第6話 殺生巧者


 ごろつきたちの反応はふたとおりに分かれる。恐怖に凍りつく者、恐怖から反射的に攻撃を選ぶ者。

 まず矢と太矢がスッカルに飛ぶ。

 そのほとんどは当たらない。

 ちゃんと的へ飛んだ幸運な二本も、イナブの死体に阻まれる。スッカルが死体の胸ぐらを左手でつかんで軽々と持ち上げ、盾にしたので。


 二射目は放たれるところまでもいかない。

 熟練の弓兵なら三秒で五本の矢を放つ。しかしごろつきたちの腕は熟練からほど遠く、焦りがもたつきに輪をかける。巻き上げ式の弩にいたっては論外の遅さ。


 スッカルはイナブの死体を放り捨て、ごろつきたちに向けて大股に進む。

 その手のなかで剣が自在に踊る。蛇がうねるように。


 ごろつきたちが弾かれたように襲い掛かってくる。

 いっせいに――ではあるが、スッカルの目には微妙な時間差が見えている。王奴たちの連携攻撃とは比べ物にならないお粗末な技量。

 歩みを止めず、スッカルは刃をひるがえす。次の瞬間、もっとも近くにいたごろつきの手首から血が吹き上がる。

 傷を押さえて背を丸めるそいつの襟首をつかみ、ぶん投げる。

 腰だめに短刀をかまえて突進してきていた男へと。衝突――男ふたりがまとめて転倒する。

 スッカルは、短刀の男が起き上がる前にその顔を蹴飛ばす。歯が飛び散る。


 刀の一撃が首を薙いでくる。

 スッカルは斬撃をかがんで避け、その姿勢から相手のすねを切り裂く。

 地面でのたうちまわる男を尻目に、立ち上がってすたすたと歩く。


 歩き、離れた位置の弓手に剣を投げる。

 矢を若干早く備え終えていた弓手の肩が剣に貫かれる。そいつは剣を肩に突き立てたままわめいて弓を取り落とす。


 投げた剣のかわりに、三本の投げナイフをふところから取り出す。

 スッカルはすぐそれも投げる。回転をつけて。

 木の葉のような形をしたそれは、突き刺すものではなく浅く切り裂くための武器だ。ごろつきたちのうち、他よりいくぶんかましな弓手たちがつぎつぎと、弓を引けない程度の手傷を負う。片目を切り裂かれ、指を切り飛ばされ……


 素手のかれを、こん棒をもった男ふたりが前後からはさむ。

 こん棒は原始的に見えるがじゅうぶんに恐ろしい武器だ。力をこめて振り下ろせばたやすく頭蓋を割る。

 後ろからの一撃が先。

 頭を狙うその一撃をスッカルはかわさない。一瞥いちべつすらしない。首をひょいとかしげて肩口で受け止める。首と肩の分厚い筋肉が衝撃を受け止め、弾き返す。

 前から顔面に叩きつけられる一撃。

 猿臂えんぴをつと伸べて、相手の手元近くで受け止める。

 こん棒をひったくると同時に前の男を蹴倒す。

 くるりとこん棒を手の中で回転させ、逆手でうしろに突き出す。こん棒の先端が、後ろでまた振りかぶったごろつきのみぞおちにずどん・・・とめりこむ。吐き散らされる胃液。

 最後までふりかえらず、スッカルは歩く。


 数瞬のうちにごろつきの一人が死に、九人が手傷を負う。

 対するスッカルは無傷。

 ごろつきの残りの全員が戦意を喪失する。

 こん棒を手に、スッカルはドゥーリーの寝台のそばに立つ。

 縮み上がるかれを見下ろして、


「阿呆な部下の手綱はしっかりにぎっておけ、この三流の任侠アイヤール野郎。あとで全員皮を剥がれたくなきゃ、シャイク・アークの娘が死なないことを祈ってろ」


 人食いわにのような目。





 天幕のなかに瀕死のヒュリヤを運び入れた。


「ヒュリヤ、ヒュリヤ」


 シャイク・アークが娘の手を握り、名を呼んでいる。ヒュリヤの目はうつろだ。すでに意識混濁が始まっていて、呼び続けることで現世につなぎとめるしかない状況。

 輪になってのぞきこんでいる周りの難民たちが首をふり、祈りの言葉をつぶやく。

 助かりはしない。それはだれの目にも明らかだ。

 イナブによって至近距離から放たれた太矢は、ほぼ根本までめりこんでおり、腹膜を完全に貫いている。

 スッカルは難民たちをかきわけ、シャイク・アークのそばにひざをつく。かれは小袋のなかから黒っぽい丸薬を取り出す。


「薬がある。いまから助ける」


 シャイク・アークは顔を上げる。真っ赤に充血した目。首をふり、「もう無理です。たぶん臓器が傷ついて……」と絶句する。


「まず太矢を抜くぞ」


「スッカル殿、その薬がジン族の霊薬アル・イクシールでないかぎりヒュリヤを救うのは無理です。よけいな苦痛を与えるのは、もう……」


「死なせない。だからいうとおりにしろ。矢を抜くのはおれがやるから彼女を押さえろ」


 ためらいながらシャイク・アークが娘の体を押さえると、とたんにヒュリヤの体がぐっと反り、激しい苦痛の叫びをほとばしらせる。スッカルの手にはすでに血まみれの太矢がにぎられている。

 間をおかずスッカルは丸薬をヒュリヤの唇に含ませる。




 夜が明ける。

 シャイク・アークは眠るヒュリヤの枕元に座り、娘のひたいを撫でている。ヒュリヤの顔に血の気はいまだ戻っていないが、寝息は安らかで規則正しい。

 確かめたが、怪我はほぼふさがっている。


 あの人は何者なんだ、とシャイク・アークはどこかにいったスッカルのことを考える。

 どう考えても娘は助からないはずだった。

 あの薬が霊薬アル・イクシールでないかぎり……


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