第36話 怪鳥
朱里が怪鳥にさらわれた。
そう聞いたカナタは急いで駆け出した。職業レベルに頼った身体能力でガラスの落ちたドームをよじ登り、無理やり外に向かう。
「クソ、遠いな」
「近くても撃ち落としちゃ駄目っすよ? 朱里ちゃん死んじゃうっすからね?」
「スキル使えねぇから落とせねぇよ」
言いながらも後を追い、商業施設の外壁を降りていく。一直線に怪鳥を追うために、すぐさま民家の屋根を伝いながら走り始めた。
「タブレットくれ」
「ほい、どうぞ。どうするっすか?」
「わからん! 何か使えるアイテムないか探す!」
雛がいたということは商業施設が”巣”とも思わなくはないが、別種類だったり他にねぐらがある可能性もある。
怪鳥が地面に近づいたら朱里を救出するのが一番安全だろう。
次いで考えられるのは、
「閃光弾にシビレ弩……はダメだな、朱里を落としそうだ」
「トマトソースを作る気がないならやめとくのが無難っすね」
「余裕だなオイ。挑発系はイケるか?」
いわゆる『魔物寄せ』のアイテムだ。ロスミス内ではお香や笛、太鼓などを使ってモンスターをいらだたせ、ヘイト稼ぎ――モンスターに狙われるようにするためのアイテムだった。
防御力の低い仲間を守るために
使う環境や狙うモンスターに合わせて選ぶが、基本的には使い捨てで安価なアイテムだった。
「なるほど。それで注意を引いて降りてきてもらうワケっすか」
「ああ。何が効くか分からんから一通り使ってみるしかないが」
民家の上を走りながらアイテムを購入し、使ってみる。
火元もないのに煙が上がり始めるのはロスミスの設定を受け継いでいるためか。
「……なぁ」
「……コレ」
「……後ろに流れてるな」
「……っすね」
走るカナタの手元から白い煙があがるが、カナタが高速で走り続けているせいですべてが背後へと流れてしまう。
さながら蒸気機関車のようだった。
お香を投げ捨てる。
「はい次!」
手持ちの太鼓を鳴らしながら走るが、テン・テンと可愛らしい音は大空に響かせるには余りにも小さい。
眉間にしわを寄せたカナタがばちを握り込んで振りかぶる。
天に届く一撃を放とうとして叩いた。
「「あっ」」
勢いあまって太鼓をぶち抜いてしまった。職業による補正が効きすぎているのだ。
即座にばちごと放り投げて、最後の笛に手を掛ける。
体育教師が使うような、カタツムリのようなシルエットのそれを咥えると大きく深呼吸。
ピィ――――――ッ!!
空気を引き裂くような甲高い音が空に響く。
さすがに怪鳥の耳にも届いたのか、一直線に飛んでいた進路から外れてぐるりと旋回する。
「よし、これで——……」
「……戻ったっすね」
「遠すぎて効果が薄いのか?」
もう一度吹き鳴らす。
もう一度。さらに。続けて。何度も。繰り返し。
諦めることなく吹き鳴らすも、怪鳥はチラチラとカナタの様子を伺うだけで降りてはこなかった。
「クソっ、降りてくるまで何度でも——」
再び笛を構えたところで、次の足場にしようとしていた民家が爆発した。
屋根や木材、外壁が飛沫となって吹き飛び、現れたのは、
「モンゴリアンデスワームっすか!」
「……クソ、魔物寄せはお前ら用じゃねぇんだよ!」
カナタの悪態を聞き咎めたかのように、他の家も吹き飛び、破裂し、割れ、砕け、多数のモンゴリアンデスワームが這い出してきた。
最初の一体とは違い、明確にカナタを狙ってびったんびったん身体をくねらせながら移動している。
が。
「ぴぃぃぃぃぃぃ!」
魔物寄せにはまともに反応しなかった怪鳥が大きな反応を示した。
大きく旋回して反転すると、ミサイルみたいな速度で迫る。
「おおおおお!?」
慌ててチェーンソーを構えるカナタの背後、モンゴリアンデスワームに向けて突撃すると嘴で一体をかっさらっていく。
「……まぁ、実質ミミズだもんな」
サイズはおかしいが、怪鳥も巨大なので比率的にはミミズをつつく野鳥と大差ない。
「あれ、でも猛毒あるんじゃなかったっけ?」
「カナタさん! 朱里さんを追いかけるっす! 落ちてきたらキャッチするっすよ!」
出来る気がしねぇ! とがなりながらも必死に怪鳥を追えば、モンゴリアンデスワームを食べた怪鳥がぐらりと傾いた。
よく見れば嘴の端から泡を噴き出している。
このままいけば間違いなく墜落するだろう。
もがくように羽ばたきながら逃げる怪鳥だが、見る間に高度が下がっていく。
殺到するモンゴリアンデスワームをチェーンソーで斬り飛ばしながらカナタは必死にそれを追った。
「朱里ッ!」
怪鳥は市街地を抜け、河川に墜落した。
河川敷の砂利と灌木をなぎ倒し、もうもうと砂煙をあげた現場に駆け付ければ、そこにはあちこちを擦りむきながらも無事な朱里がいた。
「いたたたた……」
「大丈夫か!?」
「擦りむいたのとお尻ぶつけちゃった」
「つまり無事なんだな?」
「お尻! ぶつけちゃったの!」
むっとした表情の朱里には、大きなけががあるようには見えなかった。
胸をなでおろしたカナタだが、朱里はもっと心配してほしいらしく唇を尖らせる。
「お尻、あざになっちゃったかも。見てくれる?」
「は?」
「だから、確認してもらえる? 脱ぐよ?」
「脱ぐな!」
「えー……でも結構痛かったのにカナタくん全然心配してくれないし。けがを実際に見たら変わるかも――」
「心配してる! 超心配してるから!」
「……ほんとに?」
「してる!」
「……じゃあ頭撫でて」
朱里を脱がせないためにもカナタは朱里を撫でていく。
背後からモンゴリアンデスワームが近づいてくる音がびたんびたんと聞こえてくるし、墜落した怪鳥はびくびく痙攣しながらも絶命までは至っていない。
本当ならば頭を撫でている場合ではないのだ。
「良い雰囲気っすね……修羅場の恋は燃え上がるってヤツっすか? このまま先に進んじゃうっすか? AじゃなくてB……もしかしたらCまで!」
「女子中学生かお前は」
謎のアルファベットにジト目を返しながらも手を離し、チェーンソーを構える。朱里は未だに不満そうな気配をにじませているが、カナタの背後から迫るモンゴリアンデスワームの群れを見て溜息をひとつ。
「空気読めないミミズよね」
「読んでるから
「あとでもう一回撫でて」
「エッ」
「異常な状況で始まった恋愛は長続きしないってジンクスがあるの」
「エッ」
「落ち着いたところで、落ち着いた時に撫でてね」
「……ハイ」
朱里の圧力に負けたカナタは、苛立ちをモンゴリアンデスワームに叩きつけた。
※異常な状況で始まった恋愛は長続きしない
映画『スピード』
サンドラ・ブロック演じるアニーの名言。こんなこと言ってたけどアニーは主人公のジャックと結ばれました。古いけど面白いのでぜひ観てください!
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