第50話 閑話 姉妹になりたい

「お、おはようございます」


 その一言で朝の教室がシンと静まる。

 入ってきたのは藤本カレン。今まで不登校だったハーフの女の子だ。下手なタレントよりも整った顔立ちに、グラビアにも出れそうなスタイル。

 教室が静まっているのは異物を感知したからではなく、男女ともに見惚れて呆けていたからだ。


「あっ、えっと……?」

「おはようカレンちゃん!」


 妙な空気を感じて戸惑うカレンに、クラスメイトの一人――夢咲雫が元気な挨拶を返す。


(あっ……し、雫ちゃん!)


 カレンはに言われていたことを思い出し、パッと雫に駆け寄る。


——何かあったら雫ちゃんを頼って。きっと助けてくれるから。


 朱里の言葉に偽りはなかった。

 それどころかカレンが頼る前から眩しい笑みとともに助けの手を差し伸べてくれた。

 陽だまりのような笑顔はカレンの緊張と不安を溶かし、そして——


「……美味しそうですわね」

「エッ?」

「ごめん、なんでもありませんわ!」


 カレンは割と欲望に忠実だった。


(でも雫ちゃんってカナタ先輩の妹なんですよね? 朱里おねえさまがカナタ先輩と結婚したら自動的に義理の妹に……!)

「……雫さんの配偶者は自動的におねえさまの血族になれる……? ふひっ」

「あー……なんとなくだけど朱里姉さんの言ってた意味が分かったわ」

「おねえさまが私のことを!? 何て仰ってたんですの!?」

「危なくなったら首をきゅっとすると止まるよって。そんな必要ないと思ってたけど、割と大切な忠告だったわね」

「ええっと……首をきゅっとされたら私じゃなくても止まりますわよ?」

「結果止まるから良いのよ」

「それはそうですわね。おねえさまのご助言に間違いがあるはずありませんし……って、それより何で雫さんがおねえさまを朱里姉さんって!?」


 カレンの問いに、雫がほおを緩める。


「ほら、カレンちゃんはもう知ってると思うけど、朱里姉さんとうちのお兄が仲良くてさ。お姉ちゃんって呼んで良いよって」


 恋する乙女のようにはにかむ雫に、カレンは心の中で血涙を流す。


「夢咲家では養子縁組とか受け付けてたり——」

「エッ!? するわけないじゃん!」

「ですわよね……ペット枠――」

「ないよ!?」

「お父様が金髪巨乳好きなロリコンだったりしません?」

「目がマジすぎる……!」


 こうしてカレンは無事(?)にクラスに溶け込むことができた。

 ちなみに登校三日で19人の生徒に告白され全員を振り、雫にぞっこんな様子を見せたことで百合姫というあだ名をつけられることになるのだが、それはまた別の話。


***


「ありがとうございました」

「いえ、こちらこそ……! 姿なんて……!」

「あ、あはは……まぁ確かにイキイキはしてましたけど」


 朱里は運転手を務めるをよく観察したが、そこに後悔の色はない。


(……カナタくんを誘ったりとか私ともシたいようなこと言ってたけど)


 竿姉妹などというパワーワードが飛び出したのだが、気にしてないのか。

 観察しているのがバレてしまったのか、カレンの母は笑顔でうなずいた。


「カレンが望んでいるなら、多少のヤンチャは気にしません」

「多少……?」


 いぶかしむ朱里に対し、カレンの母はですから、と言葉を重ねる。


「朱里さんも気軽に手を出して頂いてかまいませんよ?」

「エッ?!」

「車の後部座席にお布団も敷いてあることですし」

「いや、あの……」


 心の迷宮ダンジョン攻略のために用意したのだが、さすがにそれは説明できなかった。


「そのための機密保持契約NDAでは?」

「うっ……そういうわけでもないんですけど」


 激闘になれば何度も覚醒と睡眠を繰り返すことになる。その異常な光景を隠すための機密保持契約である。決して未成年と致したことを隠すための契約ではない。


「仕事は仕事ですから。契約は履行します」

「そんなキリッとした表情で言われましても」


 カレンに付き添って話し合いをした際、娘を見守るために仕事をやめる、と言い出したので雇うことにした。「仕事中は運転手さんと呼んで」とカレンにも注意していたほどのプロ意識が変な方向に働いているらしい。


(ある意味似たもの親子なのかしら)


「というわけで、になりましたらいつでもママとかお義母さんって呼んでもらって構いませんからね♡」


 にっこり微笑まれ、朱里は乾いた笑いを返した。





※機密保持契約NDA

犯罪隠ぺいには使えません。

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