第37話 カラーズ

 モンゴリアンデスワームの群れを片づけて怪鳥にもトドメを刺した二人は、大きく息をつきながらへたり込んだ。


「さすがに疲れた……」

「ね。数多すぎ」


 疲れた表情ながらも笑みが零れる。

 カナタの『破滅の信徒』はレベル17、朱里の『射手』に至ってはレベル20でカンストしていた。

 職業の育て方はカナタに一任されており、方針は話してあったので今はツリー上で一つ上位にある『弓兵』へと転職していた。


「さすがに今日はここまでにするか? 今から探すのはキツいだろ」

「あっ」


 探索終了を決めようとしたカナタに、朱里が思わず声をあげる。怪訝な表情のカナタが首をかしげて理由を問えば、


「見つけたよ、核心の入口」

「エッ!?」

「ほら、鳥に掴まれてたじゃん? まさか撃ち落とすわけにもいかないし、暴れて落とされるのも怖かったから上から見てたんだけど」

「どこにあった?」

「あそこ」


 朱里が指し示したのは河に掛かる橋げたの下だ。

 墜落直前に光の柱を目視できたらしい。


「なるほど。遮蔽物っちゃ遮蔽物だもんな」

「大金星でしょ?」

「いやぁ、さすがっすね」


 三人でトテトテと歩いていく。

 ダメージも疲れも蓄積されている。本来ならば一度退散して万全の状態で核心に臨むべきだが、モンスターの群れを一掃したことでテンションが上がっていた。

 さらに言えば、”心の闇”も姿を見せず、この心の迷宮ダンジョン内では一度も死亡していないことも大きな要因だった。


「ちびっとだけ核心見て、救世者の欠片が見当たらなかったら退散で良いか」

「そうね」

「朱里ちゃんの新職業もお披露目っすからね!」

「どういう職業なの?」

「弓の射程が伸びてより後衛らしくなった感じかな。を使った高火力スキルと、隠密とか手当とか支援・補助のスキルが使いやすかったと思う」


 さすがに使わないスキルまでは覚えていなかったが、有用なスキルはだいたい覚えているはずなので問題なかった。


「じゃあカナタさんがゴリゴリに攻めて、朱里ちゃんがそのアシストっすね」

「だな。弓兵は防御力のあがり悪かったはずだから朱里に攻撃が向かないようヘイト集めるのも俺の役目だ」


 ロスミス内でのセオリーだが、迷宮ここでも大きな違いはないだろう。

 そう告げて締めくくったカナタたちが光の柱に向かおうとしたところで、ごきゅん、と変な音が響いた。

 鈍く、しかしどこか水っぽい音に振り向くと、朱里の姿が消えていた。


「解説ありがとう。お陰で効率よく狩ることができた」


 ダブルのスーツに身を包み赤い髪をオールバックに纏めた体格の良い男性が、片足を振り抜いた姿で立っていた。額から生えた剃り立つような角は、悪魔の証である。


 足の向いた方向を辿れば、そこには力なく倒れ込んだ朱里がいた。


 ――不意打ちで蹴り抜かれたのだ。


 聞こえた音は、どう考えても人体から聞こえてはいけないものだ。


「……マーカス!? なんでお前が!?」

「ふむ? 私を知っているのかね?」

「カナタさん! 時間稼いでくださいっす!」


 ミカエルが朱里の方へと飛び去ったのを見て、カナタはチェーンソーを構えながらも会話を試みる。


「知ってるも何も、朱里の心の中で殺しただろう?」

「ふむ。君が言っているのはマーカス・ブラックだろうな。君如きに倒されたとは驚きだが、死んだのであればアレの気配が消えたことにも得心がいく」

「何言ってやがる!」


 顔をしかめたカナタとは対照的に、マーカスは笑みを深めた。脚を下ろすと優雅に一礼を決める。舞台の一幕かのような姿で告げたのは、


「改めて自己紹介しよう。我が名はマーカス・。以後、お見知りおきを——君が死ぬまでの短い時間だがね」

「色違い……?」

「さて、説明してやる義理はないな」

「クーピーかてめぇは!」

「説明する義理はないと言った」


 マーカスは拳を構えると無造作に振った。

 明らかな距離があるその一撃が空気中に衝撃波を作り出した。河川敷の砂利を吹き飛ばし、灌木を千切りながらカナタへと迫る。


 ――ギャリリリリィッ!


 思わずチェーンソーで受け止めれば、金属同士がぶつかるような音が響いた。


「どういう、攻撃だよ!」

「さて、ね。受けられるとは思わなかったが。君は本当に人間かね? ずいぶんな膂力をしているね」


 チェーンソーが弾かれてしまいそうな圧を必死に抑え込んで相殺する。職業補正で身体能力が並外れているはずのカナタですらいっぱいいっぱいだった。

 つまり常人であればここで決着がついていたはずだ。

 続いて二度、三度と拳が振るわれるが、カナタは必死にかわし、受け止め、弾く。


「ふむふむ。先ほど近くにいた天使が何かしたのか? 我らカラーズの攻撃を受け止め、ブラックを屠ったとなれば障害になりそうだな。目的はやはり『救世者の欠片』かね?」

「さぁな。『答える義理はない』だろ?」

「それは確かに」


 くつくつと笑ったマーカスの腕に、黒い輝きが集まる。


で廃人にしてやろう」

「カナタさん! 絶対に食らっちゃダメっすよ!」


 離脱していたミカエルが飛び込んできた。その表情は今までにないほど真剣なものだ。


「悪魔の魂砕きは夢だろうと現実だろうと食らったら一発でになるっす!」

「そんなことより朱里は!?」

「致命傷だったんで送り返しました! カナタさんも離脱するっす!」


 言うが早いかピコピコハンマーを構えるミカエルだが、間にマーカスが割り込む。


「させると思うかね?」

「うっせぇよ! 余裕ぶってんじゃねぇ!」


 カナタがチェーンソーを叩きつける。さすがに防御しないわけにはいかないのか、マーカスは黒い光をまとった両腕でそれを弾いていく。

 金属塊としての質量と回転する鎖刃の勢いに押されてマーカスの両腕が持ち上げられる。


「食らえクソッタレ」


 カナタは即座にチェーンソーを手放し、ベルトに差し込んであった武器へと持ち帰る。刺突用の予備武器ではなく、迷宮内で散々使ったそれは、終末魔法入りの旋棍トンファーだった。


 バヂンッ!


 空気を引っ叩くような音が響いた。

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