第47話 演技
☆昨日は更新が間に合わず19:34になってしまいました。
☆読み飛ばしにご注意ください!
朱里は走った。
カナタとのレベリングを経て上昇したステータスは、やはり常人とは一線を画している。
手を繋いでいるカレンは脚がもつれ、呼吸も荒くなっていた。
「まっ、待って、くだ、さいっ……!」
「ごめん、余裕がないの」
このままではマーカスの分体である狼に追いつかれる。
そう判断した朱里はカレンを持ち上げた。本来ならばかなり難しいが、常人離れした筋力に任せて疾走するスピードを落とすことなくカレンを抱きかかえる。
いわゆるお姫様抱っこの状態である。
「お、おねぇしゃま……!」
「落とすわよ」
頬を赤らめ、潤んだ瞳で朱里を見つめるカレンを塩対応で
両手が塞がっているせいで弓が使えないので、補助的なスキルをいくつか発動させる。
本来ならば射線を通すために樹木や岩石を駆け上がるためのスキルで金庫へと姿を変えたアスレチックを登っていく。
途中に残る突起やパイプがメインの足場だ。
「きっも」
「あっ……太くて、にゅるにゅる……♡」
途中、どういう理屈か金属の壁面をぶち破って飛び出すモンゴリアンデスワームも足場である。ただでさえげんなりする見た目なのに、抱えている少女がしっとりした視線を向けるのもまた朱里のやる気を削ぐ原因だが。
「ごめん、後ろに回すから、しがみついてくれる?」
「えっ――きゃぁぁぁぁっ!?」
両手をフリーにするためにカレンを背中側に回す。背負う形ではあるが、おんぶのように背後に手を回して支えたりはしない。
慌てて四肢を絡めて朱里にしがみつくカレン。
「……おっきいわね」
背中に当たり、潰れているような二つの感覚にイラっとしながらも弓を構える。魔力が作り出した矢を放ち、狼を
金庫上部の輝き――救世者の欠片までそれほど距離があるわけではないが、同時に狼との距離もかなり縮まっていた。
(ギリギリで欠片ゲット……は厳しいわね)
トン、トン、と軽いステップでさらに登りながらもスキルをどんどん発動させていく。クールタイムが終了する側から再び発動させ、少しでも狼の行動を邪魔する。
当てることが出来れば話は変わるものの、すばしっこい狼はかなりの余裕をもって避けているのが確認できた。
「カレンちゃん、上の光ってる奴、取れる?」
「えっ」
「説明してる暇はないけど、あの狼が狙ってるもので、絶対に渡したくないものなの」
答えないカレンに言葉を重ねる。
「アレ取ってくれたら、お母さんとお話しするのも、外出するのも私が付き添ってあげる」
「えっ!?」
「何なら双子コーデとかで遊びに行く?」
「そんな、でも、」
「私が狼を食い止める――失敗したら私はきっと死んじゃうから」
朱里はわざと不正確で不完全な説明に留め、カレンを放り投げた。
「よろしくね」
「えぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」
金庫の上部から生えるアスレチックの残骸にカレンが引っかかったのを確認すると、全力で狼に相対する。
レベルがそれなりに上がったとはいえ、悪魔相手にどこまで粘れるか分からない。
だが、諦める気はかけらもなかった。
(カナタくんが私を頼ってくれたんだから)
「――来なさいっ!」
狼は鬱陶しそうに喉を鳴らしながら朱里を無視して進もうとした。どれほどの知能があるかは分からないが、ケダモノではなくマーカスの分体なのだから当然と言えば当然だ。
「行かせるわけっ! ないでしょっ!」
強烈なスキルを放つ。狙いは狼が足場にしようとしていたアスレチックの残骸。
果たして朱里の狙い通りに破壊され派手な飛沫となって飛び散る。
それはつまり狼の足止めが成功したということでもあり、
「ずいぶんアツい視線だね。ファン? 残念だけど、私はカナタくんのものなの」
狼からのヘイトを集めたことを意味していた。
金色の双眸が朱里を見据え、真正面から突撃してくる。
斬撃のように”線”になる攻撃や、魔法を使った”面”の攻撃ならばともかく、弓矢は”点”だ。
最短距離で突っ込んでくる狼は的として巨大とは言えない。ましてや狼側は見てからでも矢を避けるだけの反射神経を持っているのだから。
それでも必死に矢を放ち続ける。
やがてスキルの光が消え、ただの矢に代わる。
狼はそれを好機ととらえた。
魔力切れか、あるいはスキルのクールタイムが明けていないのか。
ただの弓矢であれば多少食らっても、喉笛を食いちぎってやろうとまっすぐに疾走する。
「くっ!」
矢の生成すら間に合わなかったのか、朱里が踏みつけるような蹴り足で狼を止めようとする。
矢ですら避けられる狼にとって、それは脚を差し出されたに等しかった。
望み通りに食いちぎってやろうと噛みついたところで、朱里はすべての演技をやめた。
「これなら避けられないでしょ」
使うのをやめたことで完全に回復したスキル群を、ひとつ残らず多重発動させる。
――ッ!!!!
音は生じなかった。
光の柱となった極太の矢が狼の眉間から尻尾までを抜け、上顎から全てを削り取るように消し飛ばしたのだ。
全力を振り絞った朱里が墜落する。
対する狼は上半分を消し飛ばされたにも関わらず崩れ落ちることなく、傷口からぐちゅぐちゅと触手のようなものを生やしていた。
(――再生ッ! しつこい奴は嫌われるだけだっての!)
「カレンちゃん! お願い!」
「朱里ちゃん! 送り返すっすよ!」
「まだダメ! それより私の言葉をカレンちゃんに届けて!」
魔力を使いすぎた不調で身動きが取れない朱里は、精一杯声を振り絞った。
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