第3話 学校がこんなのばっかって入試の方法間違ってません?

 そんなわけでド変態うちくらと一緒に保健委員になってから三日目。

 意外なことに内蔵は人前では内臓フェチを一切出さず、ツンケンした感じになっていた。

 誰かに話しかけられても、「そう」とか「ありがとう」くらいしか言わないし、雑談なんてしようもんなら話を途中でぶった切る。


「ごめんなさい。読みたい本があるの」


 あえなく撃沈した男子達はスマホでファッション雑誌とか文学とかを読んでるものと誤解しているが、実際に読んでるのは解体新書ターヘル・アナトミアとか解剖学系の医学書だ。


 ……写真付きのな。


 そんなわけで内蔵は『氷の女王』だの『孤高の姫』だのと物々しいあだ名までつけられ、腫物はれものみたいな扱いになっていた。

 近くに野次馬ノイズがないと脚が一段と綺麗に見えるから問題ないな。

 そんな内蔵だが、たった一人だけ自分から話しかけに行く相手がいる。


「阿志賀くん。放課後、ちょっと良い?」

「よ、良くない……」

「そんなこと言わないで。阿志賀くんしか頼れないの」


 俺だ。

 冷血と思われている内蔵がすがるように言葉を重ねたことで周囲の視線が一気に俺に集まる。なんでこんな冴えない変態に、とかまさか何か弱みを、とか漏れ聞こえてくる辺り俺への評価がうかがい知れるが、まぁ別にエロいことしてるわけでも身体目当てとかでもないから問題ない。

 むしろ内蔵は俺の身体ないぞう目当てなんだけどさ。


 潤んだ瞳で上目遣いに俺を見つめる姿は、生殺与奪の権を握られて命乞いをするようにすらみえるから不思議だ。


 どうせ膵臓すいぞうを背中側から感じたいなぐらせてとかトチ狂ったこと言い出すだけだろうから断りたいが、あまりにも注目を集めすぎている。

 内蔵くらいの美人になるとイカれたお願いであっても断りづらいのもまたズルい。


「わ、分かった。放課後話そう」

「やった。ありがと!」


 花が咲くような笑みに、男女問わずクラスメイト達が頬を緩める。

 美人はそれだけで得だ。中身は内臓フェチサイコパスなんだけどさ。そんなことを考えながら授業を消化して昼休み。


 ぼっち飯を食べようと弁当の包みを開けたところで吉見先生に呼ばれた。

 本当なら無視して食べ始めてしまいたいのだが、今日の吉見先生は無視できない。

 何せ0デニールという極上の黒ストッキングを装備しているのだ。わずかに黒みを帯びていながら曲線美も肌の質感も隠せない最強のストッキングを履いた吉見先生は中身に体罰系教師だと分かっていても抗えない力がある。

 俺が弁当を置き去りに廊下までふらふら出ていってしまうのも仕方のないことだろう。


「……どうしたんですか?」

「むしろお前がどうした。どうして下ばかり見ている——ああいや、だいたい分かったから言わなくて良い」

「ふっ……ストッキングのことが分かるとでも言うんですか。本当に理解わかっているか、確かめさせて——ぐぁっ」

「うるさい。今日はそのことで話があって呼んだ」


 言いながら吉見先生が取り出したのは、一枚のプリントだった。


「部活動設立申請書……?」

「ああ。お前らが至るところでイチャついてクラスの耳目を集めているのは私の耳にも届いている」

「いやイチャついてないですよ!? あれは獲物を逃がさない肉食獣というか、ヒトの味を覚えたクマみたいなもんで——」

「そこで、だ」


 いや話聞いてよ。


「部活を設立して加入してもらう。部室に隔離——ごほん、避難すれば無駄に注目を集めることはないだろう」

「いま隔離って言いませんでした?」

「気のせいだ……不純異性交遊は許さんが、既に部員をひとり捕まえているから妙なことは起こらないだろう」

「ちなみにそのひとりって誰です?」

「ボランティア部唯一の部員にして部長の向花原むけはらひかりだ」


 おおおっ!

 内蔵に勝るとも劣らぬ美脚の持ち主!


「ってことは部室で美脚を眺め放題!? 右も脚、左も脚のパラダイスってことですか!?」

「まぁそうなるな」


 ご丁寧にペンまで差し出してくれたので急いで申請書に署名する。

 ちなみに顧問は吉見先生が務めてくれるらしい。最高の教師じゃないですか! 暴力とか体罰とか言ってすみませんでした!!


 心の中で詫びながらできるだけ迅速に阿志賀あしが大輔だいすけと記名する。

 申請書とペンを返したところで、吉見先生がと笑った。


「よし、署名したな?」

「……吉見先生? 今更ですが、活動内容とか、部活名とかは……?」

「向花原をコーチに任命して、お前らが真っ当な人間に擬態できるよう指導してもらう。題して『擬態部』だ」

「ち、ちなみに今から申請を取り下げるとか——」

「えっ、なんで?」


 俺の言葉を遮ったのは俺を待っていたらしくいつの間にかすぐ近くにいた内蔵だ。どこから話を聞いていたのか、わかりやすく瞳を輝かせてボールを待ってるワンコみたいなオーラを発していた。

 内蔵はなんでそんなに乗り気なんだよ。

 擬態部だぞ? この担任、俺たちを人間だと認識してないんじゃないかってネーミングだぞ?


「部活、面白そうだし、その……とりあえずやってみてから、じゃ、駄目……かな?」


 どうしてそこで上目遣いになるんですか。

 捨てられそうなことに気づいた仔犬みたいなオーラ出すのやめろよ……。

 思わずたじろいでしまうほどの可愛さに、断る機会を失ってしまった。


「安心しろ内蔵。私に提出した申請の取り下げとか、できると思うか?」


 邪悪な笑みを湛えた教師が申請書を懐にしまった。

 ちなみに、内蔵が俺を待っていた理由だが。


「阿志賀くん! 我慢できなくなっちゃったから一回だけお願いしていい? ほんとすぐ、一瞬だけ! 阿志賀くんは天井のシミを数えてれば良いから!」

「内蔵。良いところにきた。お前も署名しろ。阿志賀と放課後、一緒に過ごせる時間が増えるぞ」


 クラスメイトに誤解されそうなことを口走っていた内蔵はあっさり捕獲されて署名していた。

 俺とまったく同じパターンで釣られてやんの、ザマァ。

 活動内容を告げられて絶句する内蔵と俺だが、吉見先生はホクホク顔だ。


「自分の性癖を隠して生きるのも、全てをさらけ出して孤独に生きるのも自由だが、『それしか選べない』のは不自由だ。まずは擬態できるようになれ……ついでに部活で青春をエンジョイできるぞ」

「そんなことしたら脚を眺める時間が減るじゃないですか!?」

「眺められる相手が入部してるから減らないだろう」

「二脚じゃ足りないです……!」

「やかましい。イスみたいな数え方すんな」

「脚……校内の脚を愛でるのに、ただでさえ三年間じゃ短すぎるってのに……!」


 俺の言葉に内蔵が首を傾げた。


「あし? えっ? どういうこと?」

「どうもこうも、阿志賀は脚フェチだぞ。始業式当日も女子の脚に点数つけてた」


 あ、そういや内蔵には横隔膜が好きって言ってたんだっけ。いやまぁ横隔膜ハラミは好きだから嘘はついてないけど。


「女の子の脚に点数つけるなんてサイテー。人は見た目じゃなくて中身だよ?」

「ははは。内蔵は良いこと言うなぁ。阿志賀も見習えよ」

「ちょっと待て内蔵の場合は物理的な中身ないぞうだろ!?」

「女の子は視線に敏感だからね? 脚とか胸とかジロジロ見てたら絶対バレるから」

「やはり阿志賀は人間社会で擬態する力を養う必要があるな。内蔵もそう思うだろ?」

「ですね。素敵な肝臓を持ってるんだから、それに見合う立ち振る舞いをしよう!」


 人間社会で擬態って俺は妖怪人間か何かですか……?

 そもそも素敵な肝臓って何だよ。どんな立ち振る舞いしたら肝臓に見合うんだよ。シジミ食べまくるとかか?


「じゃあ、今日の放課後からさっそく活動開始だな。放課後、B棟4階端っこにある空き教室に集合な」

「はいっ! 楽しみだね、阿志賀くん!」


 なぜかノリノリな内蔵に気圧され、俺は乾いた笑みを漏らすしかできなかった。

 なお、肩を落として教室に戻ったものの次が移動教室だったので弁当は食べられなかった。

 ちくせう。




TIPS

シジミにはアミノ酸の一種オルニチンが豊富に含まれており、肝臓のはたらきを保つ効果があると言われています。ちなみに脂肪燃焼を助ける力もあるようです。

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