第32話 ソーセージ

「こここ、こちら、粗茶ですが……!」

「緊張しないで? 遊びに来ただけだから」

「いやでもナマ朱里ちゃんがナマ遊びに来てくれて目の前でナマ茶をナマ飲んでくれるなんてそうそうないし……!」

「ナマ遊びってなんだよ……あとナマ茶じゃなくて自分で淹れたお茶だろ」

「人生の運を全部使いきったかも……お兄が!」

「何で俺のなんだよ」

「お兄は黙ってて! 黙ってないで今すぐ朱里ちゃんを楽しませる芸とかやってよ!」

「変な薬でもキメた? 自分の発言理解できてる?」


 支離滅裂な発言をしているのはカナタの妹、雫だ。

 もともと朱里の大ファンだったのだが、前回初めてあった時はではなかった。

 雫が暴走したきっかけは朱里との会話だ。


『嫌じゃなかったら、お姉ちゃんって呼んでくれてもいいんだよ? 前から妹が欲しいと思ってたの』

『えっと、それって、あの……えっと、もしかしてお兄と……?』

『まだちゃんと言葉にしてもらってないから分からないけど』

『……なんて?』

『はっきりしてるのは、私がカナタくんのこと大好きってことよ。雫ちゃんにお姉ちゃんって呼んでもらいたいくらいね』


 そう言ってウインクを一つ。

 長年の女優業の為せる業か、映画のワンシーンのようなそれで雫は完全にのぼせ上り、理性を失ったのだ。


「えっと朱里ちゃん……? お姉ちゃん? 朱里お姉さん……?」

「雫ちゃんの呼びやすい呼び方で良いよ」


 くすくす笑ったところで雫の情緒が限界を迎えた。


「お兄! 今すぐ婚姻届持ってきて!」

「一応聞くが、何で?」

「朱里ちゃんの気が変わる前に婚姻の事実を! 子供まで作れば完璧だから!」

「……何が?」

「お兄! このまま朱里ちゃんが気の迷いだって気づいてフラれて虚無な人生を送りながら薄っぺらい布団の上でさみしく生涯を終えても良いの!?」

「何でそんなにダメな人生を送る前提なの!?」

「お兄だからだよ!」

「大丈夫よ、雫ちゃん」

「私は朱里ちゃんの……朱里お姉ちゃんの味方ですから!」

「ありがと」


 朱里に軽く頭を撫でられ、蕩けそうな表情になった雫。

 このままでは埒が明かないと本題に移ろうとしたカナタだが、朱里に視線で止められる。


 朱里は学校生活はどう、と雑談を始めながら雫を誘導していく。

 授業は、成績は、先生は、と話が推移していき、五分もしないうちにクラスに不登校の子がいる、という話題までたどり着いてしまった。


「不登校の子は、藤本カレンちゃん……私も一回家に行ったことあるんだけど」

「仲良かったの?」

「ううん。転入生だけど学校来てないし。担任の先生に頼まれてプリント届けに行っただけだよ」


 雫の話では、クラスの女子で家の方向が同じならば一度は頼まれたことがありそうだ、とのことだった。


「転入生かー。いつ頃転入してきたの?」

「去年の11月だったかなぁ……北海道から、だったかな? 本当に学校来てないからよく分からないんだよね。転入って言われて、机が一個増えただけだし」


 薄情なようだが、顔も見たことのない相手に親身になれと言う方が酷だろう。

 それ以上の情報は出てこないと判断したのか、朱里は良い感じに話を終わらせる。


「中学生にもなると色々あって大変だもんねぇ……雫ちゃんはちゃんと頑張っててえらい!」

「えへへへ、ありがとうございます!」


 頭を何度も撫でられた雫は有頂天だ。

 もう頭洗えないよう、と夢見心地に呟き、それからハッと気づいたように目を見開いた。


「朱里お姉ちゃんがお兄と結婚したら撫でられ放題!?」

「結婚してなくても雫ちゃんなら撫でてあげるよ?」

「いえ! 義姉になったお姉ちゃんに撫でられたいです!」


 急いで立ち上がり、部屋から出る。


「お邪魔虫は退散します! 2時間……いや、3時間は友達の家で粘るから!」


 何を期待しているのか、カナタに向けてガッツポーズを一つ。


「引き出しの裏に溜め込んだ知識は鵜呑みにしちゃだめだからね! ちゃんと優しくしてあげて!」

「ちょっと待て何で知ってるんだ!?」

「ふーん……引き出しの裏ねぇ」

「探してくるっす!」


 ろくでもない奴らにお宝の隠し場所を知られたカナタは苦虫を噛み潰したような表情になるも、止める方法が思いつかずがっくりと肩を落とした。




「それで、何か言い訳は?」

「えっと……俺、何で正座させられてるの?」


 カナタの部屋。学習机の引き出しの奥にある隙間に、それは隠されていた。


「金髪っすかぁ。色素薄い系が好きなんすか?」

「いや、普通に友達から貰ったんだよ。処分できなくてそこに封印してただけ」

「じゃあ興味なし? ずたずたに引き裂いてから庭で燃やしてもいい?」

「いや、普通に捨ててくれない……?」


 カナタの眼前で広げられているのは、いわゆる本だった。

 ちなみに被写体はドイツ人らしく、煽情的なポーズの横に『大好物はジューシーなヴルストソーセージ♡』と意味深な煽り文句が書かれていた。


「こういう下着が好きなの?」

「……ノーコメントで」

「じゃあポーズ?」

「……勘弁してくれ」


 楽しげに問い詰める朱里の横でミカエルが雑誌をぺらぺら捲っていく。あられもない姿の写真の間、ところどころにある胡散臭い広告をみてケラケラ笑っていた。


「ロザリオ一つで宝くじが当たって彼女出来たら苦労しねーっす」

「天使が十字架を笑うのはどうかと思うぞ」

「笑ってるのは十字架じゃなくて十字架に騙される哀れな人間っす」

「余計タチ悪いだろ!?」

「それで、結局カナタくんはこういうのが好みなの? 黒髪じゃない方がいい?」

「いやマジでそういうのじゃないから! 無理に染めようとするな!よせっかく綺麗な髪してんだから!」

「えっ!?」

「……それより不登校の子の話しようぜ」

「いや」

「エッ!?」

「もう一回綺麗って言ってくれるまでその子の話はしないから」


 3分かけて説得している間にスマホの録音機能まで準備された。




ヴルスト

腸詰ソーセージのドイツ語呼び。ドイツと言えばビールとヴルスト!ってくらい腸詰大好きなイメージがあるドイツ。痩せた土地が多かったことから雑草しか生えない土地で豚を育て、冬には雑草とかどんぐりもなくなるので加工肉にしてたんだとか。保存のためにハムやソーセージ、ベーコンや干し肉など肉の加工技術や燻製が発達した。作者は保存とか度外視でよく燻製してます。うまし!

ちなみにドイツには

Jetzt geht es um die Wurst(ソーセージが掛かっている)

という慣用句がある。「今が正念場だぜ!」みたいな意味らしいけどソーセージ好きすぎだろ。

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