第34話 中層

 朱里の時とは違い、戦闘中でもなければ死にそうになっていたわけでもないのでカナタたちはそのまま中層に出現した。

 今度は意識だけでなく身体も一緒に、だ。


「……今のがカレンちゃんの記憶……」

「いじめだとしたら根が深いな」


 そもそも、小学校時代の話だ。今更いじめっ子を探し出すのは難しいだろうし、そもそもカレンがそれを望んでいるかもわからなかった。


「人と関わるのが怖くなっちゃったり、外に出るのが苦しくなっちゃったなら、楽しい思い出を作ってあげたいわね」

「それも一つの手だけど、そもそも引きこもりが相手じゃ会えないからなぁ」

「まぁ、いくつか手は考えてみるけど」


 それよりも、と言葉を区切った朱里が見回した中層は、カレンの意思が色濃く出ているからか複雑な地形をしていた。

 先ほど、記憶の中で観たような街並みがどこまでも広がっているのだ。


 ただし時間は夕暮れ。


 茜色に染まった世界の中、碁盤状に伸びる道と整然と並ぶ家屋の群れ。遠くの方を見れば高架線を電車が走っていたり、橋げたの下に大きな川が流れていたりと、普通の街並みにしか見えなかった。


「なんか迷宮ダンジョンっぽくないな」

「普通の市街地よね。ちょっと田舎寄りだけど、バラエティとかのロケでいく町に似てる気がする」


 普通の街と違うところがあるとすれば二つ。

 一つは家の表札や道路標識などが、まったく意味不明な文字列に変わっていることだ。読めそうで読めない気持ちの悪い文字列が並んでいた。


 もう一つは、


「あれ、モンスターだよな?」

「そうっすね……こっちに気づいてるっすかね?」

「撃ってみる?」

「とりあえずもう少し探索してからにしよう。戦闘中に他のモンスターも寄ってきたら面倒になりそうだ」


 茜色に染まった空の上をどう考えてもあり得ないサイズの鳥が飛んでいることだった。

 距離感がぼんやりしてしまっているが、おそらくは2,3メートル級の怪鳥である。


「恐竜の時代みたいね」

「遠くてわからんな……ファイアバードとかか?」


 ロスミスの知識を引き出してみるも、茜色に染まって体毛がわからないことと、距離が開きすぎて細かい特徴までみえないので何とも言いようがなかった。


「とりあえず探索だ」


 ちなみに朱里の発案で家の屋根に上ったり、越えることはできないかミカエルが試したところ、簡単に越えられた。


「さしずめフィールド型迷宮ダンジョンってトコっすかね」

「でもこれなら探索は楽じゃない? 道とか無視して屋根を伝いながら移動すればすぐ核心への入口が見つかりそう」

「肝心の光柱が見えないけどな」


 本来ならば立ち上る光が見えるはずだが、斜陽にかき消されているのか、それとも何かに遮られているのか、核心へと続く光の柱は見当たらなかった。


「遮蔽物がありそうなところか……そうじゃなきゃ、屋内……?」

「えっ!? さすがに民家の中はないんじゃない?」

「オブジェクト扱いで入れないとかだと楽なんだけど」

「確かめてみるっすよぉ!」


 スイッと門扉を飛び越えたミカエルが玄関戸を開ける。

 ガチャ、と機構的な音とともに開いてしまう。


「……」

「……」

「……」


 三人で顔を見合わせる。最悪、全ての民家を回るべきかと思案したところで、玄関が開いた家からが這い出してきた。


「うわっ、何だあれ!?」

「あー……モンゴリアンデスワームっすね」

「知ってるの!?」

「ゴビ砂漠周辺に生息してるって噂の有名なUMAっすよ」

「なんでそんなのがここに……!」


 玄関から這い出してきたのは、ドラム缶をいくつもつなげたような太さの巨大なミミズだった。

 てらてらと光る体表は生肉にも見える暗い赤色。

 先端部は丸い穴が開いており、内側には牙がびっしりと生えていた。


「ちなみに超猛毒なんで、触れたら死ぬって言い伝えっす」

「に、逃げるぞぉ!」

「賛成っ!」


 朱里が牽制の矢を打ち込んでいる間に背を向けて駆け出す。深々と刺さるところを見ると大した硬さではないようだ。傷口から乳白色の液体をまき散らしながら、悶えていた。

 その勢いに負けて門扉が吹き飛び、家が傾く。


「クソ、アイツぜったい強いぞ!」

「紙防御だけど一撃が重たいなんてロマンタイプっぽいっすね!」

「良いから早く逃げるわよ!」


 三人そろって駆け出す。

 感覚器官が鈍いのか、それとも痛みでそれどころではないのか、モンゴリアンデスワームは追って来なかった。




「良いかミカエル。これから先、お前は何かをするとき絶対に許可を取れ。許可なしで動いていい方向に動いた試しがないだろ」

「ええっ……良かれと思ってやってるっすよ?」

「悪意があったらお前に終末魔法打ち込んでるとこだよ……!」

「そうね。できるだけ許可取ってからにして頂戴。呼吸とか発言とか」

「呼吸もっすか!? 発言に許可が要るとなると許可を取るための発言の許可をとらないと……」

「とんちかよ」


 本気で悩み始めたミカエルを放置して今後の方針を決める。


「家の中にモンスターがいるって考えると、探索しづらいよな」

「そうね……できれば違うところを探したいけど」

「天井が覆われてるところか屋内……どっかにデカい商業施設とか、屋根付きの野球場とかあれば良いんだが」

「あ、それならさっき飛んだ時、あっちに見えたっすよ」

「先に言え!」

「ええ……だって聞かれなかったっすよ……?」


 何はともあれ、とりあえずの目的が決まった。

 ミカエルが目視したという商業施設。


「そこに無かったら……」

「ま、まぁそれはまた後で考えましょ! 家の中にも必ずあのミミズがいるとは限らないし!」


 もしかしたらアタリ外れがあるのかもしれないが、試してみる勇気はなかった。




※不気味な文字列

 かいめつフォント で検索してください。

 本当は画像にして載せようと思ったんですがうまくいかなかったので割愛。


※モンゴリアンデスワーム

中国~モンゴルに広がるゴビ砂漠周辺に生息すると言われている未確認動物UMA。捕獲されたり、撮影された例はない。実際の言い伝えだと成体で1.5メートル、10kgくらいとのことなのでドラム缶みたいな太さはしてないし、家を吹き飛ばすような力も(多分)ない。

有毒なのは言い伝え通りで毒液を噴射してくるらしい。中には放電攻撃を使えるという説もあったりして、未確認だから何でもありだよねって思う。

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