第46話 切り札
☆お待たせしましたすみません!!!!!!
マーカスが拳を振るう。
魂砕きの黒い光が宿った拳は、実際の勢いなど関係なく触れば即死だ。
それも、アスレチックでの死やモンスターに殺された時とはちがう、二度と回復することのできない死。
震える心を押さえつけたカナタは、はチェーンソーを握りしめた。
「ふむ。怖くはないのかね?」
「怖ぇよ」
「では退きたまえ」
「断る」
「蛮勇は褒められたものじゃないぞ? 勇敢さは勝算がなければ無駄死ににしかならない」
「さすが。モンゴリアンデスワームにダイブできる勇者は言うことが違うね」
「……死ね」
マーカスが一歩を踏み出す。
チェーンソーを叩きつけて応戦するが、金属を削るような耳障りな音が響くだけだ。
「はははっ、人間にしてはよくやっている、と言ってやろう」
「そりゃどうも」
カンストした職業による補正はカナタをある種の超人にまで引き上げている。
鋼鉄製のチェーンソーを振り回し、それを弾くマーカスの一撃を止めてなお余裕のある膂力。
関節を無視した、人には不可能な動きを繰り出すマーカスについていくだけの速度。
そしてそれらを捌ききった上で反撃まで叩き込む体力。
そのどれもが人間離れしており——しかしそれだけだ。
「やれやれ。あまり粘られても面白くない。もう少し本気を出そうか」
ぶぅん、と不快な音がカナタの耳に響く。
マーカスの両腕を覆っていた黒い光が輝きを増し、今度は肢体すべてを包んだ。
「ほうら。触れることすらできないぞ。どうするつもりかね?」
「どうもこうもねぇよ。チェーンソーぶち込むだけだ」
「当ててやろうか。目か口ならば攻撃が通るとでも思ってるんじゃないかね?」
マーカスは絶対的な優位を確信しているらしく、がぱりと口を開け、目を閉じた。
「
「舐めてるのか?」
「これから、そのチェーンソーの切っ先を舐めることになると思っているよ。反撃はしない。さぁ、最高の一撃を叩き込んで――そして絶望して死にたまえ」
マーカスが両腕を背後で組んだ。
この期に及んで”反撃しません”アピールまで始めた上級悪魔に、カナタの怒りが限界まで上がる。
「上等だ……っ!」
駆け出す。
フルスロットルで回転するチェーンソーがマーカスへとぶち込まれる――その直前。
「しっかり味わえ。【終末魔法:同化】ァ!」
カナタの身体を、高速回転するチェーンソーを黒い光が包んだ。
破滅の信徒をカンストしたことで覚えた唯一のスキルだ。
本来の効果は終末魔法の効果を減衰するだけの魔法。
だが、終末魔法と魂砕きは相殺して消えるのだ。
耳障りな音とともにマーカスを覆っていた光とカナタを覆っていた光が弾け、そのままチェーンソーが口腔内に滑り込んだ。
高速回転する刃がマーカスの頬を切り裂き、喉を抉り、延髄を割った。
「がぽばばばばぁっ!?」
刃をひねりながら抜けば、マーカスはぽかんと口を開けたような形相になっていた。だらんと落ちた下顎はかろうじて繋がっているものの、中にあるべき舌は血だまりと肉片になっており、確認することすらできなかった。
ごぼり、と血と肉を吐いたマーカスの身体が逆再生の如く修復されていく。
「ぎ、ザマ……! 許ザん……ゾォ!」
「テメェでハンデ寄こしといて逆切れしてんじゃねぇよ! 【終末魔法:同化】!」
再び黒の光をまとったカナタがマーカスに追撃を仕掛ける。
回復のせいか、それとも分体を放ったせいか、マーカスは再び魂砕きを纏う余裕はないようだった。
「調子に乗るなァ!」
マーカスの背中――スーツが爆散し、そこから二本の腕が生える。未だに魂砕きは使われていないものの、人外の膂力を持った腕が倍になるとなれば、それだけで十分すぎる脅威だ。
「受けきれるかァ!?」
返答代わりにもう一本のチェーンソーを実体化させる。買っておいて、待機状態にしておいたのだ。
「お前の敗因は、」
カナタは2本のチェーンソーを叩きつける。腕をカチ上げ、服と言わず四肢と言わず、削れそうなところへと叩きつけて削りまくる。
「があああああ!!」
「舐めプしたことだ」
腕の一本が飛ぶ。
傷口から血が吹き出す。押さえる暇も与えず2本目、3本目と飛ばし、すべての腕を落とす。
アスレチックで受けた理不尽。
「がああああああああああ!!!」
「あばよ、悪魔
「なんだそれはァ!」
「新職のスキルだよ」
【終末魔法:同化】が自らにかかる終末魔法を減衰するのは、決して防御のためではなかった。
上位職で覚えるスキルで自分の身を滅ぼさないための準備だったのだ。
カナタの拳から放たれた終末魔法がじわりとマーカスの体を蝕んだ。
「ぐぎぎぎぎ……! かくなる上は、小娘だけでもブチ殺してやる……!」
不穏な捨て台詞とともに、マーカスの体が崩れた。
***
ぱかんと開いた金庫に入っていたのは、水色のエプロンドレスを身にまとった少女だった。髪色は陽光のような金。蒼い瞳に均整のとれた顔立ちはそのままミュージカルにでも出られそうな姿だ。強いていうならばワンピースドレスの胸元は少女というにはあまりにも苦しそうだが。
不思議の国のアリス、という言葉が朱里の脳裏をよぎる。
ただし。
「み、見ないでくださいっ!」
「……どうやってそんなものを……」
「つ、通販とか……いえ、そういうのはどうでもよくて! あの、その、見ないでください!」
不思議の国のアリスは無垢な少女であるのに対して、金庫の中の少女は金庫の中で大人のオモチャにまみれていた。
パッとみて朱里が赤面するようなものもあれば、使い方すらわからないものもある。どう考えても玄人向けの品物だ。
「ち、違うんです! 克服のため! 克服のためです! 決してハマっちゃったとかじゃなくて!!」
「……私、何も言ってないわよ」
「ま、膜はありますから!」
「……私、何も聞いてないけど」
墓穴を堀り続ける少女に、呆れながらも朱里は手を差しのべる。
「あっ、朱里さんもこういうの興味あるんですか!? 私のおすすめは吸引機能付きの⎯⎯」
「誰がエログッズ渡せって言ったのよ!? 手! さっさとここから出るわよ!」
「あっ……朱里さんの手……すべすべ」
頬を赤らめるカレンに手を振りほどいてやろうか、と思うがギリギリで耐える。
(これを無事に終えて、カナタくんに褒めてもらおう)
お礼を言って、もしかしたら頭を撫でてくれるかもしれない。いやいや、アスレチックの凶悪さを考えたら感激してハグを……
「供給過多だよぉ……」
ある意味似た者同士の二人が妄想に片足を突っ込んでいると、遥か遠くから唸り声が轟いた。
「えっ!? 何ですかアレ!」
「……モンスターかしら」
「いや、あれ悪魔の分体っすね」
すいっと飛んできたミカエルに言われ、朱里の顔色が変わる。
自らの心で相対したことがあり、強さは身に染みるほど理解していた。
「あっ、言い忘れてたっす。カナタさんからで、急げ! とのことでしたっす」
「早く言ってよ!!」
カレンを引き起こした朱里は、背後を探りながらも必死に走り出した。
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