第42話 朱里

 朱里の眼前から姿を消したカナタはマーカスの代わりにスタート地点へと移動していた。


『幾人もの心を折り! 肉体を食いちぎってきたモンスターアスレチックに新たな挑戦者だ! エントリーナンバー2番、夢咲カナタぁ!』


 煽るような口調とともにモニターに映るカナタがアップになる。

 あ、と心をときめかせながらも、朱里は必死に思案する。本当ならばこのまま観客としてカナタを応援したいが、そうもいかない。


(ペンライトもうちわも準備してないもの……いえ、そうじゃないのだけれど)


 朱里はカナタのパートナーになるため——パートナーであるためにここにいる。だとすれば、漫然と眺めるのではなく攻略の糸口になりそうなものを探さねばならない。


『さて、カナタ選手ですが、なんとなんとなんと! スーパーアイドル、時代の寵児、朱里ちゃんを連れてきています! 先日活動休止を発表したのはカナタ選手のためでしょうかっ!? 準備時間を使って直撃したいと思います!』


 なぜかモニターに自分が映るのを見て顔をしかめる。朱里が見たいのはカナタであり、飽きるほどみた自分の顔など求めていなかった。


『さて、それではエントリーナンバー2番、夢咲カナタ選手の一回目の挑戦です!』


 ぷあ、と気の抜けるようなブザーに押され、カナタが走り始める。アスレチックを睨む真剣な表情に、自分のこころの中での出来事を思い出して朱里の心が弾む。


(ろ、録画……こころの中だから無理か……!)


 軽いステップで連続する坂を抜けたカナタは、両手両足を使って丸太にしがみつく。ぐわん、ぐわん、と遠心力に振り回されながらも丸太が対岸にたどり着く。


『悠々とクリアー! リプレイ映像をご覧ください! このホールドパワー! これが朱里ちゃんを掴んで離さないのでしょうか!?』


 思わずミカエルを探すが、ミカエルはアスレチック攻略を行うカナタの側を飛んでいる。


 攻略とは欠片も関係のないことを考えていると、モニターのカナタがレールに引っ掛けられたポールへと鉄棒の要領で飛びついた。


『さぁ! 続いて上半身の力だけで前に進むデッドリフトポール! 下半身は朱里ちゃんのために鍛えているでしょうが、上半身はどうか! どれだけマニアックな体位を経験しているかが攻略の鍵となります!』


 再びミカエルを探すが、はやりミカエルはカナタの側だ。


(……なんか、ミカエルちゃんが喋ってるって言われたら信じたくなる実況ね)


 下品で下世話な下ネタをぶち込んでいくスタイルの実況に苦笑いする。朱里としては残念なことに、上半身どころか下半身のフィジカルすら試したことはない。


『あああああ~ッと! ポールがレールから外れかかっている! リカバリーできるのか!? それともここでしまうのか!』


 バランスを崩したカナタは復帰しようと試みるが、無理に勢いをつけたせいであっさりとポールが外れ、空中に投げ出される。

 即座にミカエルが飛び込み、ピコピコハンマーを振るった。


「……酷い目に遭った」


 まばたきする間に、復帰してきたらしいカナタが朱里の横にいた。


『カナタ選手、一回目の挑戦は惜しくもクリアーを逃しました! ですが、初回でここまで進めたのは快挙ではないでしょうか!?』


 モニターにリプレイ映像が写される。マーカスが——おそらく初めて——アスレチックに挑戦した時のものだ。


「ふん……妙な核心だな」


 余裕ありげに呟いたマーカスは、飛行しようとしたのか正面から軽いステップで飛び——そのままモンゴリアンデスワームの池に墜落死していた。


『エントリーナンバー1番のマーカス選手の大記録! これは大会始まって以来の快挙ですよ! さぁ、振り返りも済んだところでマーカス選手、26773回目の挑戦が始まります! 次はどんなファンタスティックなプレイを魅せてくれんでしょうか!?』


 どう考えても煽り倒す勢いのアナウンスに続いてマーカスが走り出した。


「いや……マジでコレどうやってクリアするんだ?」

「お帰り。かっこ良かったよ! やっぱり難しいの?」

「ああ。最初はなんか無視して池の端っことかを進もうと思ったんだけど、スタート地点に立った時点で。コースを進まなきゃってなるんだ」

「いわゆる思考誘導系っすかねー。真面目にクリアしないと無理っぽいっすけど」


 言ってる間にモニターから悲鳴があがる。

 足を滑らせたマーカスがモンゴリアンデスワームに食われ、沈んでいくところだった。


「上級悪魔(笑)かっこわらいっすね。ザマミロ&スカッと爽やかな笑みが止まらないっす」


 ミカエルが満足げにうなずいていると、モニターがカナタと朱里へとフォーカスする。どこにカメラがあるかは不明だが、マイクが二本浮かんでいる。


『ここでサプライズゲストの朱里ちゃんにインタビューをしてみたいと思いますっ!』

「えっ、私!?」

『ずばり、エントリーナンバー2番の夢咲カナタ選手とはどういった御関係ですか!?』

「放送コードに引っかかりそうだから言えないなぁ」

『おおっ! もうそんなところまで進んでるんですか!? さすが朱里ちゃん! いえ、ここは朱里ちゃんを破竹の勢いで攻略したカナタ選手のフィジカルとメンタルを褒め称えるべきでしょうか!』


 カナタは遠くを見つめているが、朱里とアナウンスは盛り上がっている。

 ちなみに嘘はついていない。


 ――絶賛片思い中の好きな人で、などという心中宣言は間違いなく放送コードに引っかかる。


『それでは、愛するカナタ選手に激励の言葉をお願いします!』

「クリア出来たら、なんでも言うこと一つ聞いてあげる♡」

『こぉれは爆弾発言だぁぁぁぁぁぁっ! カナタ選手のハートと下半身に火が付くんじゃいでしょうか!? 次の挑戦に期待です!』


 マイクがすぅっと消えたところで、半笑いのカナタの視界を遮るように朱里が回り込む。


「ねぇ、ちょっと試したいことがあるんだけど、やってみていい?」

「試したいこと?」

「うん。カナタくんが挑戦してるときに」

「危険はないのか?」

「もしかしたらミカエルちゃんの力を借りることになるかも」


 それはつまり、カナタがモンゴリアンデスワームの池に落ちても緊急離脱できないということだ。


「……できれば嫌なんだが」

「分かった」

「ちなみにどんな方法なんだ?」


 訊ねられ、朱里がこそこそと耳打ちする。カナタの表情がなんとも言えない渋さのものに変わる。聞き終わったカナタが大きな溜息をつく。


「……あー……このままアスレチックに挑戦し続けるよりは可能性高い気がする」

「何っすか!? どういう裏技っすか!?」

「見てのお楽しみ。助けを呼んだらすぐ来てね」


 になるウインクをミカエルに飛ばし、朱里は手を挙げた。

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