第23話 計画


 闇に充満するのは赤い香り。

 鮮血のにおいだ。


 通路が静かになったあと、明かりがぽうと灯る。

 剣を置いて肩で息をするライムーンの手のひらの上に、小さな炎が浮かんでいる。


 “妖火”。


 彼女の左頬から首にかけて、妖印があざやかに浮きあがっている。

 たいまつに火がうつされて、殺戮の場が照らされる。

 第四軍団の、ザーヒリーが率いてきた者たちは全滅。

 体に突き立った矢を抜いているスッカルのもとに、ライムーンは足早に歩みよる。


「この考えの甘い、甘すぎるほど甘い砂糖スッカル


 矢を抜く手伝いにかかりながら、押し殺した声で、


「無茶にもほどがある。ぼくが来たのはたまたまだぞ。たまたま犬笛が聞こえるところを探していなければ……犬笛まで使って群がっている第四軍団に違和感を覚えなければ……揉める面倒を度外視して乱入する気になるほど、なんとなく・・・・・嫌な予感がつのりさえしなければ、来ていなかった。そんな不確実な可能性を当てにするな」


 叱るかたわら、ライムーンの手がかれの矢を取り去っていく。苦痛を少しでも長引かせまいとする手際のよさ。さいわい返しのついていないやじりで、比較的楽に抜ける。

 痛みに顔をしかめながらも、スッカルは笑う。


「俺もなんとなくだ」


「何がだ」


「なんとなく、おまえが来る気がしたんだよ」


「馬鹿!」


 そのとき、カラトのそばにひざまずいていたジッリーがふたりを呼ぶ。


「スッカル、ライムーン!」


 血溜まりにひざまずき、カラトの首の傷を手でおさえながら、ジッリーはものいいたげにかれらを見つめている。


「〈霊薬〉のこと、いまはとやかく聞かねえよ。だから……」


 霊薬をこいつに使ってやってくれよ。

 ジッリーの目はそう訴えている。

 ライムーンはそれを見返す。

 かすかなため息。


「ジッリー。おまえにもわかっているだろう。残念だがカラトはとっくに死んでいる。この霊薬は万能ではないんだ。すでに失われたものを取り戻すことはできない」


「じゃあシャオフーは? あいつはまだ生きてるぞ!」


 それを証明するように、反対側の壁ぎわでシャオフーのうめき声があがる。

 最後の矢をスッカルから抜き終えて、ライムーンは再度ため息をつく。それからスッカルにしか届かない小声で、


「〈霊薬〉のことを知られた。目下いちばんの問題はそこだ。どうするつもりだ、スッカル」


「どうするだと?」


「今後どうやってジッリーたちを黙らせておくかだ。のちのちのことを考えれば、だれにもしゃべるなと誓わせるより、ひとおもいに剣で口封じするほうが確実だが」


“なんとまあ、ライムーン……”


 ひさかたぶりの衝撃。

 スッカルは言葉を失う。

 それから悲しくなる。

 お互いが子供だったころの、優しくおとなしかったジンの乳きょうだいの面影を思い出して。


 あのおっとりした泣き虫のライムーンは、ミスルの奴隷の身分に落ち、王奴軍で人を殺すうちに変わっていった。ただの口封じで部下殺しすら検討する冷酷さを宿してしまった。


“おれのせいか。おれはこいつを王奴に仕立てあげた責任者のひとりだ”


 殺されるよりは殺して生きろと、震える乳きょうだいにいい聞かせて刃を握らせたのはかれだ。

 スッカルのこわばった顔を見て、ライムーンが動揺する。

 かれに傷つかれたことに傷つく表情。


「ちがう、婢はただ……君の安全を……」


 尻すぼみに弁明を途切れさせ、ライムーンはくちびるを噛み、黙ってふところから小袋を取り出す。

 〈霊薬〉の粒を入れた袋。

 場の全員分を、彼女はけっきょく出した。





 寡黙なカラトはやはり助からなかった。

 言葉少なだがつねに実直に自分の仕事を果たしてきた仲間の死を、豹隊のだれもが悼んだ。


 ただし豹隊にとっての朗報がひとつ。

 死んだと思った者が生きていた。


「痛むか、アイバク」


「おお痛えわ! わかりきったこと聞く意味があんのか畜生!」


 床にうつぶせになったアイバクが、悲鳴の合間に罵声を吐く。


「おれよりおまえのほうがもともとの生命力強いんじゃねえかなあ」


 スッカルは感心しながら、アイバクの背から矢を抜く。

 アイバクは井戸の真下で矢を背中に浴びていた。飛び降りてくる幾人もの王奴や奴犬に踏みにじられた。最後に地下墓地に降りてきたライムーンが駆け去ったあとになってようやく起き上がり、よろめきながらここまで来たのだという。


 さすがに瀕死であったためまず霊薬の半粒を飲まされ、矢を抜いたあとでもう半粒ということになっている。


スライマーンソロモン神殿の一室に通じていたぞ。井戸にみせかけた出入り口は」


 ライムーンがいう。


「第四軍団の王奴たちが井戸をとりまいていて、婢は攻撃しながら問答無用で飛び込むしかなかった」


 アイバクがあざ笑った。


「けへっ、あの愚図ども、俺が起きあがったときまだ追加で降りるかどうか口論してやがったぜ。ザーヒリーの野郎が、上の部下たちに『井戸に降りず待機しろ』と命じていったからな。おかげで命を拾ったぜ」


 ふさがった脇腹の傷をためつすがめつ確認していたシャオフーが、顔をあげて「いや、それは当然だ」と述べた。


「グール腫は危なすぎる。ザーヒリーとここで死んだ王奴たちは、グール腫に感染することを覚悟した決死隊だったのだろう」


「だろうな」


「アリーチェとやらいう小娘が治って、そばにいるこっちもほっとしたよ」


 そこで豹隊の王奴たちの視線が、視界の端でぴょんぴょんとびはねている少女に向く。


「治った! 治ったーっ」


 全身で喜びを表現中のアリーチェの胸からは、グール腫の目が潰れて抜け落ちていた。盛り上がっていた肉腫もあらかたしぼんでいる。


 痕は残っているが、日をまたげばいずれ消えるだろうとスッカルはみている。

 グール腫は患部を刃で切除しても火で焼いても復活する病だ。体内の奥深くに病巣が入り込んでいて、肌にあらわれる肉腫は表面上の症状に過ぎないのだから。

 だが霊薬は、一瞬で全身を癒やすのだ。


 ライムーンが眉をひそめて聞く。


「聞きそびれていたが、あの小娘はなんなのだ。君たちはなぜ、グール腫に罹患したシキリーヤ人などという厄介なものと行動をともにしていたのだ」


「身分が高そうなので人質にしたんだ。そしたらグール腫だった」


 スッカルはかいつまんで説明。

 ライムーンは「とんだ貧乏くじだな」と嘆声を発し、それから、


「しかし身分が高いなら、グール腫だった過去をごまかせばそれなりの値がつくだろうな。

 君にもなにかの手柄は必要だ、交渉はうまくいかなかったようだからな。その娘を戦利品として軍に献上すればいい」


「ちょっと待て、交渉がうまくいくもなにもあるか。席に着くか着かないかのうちに総攻撃が始まったぞ」


 スッカルは不満をもらした。アリーチェを解き放つつもりでいることはひとまず口にしない。


「おれを殺すつもりならだいぶ手が込んでるじゃねえか、ウクタミシュの野郎」


「ウクタミシュ閣下ではない。総攻撃を強行したのはジューグンダール・ベイだ」


「またあいつかよ」


「またあいつだ。君が死ねばよいとかれが願っていたのは間違いない。かれは婢らふたりへの執着を捨てたことがない……王奴学校のときから」


 当時なんの力もなかったライムーンを玩具にしようとして、スッカルによって目をひとつえぐられたときから。

 隻眼の、怨念の王奴。

 そのジューグンダールが動かす第四軍団がかれらを狙っている。

 舌打ちし、スッカルは腕を組む。


“さて、ここからどう脱出したものかねえ”


 決して安楽にかまえていられる状況ではない。

 地下墓地に戻って井戸から上がるのは難しい。


「上には第四軍団が張ってるだろうしな……」


 それを聞いて、またたいまつを持ったジッリーがおそるおそる手を挙げる。


「まてよ、そうとも限らないんじゃないか。


 あいつらはいったん仕切り直しってことで退くかもしれない。グール腫発生のことがいまごろ広められてるはずだ。もしかしたら井戸の外どころか、第四軍団まるごと聖都の市壁外にまで逃げるかも。俺たちは腰を据えてそれを待てば……」


 楽観的な見通しに、アイバクがさっそく異をとなえる。


「あほか、逆だったらどうするんだ。口論の末に新たな決死隊を組織して、いまにも通路に降りてくるところだったら? ライムーンに突破されたことで、外ののろまどもも刺激されてるのは間違いないぞ。

 忘れてるかもしれないが王宮のシキリーヤ人どもだって、小娘をとりかえしに来るかもしれないんだぜ」


“つまりぐずぐずしていられないわけだ”


「じゃあやはり、どっちかの出口に向かうしか――」


「どっちにだ? こいつは思案のしどころだぞ。第四軍団と戦うか、シキリーヤ人とか」

 アイバクが皮肉げに笑う。


「いいか、みんな聞けよ。首尾よく出られてもそれで解決ってわけじゃねえ。王奴軍に帰っても俺たちは、グール腫に感染の恐れありとみなされる。このままじゃ処分は避けられねえぞ」


 一同の身がこわばる。


「でも霊薬があるなら心配はないってわかってもらえるんじゃ……」シャオフーがいいさしたが、


「そこだよ。霊薬のことを話しても運命が同じなんだ。霊薬の存在を上に隠していたかどでスッカルはどのみち処罰される。霊薬がライムーンのものなら、乳きょうだいそろってだな。そのときには俺たち部下も連座するに決まってる。体の内側まで切り開いて腸を水洗いされるような、苛烈な尋問になるだろうぜ。

 それをどうかわすかだ。

 俺たち部下だけなら簡単なんだがね。率先してスッカルとライムーンを売り渡すって手があるからな」


 その言葉にまた一同がぎょっとする。

 ライムーンがアイバクを見つめ、それからスッカルをちらりとうかがう。

 感情をうかがわせない、静かな目。


“アイバクのやつ、頭の回転は速いがよけいなことをいう癖はどうにかならないのか”


 スッカルは痛くなりそうな頭をおさえ、


「それでアイバク、ほかの手はあるのか? おれたちのだれも腸を水洗いされずにすむ手が」


 話をさっさと進めさせる。

 床のアイバクは、ライムーンの視線に気づかないまましゃべり続ける。


「おう、なくもないぜ。心配すんなよスッカル、〈霊薬〉なんてもんを俺たちに黙っていたこたあ簡単に許すつもりはないが、おまえらみたいなのでも餓鬼のころからの付き合いだ。

 俺たちにはとにもかくにも後ろ盾が必要だ。

 ウクタミシュ・ベイに貸しを作るんだよ。なんとかして第九軍団にかけこみ、全部うちあけて〈霊薬〉を渡せよ。あの大アミールの手柄にするかわりに、ジューグンダールから身を守ってもらうんだ」


「なるほど。悪くないかもしれないな」


 シャオフーが賛同する。

 だが、


「だめだ。ウクタミシュ・ベイとは取り引きできない」


 スッカルは拒否した。アイバクがむっとした顔になる。

 それでも重ねてスッカルはいう。


「アイバク、おまえ勘違いしてるぞ。ウクタミシュのやつがその申し出を受け入れない。それどころか第九軍団みずからがおれたちを尋問にかけ、すべてを聞き出そうとするだろう」


 断言。

 しんと場が静まる。

 ジッリーがややためらったあとで口をはさむ。


「スッカル……ウクタミシュ閣下はあんたが追放されてるあいだ、豹隊を傘下に入れて保護してくれた。なんであんたがウクタミシュ閣下を嫌ってるのかわからないけど、いい人だよ」


「ジッリー。『最も狡猾な王奴』ウクタミシュ・ベイは、決して慈善をほどこさない」


 苦々しくスッカルは吐き捨てる。

 ウクタミシュは、ジューグンダールのように無用な残虐さは持ち合わせない。下劣でもない。

 しかし、温情で動く大アミールなどでは絶対にない。

 スッカルはそれを知っている。

 あまりにもよく。


「……ウクタミシュがこの二年おまえらを保護していたのは、逃げる前のおれに取り引きの材料があったからだ」


 それはライムーンの武力だ。

 唯一無二のジンの兵。ほかのどの王奴も持ち合わせない、ひとりで城壁や敵陣を突破できる能力。

 それを第九軍団のため使わせると約束して、スッカルはウクタミシュに彼女と豹隊を保護させたのだ。

 そして約束どおりライムーンと豹隊は、軍事奉仕以外にはなにひとつ求められなかった。

 だがそれはウクタミシュが、「公正に扱うほうが働きぶりが良い」と考える男だからだ。

 優しさではない。合理性。


「ああ、やつはたしかにジューグンダールとの仲は悪い。ジューグンダールと違っておれたちを憎んでもいない。

 だが損か得かですべてを判断する。

 霊薬は重要すぎる。まるごと奪ったほうが得だと思わせるくらいに。

 身を守るにはこちらは弱すぎる。ウクタミシュは正当な理由をつけてすべてを搾取できる立場にいる。あの男は無料で手に入るものに値段をつけたりはしない。

 この場合、叛逆者であるおれたちを守り、共同司令官であるジューグンダールの機嫌をそこねるのは損だと判断するはずだ」


「じゃあどうすんだよ。やっぱあんたを売ればいいのか、スッカル」


 アイバクが盛大にむくれる。

 ライムーンが剣を拾いに行こうとする。

 スッカルはあわててライムーンを押しとどめ、


「ウクタミシュと話すにしても、せめて取引できる材料を見つけにゃならん。それは簡単に奪われるものであってはならない。

 だがまあ、どっちにしろまずはここから出る方法の――」


 話の途中で、


「治ったぞ!」


 とつぜん満面の笑顔のアリーチェが、スッカルの背に後ろからとびつく。かれの後ろ身頃をつかんで引っ張ったり押したりしはじめる。


「でかしたぞ王奴スッカル! この功に免じてそなたらの死罪を減じてやるのである!」


「処刑するつもりだったのかよ」


「当たり前であろ。数々の無礼、忘れておらぬぞ。だがいまの私には世界が輝いて見える。あとは解き放ちさえすればここの全員に大赦をほどこしてやろう! わははは! うん?」


 視線に気づいたアリーチェが首をかしげる。

 ライムーンが間近に来たアリーチェを凝視している。

 絶句の態で。

 アリーチェがすこし戸惑いながらも、彼女に話しかける。


「そなたジン族であるな? 初めて見た。あ、シキリーヤ語はわかるか?」


 ライムーンは答えない。

 やがて、琥珀金の瞳がすっと細められる。


「……ふうん。これは気のせいか? よく知った女を彷彿ほうふつとさせるな」


 嵐の予兆をはらんだ声。

 ライムーンが剣を拾う。


「ちょっとそこをどけ、スッカル」


 その刃先を見て、スッカルは背中に汗が流れるのを感じる。

 ザーヒリーを相手にしたときより綱渡りになる予感。


「待て、ライムーン」


「その雌兎からはフィオレンツァの気配がする。駆除していいな」


「いや、たしかにフィオレンツァの血縁者なんだが、落ち着け」


「スッカル。

 かつて君の頼みに免じて、婢はフィオレンツァをいちどだけ見逃した。

 そのときに彼女本人に約束している。

 つぎ婢らの目の前に現れたら殺すと。あいつの息がかかった者も排除すると。

 忘れたならば思い出すがいい。フィオレンツァは――あの白いジンは、王奴庁から指名手配されている、第一級抹殺対象の敵国人だ」


「まあ、そりゃそうなんだが……」


「加えて、君を陥れた張本人だ。君がミスル軍から逐われ、叛逆者として扱われる原因を作った女だ。君はあいつの罪を被ったようなものだぞ」


「そこはほら、おれの自業自得でもあるし……」


「この……! まだ未練があるのか、度しがたい。いいかスッカル、フィオレンツァは君を徹頭徹尾利用してから捨てたんだ。もう忘れろ、目を覚ませ。君とあの女との結婚は、無効、だ!」


 飛び出した単語に、まわりで耳を傾けていた豹隊の面々がぎょっとした顔になる。


「結婚?」


 アイバクが呆れた声を出す。


「スッカル、おまえ……結婚してたのか」


「え、白いジンと? やるじゃないスッカル」不用意にいったのはジッリーで、ライムーンに殺意をこめた一瞥をもらって黙った。


「え? 何? 何であるか?」


 砂漠の言語を理解できないアリーチェは、スッカルの背中をぎゅっと握って目を白黒させている。

 じりじり回り込もうとしてくるライムーンに対し、スッカルはアリーチェを背にかばいながら情理を尽くしてなだめる。


「ライムーン、いいか。フィオレンツァはフィオレンツァだ。この小娘はフィオレンツァじゃねえんだぞ」


「そんなことはわかってる。だがあまりにあの女のにおいがしすぎる」


“縄張りを荒らされた獣かよ”


 スッカルは思ったが、それを口にしないだけの分別はかれにもある。


「あーほら、あれだ。こいつはシキリーヤ王の娘だ。使いみちがあるはず……」


 ふいに光明がさしこむ。

 頭の中に。


「あ」


 グール腫。

 霊薬。

 シキリーヤ人。

 ウクタミシュとの取引材料。


 一本の道が見えていく。

 思いついた瞬間に、スッカルは手を伸ばしていた。


「きゃ!?」


 ライムーンの肩をつかんで顔を近づける。ライムーンが驚きの声を漏らし、身をこわばらせて目を白黒させる。


「……ライムーン」


「な、なに、スッカル……」


「世界中に霊薬の存在をぶちまけることになるが、いいか」


 ライムーンの頬から動揺の赤らみがすっと消える。

 瞳からまた感情の光が失せている。


「君……むかし、霊薬のことはずっと婢らふたりの秘密だと約束したぞ」


「し、したけどな、状況が、ほら」


「あれは婢の一族の守るべき秘密で、父様の遺言で内緒にしていて、君とだけ共有してたのに……あっさりばらした挙句、つぎは満天下に公表……?」


「身の安全に必要なんだっての、いまから説明するから! よしみんな聞け!」





 一同に耳を傾けさせ、スッカルは語る。

 聞いて、豹隊の全員が顔をひきつらせる。


「ふざけるな。俺の提案よりはるかに現実離れしてんじゃねえか」アイバクが怒る。


「行き当たりばったりにもほどがある!」シャオフーの悲鳴。


「処刑されることになったら斬首ですまないよな、それ。串刺しとか皮剥ぎとか悲惨な刑が俺たちに用意されることになるね」ジッリーが半泣きになっている。


 そしてライムーンは、なにもいいたくないとばかりに壁に背をあずけて座り込んでいる。


「スッカル……君は、婢のいうことなんか、なにも聞いてくれないんだな」


 抱えたひざに埋めた顔から、恨みごとが噴き上がる。

 暗い海からぼこぼこと泡が上がってくるかのような響き。


「謝るって。ごめんってばよ」


「ごめんって君……。もう勝手にしたらいい、どうせ君はいつだって勝手にするんだ。フィオレンツァといきなり結婚したし。婢が連れていってといっても置き去りにしたし」


“どっちのときのことだ、それ”


 彼女を置き去りにしたのは過去二回。

 王奴軍に入ったときと、王奴軍から脱走したとき。


 もちろん、実際にたずねるような愚は犯さない。

 スッカルはぼりぼりと頭をかく。

 罵られてもしかたない自覚はある。


 シキリーヤ語で計画を説明されたアリーチェが、どん引きした様子でいう。


「……そなたの計画、シキリーヤ人としてはたいへん魅力的であるし、協力してやらないでもないであるが……その……そなたミスル軍であろ? 祖国への忠誠心というものはないのであるか」

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