第43話 金庫

「次のカナタくんの挑戦なんだけど、特等席で見たいです!」


 天真爛漫を体現したような表情の朱里が宣言する。

 この姿を見る限り、誰ひとりとして朱里の本性がヤンデレだとは気づかないだろう。


『おおっと! これは嬉しいサプライズだぁぁぁ! せっかくなので実況席で私と見ますか!?』

「良いの!?」

『ぜひぜひ! 私事ですがサインもお願いします!』

「もちろん!」


 良い感じに話が進んでことにカナタは頭を抱えたくなった。


 朱里の作戦とは、とある予想に基づいたものだった。


『このアナウンスって、カレンちゃんって子だよね?』

『おそらく』

『勘だけどさ、カレンちゃん、と思うの』


 だからカナタくんの応援名目で実況席なりゴールなりに招待してもらおう。


 それが朱里の作戦だった。

 救世者の欠片を見つけることが出来れば即座に回収して離脱。それが無理でも、カレンとの対話ができる場所まで移動できれば御の字だ、と告げた。


 完璧な作戦である。


 ――”心の闇”が未だに姿を見せないことを除けば、だが。


 とはいえ超難易度のアスレチックを素の身体能力のみでクリアするよりはずっと可能性が高いのも事実だ。


『それでは朱里ちゃんをご招待ッ! カナタ選手は少々お待ち下さーい!』


 朱里の姿が掻き消えたのを見て、カナタはもう一度大きな溜息をついた。


「これでミカエルなしでの挑戦か……」


 モンゴリアンデスワームの池に落ちる自分を想像し、慌てて首を振る。


「いや、俺は俺でがっつりクリアして盛り上げよう。その方が朱里も会話しやすいだろうし」

「そうっすね。最悪、デカミミズに食われても即座にやり直せば話のネタにはなるっすよ」

「……………………何でお前ここにいんの? 朱里は?」

「呼ばれたの朱里ちゃんだけっす。不思議パワーでワープしたのに付いてけるわけないじゃないっすか」

「マジか」


 カナタは今度こそ頭を抱えた。

 そしてそのままスタート地点にワープした。


***


「はははっ、初めまして! い、いつも応援してました!」

「え、ええっと……?」

「あ、私、藤本カレンって言います」


 目の前で自己紹介してきたを見て、朱里は焦っていた。


(どうしよ……さすがに想定外すぎる)


 藤本カレンと名乗った金庫は器用に照れてみせる。鈍色の金属に朱が差す様子は違和感しかないが、突っ込んだところで答えが返ってくるとは思えなかった。


「よろしくね、カレンちゃん」

「よろしくお願いしますっ! 朱里ちゃんに会えて感激です!」


 金庫カレンの前には映像や音声を編集するためのモニターやミキサー台のようなものが置かれており、アナウンス用のマイクも設置されていた。

 手は見えないものの、ツマミやダイヤルが細かく動き続けている姿はどこかコミカルでもあった。

 見回した感じ、救世者の欠片があるようには見えない。


 つまりは金庫カレンをどうにか説得してアスレチックを易化するか、そうでなくても攻略のヒントくらいは手に入れなければならなかった。


(一番あり得そうなのはやっぱり金庫の中……?)


「あ、朱里ちゃんも座ってください!」


 椅子が現れたので大人しく座る。同時に朱里の前にもマイクが現れた。


「それでカナタ選手にもコメントできるんでよろしくお願いします!」

「うん」


 モニターに映ったカナタがスタートする。


「いやぁ、緊張しますね! 朱里ちゃんはカナタ選手のどんなところが好きなんですか?」

「えっと……全部?」

「おおっと、良いですね! 愛ですね!! もうデートはされたんですか? どこまで進んだんですか!?」


 何故か前のめりに傾く金庫に気圧けおされながらもヒントを探るべく質問する。なるべく自然な会話の中で。


「んー……あんまり進んでないけど、ずっと私を見ててくれるって言ってたよ?」

「きゃあああっ! 素敵です! サイコー! いつか私にもそんな人ができたらなぁ」

「カレンちゃん……で良いかな? カレンちゃんは好きな人とかいないの?」

「アイドルとかそういうのならいるんですけど、実際に触れあう人はサッパリですよ~」

「男の人が苦手とか、は?」

「あはははっ、ないっすないっす――一時期は同じ空間にいただけで吐いて、過呼吸とか動悸で倒れてましたけど、もう全然平気ですよ!」


(心の闇は……晴れてるってこと……? いや、だったらが見えるはずない)


 核心に入るときにみた記憶を思い出しながら思考するが、どうにもカレンのことが掴み切れない。


「どうやって克服したの?」

「病院もけっこう通いましたし、薬もたくさん飲みましたけど……一番はですかね」


 椅子から飛び降りた金庫がぴょんぴょん跳ねる姿はシュールすぎてコメントしづらいが、何かを見せているらしかった。


「クラヴ・マガ……イスラエルの軍隊式格闘術です!」

「い、イスラエル?」

「ですです。動画とカメラを使った通信教育ですけどね! もし襲ってきたら身体中の関節をバラッバラにしてから股間を潰してやります!」

「あ、あはは……すごいね」


 カレンの意気込みも、選んだ護身術も、金庫が飛び跳ねている絵面も、だ。


「あとは下世話な話になるんですけど、私がをがっつり学習しました!」

「……………………え?」

「AVとかネットに転がってるエグい動画を見まくりました! 新しい扉開きまくりですよ!」

「ええええ」

「いやもうすごいですね。この間見たのは腕みたいな太さの——ってごめんなさい。朱里ちゃんに聞かせる話じゃないですね! あ、でも興味あるなら今度オススメ動画詰め合わせをプレゼントしますよ? もう新しい世界開きまくりなこと請け合いです!」

「ええっと……今は良いかな……」

「そうですよね! 彼氏さんが特殊性癖だったらぜひ相談してほしいです!」


 カレンの言動にドン引きしながらもモニターに視線を滑らせる。カナタがいくつものアスレチックをクリアしているところだった。


「チッ……良い調子ですねぇ」

「そうね」


 心の闇は未だに見えていないが、男性に襲われたトラウマそのものが問題になっているわけではなさそうだ。

 とはいえ、この意味不明なアスレチックには何かの意味がある。


 屈託ない様子のカレンだが、己の姿が金庫なことにも何かの意味があるはずだし、せっかく用意したアスレチックなのに攻略されて舌打ちするというのも妙だ。


(バラエティならある程度は攻略してもらわないと盛り上がらないもの)


 そう考え、朱里が必死に考え続けているときに、は起こった。




※本作には未成年の18禁コンテンツ入手・視聴を推奨する意図はありません。

 


※クラヴ・マガ

イスラエルで考案された近接格闘術。モサド等に採用されたことで発達していき、現在では殺人術以外がCIAやFBIなどに導入されている。日本でも逮捕術として採用され、普及が図られている。

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