第38話 逃走

 弾かれると同時にカナタの放った終末魔法が消える。

 驚きとともにマーカスへと視線を向ければ、マーカスの腕を覆っていた黒い光もまた、消滅していた。


「相殺、されたのか……!?」

「ふむ? なぜ貴様が悪魔の力を……?」


 互いに疑問符を浮かべているが、答えが出るまで大人しくするという選択肢はなかった。

 再び両腕に黒の光をまとわせたマーカスが余裕のある足取りでカナタへと近づいていく。対するカナタは旋棍トンファーに込められた終末魔法を使ってしまっている。


 さらにいえば前回――マーカス・ブラックを葬った時――切り札としていたスキル『真似っこ』は『破滅の信徒』へと転職してしまったことで使えなくなっている。


 ジリ貧だった。


「ふふふ。天使の助力がなければ出入りも自由にはならない……違うかね?」

「だったらどうした」

「この心の持ち主にアプローチするため、肉体が欲しかったところだ」


 マーカスが大きく踏み込んだ。


「魂を砕き、その身体をもらい受けるッ!」


 チェーンソーでマーカスの腕を弾く。一撃もらうだけでどこまでダメージを受けるか予測もできない攻撃に、カナタは神経をすり減らしていた。

 心の闇”カメラ・マン”に相対した時も一撃で即死する攻撃ばかりだったが、その時の比ではない。


 ミカエルやマーカスの言動を信じるのであれば、可能性が高かった。


「がぁぁぁぁぁぁッ!!」


 吼える。出し惜しみなしの全力でマーカスに攻撃を叩きつけるカナタ。その一部は黒い光を貫通し、マーカスの服を切り裂き、皮膚を削り、肉を割っている。

 だが、致命傷には程遠い。

 黒い血飛沫があがった数秒後には肉が盛り上がり、新しい皮膚が張り、服さえも再生していた。


「それで終わり――ヴェッ」

「チョーシ乗ってんじゃねぇよ!」


 尊大な言葉遣いで話そうとしたマーカスの口にチェーンソーの切っ先をぶち込む。両頬が千切れ飛び、下顎がだらんと垂れる。延髄が削り取られ、チェーンソーが後頭部を抜けていた。


「カナタさん! なんとかこっちに――」

「――」


 人間であれば即死以外の可能性を探すほうが難しいような状況だが、マーカスは痛痒も感じていないかのように動いた。すなわち拳を振るい、黒い光を飛ばしたのだ。


 ミカエルが飛び込もうとした軌道を確実に潰していき、近づくことすら許さない。


 冷徹な瞳に見据えられ、カナタの背筋に冷たいものが走った。


 殺し合い――命のやり取りではなく、マーカスにとっては詰将棋のような、一方的なものなのだ。

 チェーンソーで顔をこじりながらも大きく飛び退いたカナタ。ミカエルから自ら距離を取らされる形になってしまった。


 千切れかけた顎が逆再生のように繋がっていき、後頭部の傷が塞がっていく。

 マーカスはわらっていた。


「くくっ……いかんな。すぐ殺さねばならんというのに、必死に抗う者を見るとつい甚振いたぶりたくなる」


 こきゅこきゅと両肩を慣らし、再び拳を構える。

 先ほどよりも濃密な黒い光がまとわりつき、ぶぅん、と鈍い音を立てた。


「少年よ。まだ君は、自分が死なずに済む方法があると思っているのかね?」

「……思ってねぇよ」

「その割には、絶望しているようには見えないが? 緊張、発汗、視線……何かを狙ってるいんじゃないのかね?」


 やってこい、とでも言いたげなマーカスに、カナタが憎悪にも似た視線を向けた。


「当たり前だろうが……するのが怖くないわけないだろ……!」

「なっ!? 貴様っ!」


 マーカスが動くより早く、カナタはチェーンソーを振り回す。遠心力を付けた状態で手首を支点に回転させ、自らの首にチェーンソーを叩きつけた。

 皮膚を削り、肉を割り、血管を断ち、骨を砕く。


 血液が噴水のように吹き出し、カナタの身体が分解される。


「……なるほど。良い判断だ……」


 マーカスは苦虫を噛み潰したような顔で消えゆくカナタを睨んでいた。



——

————

——————

————————


 カナタは飛び起きた。服はおろか、枕すらも汗で濡れていた。


「ミカエル」

「はいはい。ここにいるっすよ! すぐ戻るっすか!?」

「いや、戻らない。どうにか勝つ方法を考えるぞ」

「エッ!? でも救世者の欠片が奪われちゃうっすよ!?」


 カナタはスマホを確認する。一足先に現実世界に戻っていた朱里から着信やメッセージが届いていた。


 ――大量に。


 不在着信は19件。その後メッセージに切り替えたらしくカナタを心配する文言が並んでいたが、既読がつかないことや返信がないことが納得いかないのか『無視?』『そっち行こうか?』『ねぇ私何かしたかな』等々目が滑るような量の短文が並んでいた。


 若干気圧けおされながらもすぐに電話、ミカエルとも共有するためにスピーカーへと切り替えた。


『カナタくん!?』

「無事だ。……マーカスに邪魔されてなかなか出てこれなかった」


 簡単に事情を説明すると、今後の方針について触れていく。


「とりあえず、今のままじゃ勝てる気がしない」

『どうする? 囮とか? 私が全裸になって立ったら多少は意識引けるかな? カナタくんのためだったら私、なんでもできるよ! もちろんカナタくん以外の人に裸見られるのってすごく嫌だから悪魔の目玉を抉り出して犬に食べさせることと、カナタくんが責任取って私と結婚――』

「おちつけ。そんなことしなくても、勝てない敵にぶち当たった時にやることは決まってる」

「ヤること……っすか? つまりあらゆる不満を肉欲に変換して朱里ちゃんにぶつけ——」

「レベル上げだよッ! ミカエルてめぇ実は余裕あるだろ!?」

『レベル上げ……それじゃ、あの子の中の欠片は諦める?』

「さすがに諦めないでほしいっす……!」

「俺の推測が正しければ、多少はまだ時間に余裕がある」

『何で? あの悪魔は核心に入る光柱付近にいたのよ? すぐ核心に入られちゃうんじゃない?』

「そうっすよ!」


 同調したミカエルが、ハッとした表情でカナタを見る。


「まさか、悪魔が暴れて廃人同然になった中学生なら無抵抗だからどんなプレイでもできるとか!?」

「思ってるわけないだろ! ちったぁ天使らしい発言しろ!」

『カナタくん、信じてるから何で急がないのか聞かせて。信じてるからね』


 電話越しにも感じられる圧に、カナタは冷や汗を垂らしながらも頷いた。


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