第4話 はやく人間になりたぁい、とか思ってないよ人間だから
放課後。当番の掃除を終えた俺が指定の空き教室に向かうと、そこには既に俺以外の部員が揃っていた。
一人は説明するまでもなく内蔵。
そしてもう一人は眩しい美脚の持ち主である向花原だ。
内蔵を人を寄せ付けない彫刻のような美貌の持ち主だとすれば、向花原は満開の花のような親しみのある美脚……もとい美人だ。
色素薄目な癖っ毛をシュシュでサイドに垂らした感じはほんわか系である。
「こんにちはー。君が部長さん?」
「
「ウチも二年生やしタメでええよ」
向花原はぱたぱたと煽いで笑う。
「んじゃよろしく」
「これで全員やね。吉見センセは他にも声かけるって言ってたけど、まずは二人に特訓を始めなあかんね」
にかっと笑った向花原が、おもむろに鞄から何かを取り出す。
「……………………」
ストッキング。
柄モノだ。
白系を基調にして小さなチェリーの模様が等間隔に刻まれたそれは若い子向けの商品なのだろう。だが俺から言わせれば脚に模様をつけるのは却って魅力を損なう行いである。そんなことをするのであればまずはしっかり毛の処理をしてから保湿。化粧水、乳液、クリームと重ね塗りすることで美しい質感を保ち、外出時は日焼け止めを塗ってからストッキングで保護だ。できればミニスカとのコラボで曲線美をこれでもかってほど強調してほしいけれどズボンだったり厚手のレギンスで普段は鉄壁のガードを演出しつつここぞと言う時に神秘のベールを脱ぐのもまた乙な——
「はい、アウトやね」
気づけば、ストップウォッチを手にした向花原が柄モノのストッキングを鞄にしまうところだった。
「はっ!? これはいったい……?」
「阿志賀っちがストッキングに見惚れるまで0.2秒。その後24秒間はまばたきすらせずにストッキングに見惚れとったで」
「むっ、俺を見損なうなよ!? 凝視していたのは見惚れていたからじゃない。むしろ柄モノは魅力を損なうのでは、という仮定の元人間心理を含めた多角的な考察をしていたんだ!」
「はいはい」
「……阿志賀くん……」
「いや待て。内蔵は何でちょっと引いてるんだよ」
「昼間も言ったけど人は中身だよ」
「そういう優愛っちもホイ」
今度は鞄からスーパーで売ってそうな豚レバーのパックが出てきた。いやどうなってんのコレ……と思うのもつかの間、内蔵は呼吸も止めてレバーに視線がくぎ付けだ。
頬がちょっと紅潮している姿はまるで恋する乙女だ。
相手が豚レバーじゃなくて人間だったら、だけどな。
「はい、優愛っちも似たり寄ったりやね」
「あっ、肝臓さんが……!」
「いやぁ、吉見センセには聞いとったけど二人ともイイ性癖しとるねぇ」
あはは、と笑う向花原に嫌味や当て擦るような感じではない。
「まぁ安心してええよ。ウチがみっちりしごいたるから」
「えっと、向花原さん……?」
「ひかりでええよ。二人は人には理解されづらい性癖を抱えて生きとる。それは間違いない?」
「それは……」
「そうだ」
内蔵は言い淀むが、もうここまでバレてるなら今更だろう。
何より、向花原には俺たちを馬鹿にしたり、蔑むような気配は感じなかった。
「ああ、警戒せんでええよ。ウチも同じやし」
「「同じ……?」」
向花原が鞄から取り出したのはB5サイズのスケッチブック。開くと、中には所せましと雑誌の記事や写真の切り抜きが貼られていた。
スクラップブックだ。
記事の内容は一人の俳優に言及しているものだった。どうやら追っかけのようなことをしているらしい。
「えーっと、ジョルジュ・オーフェンだっけ?」
筋肉質な身体と剃りあげた頭髪がどうにもカタギっぽくない気配の中年男性。ハリウッド映画の
「ウチはな……ハゲが好きなんよ。それも筋肉みっちみちのゴリラハゲが!」
「お、おう……?」
突然のカミングアウトに反応できないでいる俺と内蔵を置き去りに、向花原はゴリラハゲへの愛を語り始める。
「筋トレしすぎて男性ホルモンマシマシな雰囲気も! その反動で分かりやすく薄い頭皮も好き! できれば年下の女の子におでこペチペチされて困った顔したり、裏でこっそり育毛剤塗ったり鏡の前でしょんぼりしてて欲しいんよ!」
「……そ、そうか」
「せやかてクラスの女子はもっと若くて髪の毛ふさふさで草しか食っとらへんようなのを褒めるやろ?」
あー……確かに、クラスというか世間的にイケメンって言われるのは線が細いタイプだし、髪型も目が隠れたり後ろで結べそうな長さの人が多い。
パーマかけるのにもワックス使うのにもある程度長さがあった方が幅が出るからな。
「ハゲ好きー言うたらウチは変わりモン扱いや。せやから擬態しとんねん!」
つまるところ、向花原は擬態の先輩だった。
吉見先生がどういう情報網で性癖をチェックしているのかは知らないが、すでに擬態ができる向花原をコーチにすることで俺たちにも擬態を習得させようとしているらしい。
「でもなぁ……別に擬態なんてできなくても困らないし」
「阿志賀っちは甘いっ! はい、優愛っちに質問! 魅力的な肝臓が零れ落ちそうな男性が歩いています。優愛っちはどうしますか?」
「大怪我だろ。救急車呼んでやれよ」
「えっと、とりあえず写メと動画……ああでも生で触れる機会なんて滅多にないし治療のふりをして——」
「そこや! 血走った眼でハァハァ言いながら『治療です』なんて言うても、医師免許持っとってもお断りやで!?」
「いや肝臓こぼれそうならそんなこと気にしてる暇ないだろ」
「擬態を覚えて心配そうなふりをすれば『ああこの子は天使や! この子になら自分の肝臓を預けても良い!』って——」
「ならねぇよ」
「なるほど! それは確かに擬態を学ぶ必要性がありますね!」
俺の突っ込みをスルーして二人で良い空気吸い始めたので帰ろうか悩み始めたところで、向花原が俺に向き直った。
「仮に黒スト美脚のマーメイドが歩いていたとするやん?」
「おう」
「マーメイドがバランスを崩して転びそうっ! さぁどうする!」
人魚は脚ないけど、まぁ言わんとしてることは分かる。
「とりあえず脚を守る」
「ハァハァ言いながら血走った眼で近づいた時点でもしもしポリスメン一択やで」
「警察より俺の方が脚をしっかり的確に守れる」
なんならストッキングも伝線させずに助ける自信がある。
「擬態を覚えた阿志賀っちなら助けたうえで、『大丈夫ですか』って言いながら至近距離で脚を眺められるんやで!」
なるほど……至近距離……!
もともと向花原の脚が一位で内蔵の脚が三位タイだと思ってたけど、至近距離で見た内蔵の脚はぶっちぎり一位だったもんな。
つまりそういうことだろう。
脚道は遠くから眺めるだけにあらず。
「さらには、毒蛇に噛まれた時も擬態できてれば合法的にチューチューできるかも知れへんで!」
「向花原コーチ! 擬態するためにはまずどんな特訓が必要ですか!?」
同じ苦しみを味わった向花原の説得に心を打たれ、俺も内蔵も擬態を覚えることとなった。
「まずはコレや!」
どん、と出されたものに、俺たちは思わず固まった。
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