボロボロな主人公が拳銃を握りしめて向かい合っているのは——


「サメ?」

「『Re:私の幸せな世界の中心で100日後に君の膵臓を食べるサメゾンビのひとりごと』だよ!」

「聞いたことあるタイトルのキメラみたいになってんじゃねーか。美味しいものに美味しいもの足したら美味しくなるよね、みたいな理論でバカ料理作る精神だよな」

「おお! 優愛っちええ趣味しとるー! ウチもそれオススメしようと思ってん!」


 よく見ると出演者の中に向花原お気に入りのゴリラハゲ、ジョシュ・オーフェンが名を連ねていた。主演とかじゃないし、最終的にサメゾンビに喰い殺される悪役だろうな。

 まぁ向花原がそれで良いなら良いけど。


「実績を少しずつ積み上げていくことで人間社会で擬態できるようになれ」

「いやだから俺たちは……あー、少なくとも俺は人間ですって」

「阿志賀くん? なんで私を見て言い直したの?」


 グールとか狼人間とかって人間の内臓好きそうだし一応な。


「いやー、ウチはもう完璧に擬態できるんやけどねぇ。二人を指導するだけでタダ映画にタダご飯とは役得ですなー」

「ははは。安心しろ、楽はさせないから」

「え”っ!?」


 ぱたぱたと手で顔を煽いでいた向花原だが、吉見先生がさっそく地獄に突き落としに来やがった。これだから教師ってやつは……!


「二人に限らず、擬態が必要な人間はこの学校にごまんといるからな。なぁに、指導するのに二人も三人も四人も五人も変わらんさ」

「変わると思うで!?」

「良いか向花原。二人を更生させたら、指導員が三人に増える。向花原は二人に指導する」

「ほ、ほう?」

「あとはネズミ算式に指導できる奴が増えるから、そこまで頑張れば左うちわだぞ。楽して役得稼ぎ放題!」

「センセ! ウチ、やったりますわ!」


 向花原がやる気になってるのであえて口を挟んだりはしないが、俺たちが指導に回れる未来って来るのか……?

 よしんば擬態が完璧になったとしても、指導してるうちに三年になりそうだし、左うちわになる頃には引退してるんじゃないだろうか。


「頼むぞ向花原コーチ」


 良い感じに転がされてるな、とも思うが本人がやる気なら別に良いか。


「さて、それでは早速新入部員を紹介しようか」

「え”っ!? まだ二人ともまったく擬態が——」

「何、誤差だよ誤差。未来の指導員が増えると思え」

「そ、そうですよね!」

「よし、——入ってくれ」


 パワープレイで丸め込んだ吉見先生の言葉に合わせ、カラリと引き戸が開いた。

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