第33話 考えながらまた攻略

「カナタくんさっきぶり!」

「おう」


 夜。ベッドに入って眠りに就いたことでカナタは迷宮ダンジョンに来ていた。ミカエルが飛んでいったのか、それとも分体を作ったのか、すでに朱里も到着していた。


「今日の目標は表層のクリアっすね!」

「おう」

「がんばろうね」


 新装備チェーンソーを手にしたことで火力不足が解消された。ここから先はどんどん攻略を進める予定だ。


「道中モンスターはできるだけ狩ってくぞ」

「うん」


 カナタの職業レベルを上げる――破滅の信徒を何とかすることに加え、朱里の職業レベルも上げていくつもりだった。

 死んでもやり直せるとはいえ、ゲームとは違う。

 安全マージンはいくらあっても良いのだ。


「問題は”心の闇”よね」

「ああ……大したことない奴だと良いんだけど」

「望み薄いと思うけど」


 時折やってくるモンスターをスプラッタに殺害しながら進む。すぐ綺麗になるので我慢するしかないが、カナタはほぼ毎回血みどろになっている。


「雫ちゃんの話だと去年の11月に転入してきたんでしょ。まったく無いとは言わないけど、普通は4月とか9月とか1月とか、区切りの良いところで転入すると思うの」

「親の都合とか?」

「会社勤めならやっぱりある程度区切りのつくところで異動になるんじゃないかな。転勤族ならさっさと転出しちゃいそうだし」

「なるほど。ってことは、何か微妙な時期に転校しないといけないような出来事があったわけだ」

「本人だったらイジメとか、何かの事件に巻き込まれたとか。親だったら転職とか倒産、下手すると借金取りから夜逃げとかね」


 いずれにせよ、"心の闇トラウマ”が心に刻まれるには十分すぎる出来事だろう。


「まぁ、直接聞いてみないことには調べようがないけどさ」

「そうか? フルネームで検索したら何か引っかかるかもしれないぞ?」

「プイッターとか? 実名でやってるかなぁ」

「本人がやってるとは限らないだろ」


 言いながら、オークの背中に不意打ちの一撃を叩き込みながらカナタが言葉を続ける。


「事件とかっ、事故ならっ、ニュース記事とか! 他の誰かがっ、SNSにあげてっかもしれない、ぞっと!」


 途切れ途切れなのは全力でチェーンソーをぶち込んでいるからだ。オークはまともに反撃もできないまま豚ミンチに変わり、経験値になっていく。

 血飛沫はすでに消えているが、顔回りをシャツの袖で拭うカナタ。気分的な問題だろう。


「北海道周辺で、藤本エリカって名前の子が関係してそうな記事があれば見つかるだろ」

「確かにね。それじゃ、明日の朝通学する時とかに調べてみるわ」

「おう。俺もちょこちょこ調べてみる」

「あ、そこの分岐は右っす」


 方針が決まったところでどんどん進んでいく。モンスターがを選びながらしらみつぶしに探していく。

 カナタの『破滅の信徒』も、朱里の『射手アーチャー』もレベルアップ自体はしている。

 ただし、順調にスキルを覚えている朱里に比べ、カナタは何のスキルも覚えていない。

 すでにレベルは14なので、キリのいい数字は15と20の二つだけだ。


「5と10で覚えなかったし、15も期待は薄いけどな」

「ま、まぁ良いじゃないっすか! チェーンソーかっこいいっすよ!」

「お前はもうちょっと反省しろよ」

「してるっす! もう日本海溝より深く! 火星のオリンポス山より高く!」

「軽いんだよなぁ……」

「か、軽くちゃ駄目っすか!? やっぱりちょっぴり重めな感じが良いっすか!?」

「……ストレートすぎるよう……嬉しいけど」


 なぜか連鎖的に朱里が恥ずかしがり始めたが、カナタは頑張って目をそらし続ける。

 この手のタイプの言動はどう反応してももらい事故になることを学んだのだ。


 ゴブリンの群れを惨殺し、豚ミンチを量産しながら進んでいく。


「これで終末魔法を覚えなかったら焼き鳥にしてやるからな」

「戦闘の幅が広がったじゃないっすか! いつか自分に五体投地して感謝する日が来るかもしれないっすよ!?」

「朱里は順調か?」

「うん。魔力切れだけ気を付ければ問題ないと思うよ」


 朱里は朱里で出会ったモンスターを撃ちまくりハリネズミのようにしていた。矢は魔力によって生成されるものなのでそれだけは気をつけねばならないが、


「弓道とかアーチェリーとか習おうかな……ハマっちゃいそう」


 うっとりした様子で自らの弓を撫でていた。


「朱里御前かアカリミスってところっすね」

「分かりにくいな」

「ミカエルちゃんで笑うのってけっこう知性が要るっす」

「急に炎上芸人みたいなこと言うじゃん」

「アイム・ア・パーフェクト・エンジェル! っす!」


 くだらない話をしながらも探索を続ければ、やがて光の柱が見えた。

 朱里の迷宮こころのなかにも存在していた、次の層との境目だ。


 朱里の時とは違い特に問題もなかったので、三人そろって——朱里の命令で順番的にはカナタがちょっと遅れて——それに触れる。


 ぶわり、と光が溢れ、三人の意識は呑み込まれた。




 暗い道だった。

 ところどころに立った電柱の灯りが家の塀や道路の縁石に切り取られ、影と、さらに濃い闇に満ちた空間を形作っている。

 頼りない光を辿り、アスファルトをとぼとぼと歩いているのはランドセルを背負った子供だ。が全面に取り付けられた黄色い帽子からすると、女の子だろうか。


『これがカレンちゃんかしら』

『おそらくは。暗すぎて顔すらよく見えないけど』

『暗いっすね……子供が出歩く時間じゃない気がするっすよ』

『そりゃ”心の闇トラウマ”につながる記憶だからな……普通じゃない何かが起きたんだろうよ』


 姿なく、声だけを響かせる三人の前、小さなシルエットはとぼとぼと歩きながら手を自分の顔に持っていく。


「ひっく……ひぐっ……ううっ……」


 少女はしゃくりあげながら目をごしごしと擦っていた。

 泣いているのだ。

 何があったのかは分からない。だが、があったのは間違いないだろう。


 暗闇の中にある衣服はよく見れば泥で汚れていたし、靴も片方存在しない。


『イジメかしらね』

『だとしたら相当悪質だな』

『靴取られて水たまりにでも突き飛ばされたっすかね? いや、この感じだと靴を水たまりの中に投げ込まれて、取りに行ったところを後ろから蹴られたとかっすね』

『なんでそんな具体的なんだよ……』


 姿かたちの存在しない三人は当然ながら少女には見えていない。

 泣きながらとぼとぼと歩いているだけだ。

 靴がない方の足はアスファルトのささくれが痛いのか、ひょこひょことした歩き方になっていた。


 ただ、それだけの光景だった。




※朱里御前とアカリミス

板額御前はんがくごぜんとアルテミスが元ネタ。

板額御前

女性で強い人と言えば巴御前が有名だけれど、弓ならば板額御前という偏見。平安時代~鎌倉時代の武将。板ではなく坂と表記されているものもある。


アルテミス

ギリシア神話に出てくる月の女神。狩猟、貞潔、月などを司っており、矢筒を持ってたり弓矢を構えてたりすることが多い。

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