第31話 チェーンソー

 ばるるる、と空気を切り裂くような振動が迷宮ダンジョンに響く。

 手に持ったチェーンソーの音だ。

 エンジンなどついていないはずなのにエンジン音、というのもおかしな話だが、それをいうなら心の中で暴れている時点で今更なので気にしない、とカナタは気持ちを切り替える。


 スロットルレバーを引きながら狙うのはイノシシ型のモンスター、レッドボアだ。


 トラックのような巨体が突っ込んでくる。

 進路をしっかり確認したカナタは、ギリギリまでひきつけてから横に跳ぶ。叩きつけるようにチェーンソーをぶつければ、耳障りな悲鳴ととともに血肉がしぶいた。


 イノシシは悶えながらも止まることが出来ず、コントロールを失って転ぶ。

 カナタはその隙を突いてさらにチェーンソーを叩きつける。

 削り取るチェーンの反動が強く、斬るというよりも叩くというのが適切だった。


 血飛沫があがり、カナタはほぼ全身に血を浴びる。朱里は離れたところにいたので無事だが、血の匂いがキツいのか顔を顰めていた。


「なんで血がでるんだよ」

「倒せば光の粒になるんじゃない?」

「いや、今までは血も出なかったんだが……」

「ゲーム的なエフェクト……?」

「かもしれないわね」


 どう考えても要らないエフェクトにげんなりしていると、安全圏でふよふよ浮いていたミカエルが笑う。


「二人とも悠長な会話してないでトドメ刺すっす。カナタさんは決め台詞も忘れちゃだめっすよ?」

「決め台詞?」

「ジェイソンにそんな印象的なセリフってあったかしら」

「『ホワイジャパニーズピーポー!』ってやつっすよ」

「ジェイソン違いすぎるだろ!」

「厚切りのあの人ね」


 相手にするのも馬鹿らしくなったのでもがくイノシシの首をチェーンソーで叩いた。血霧が周囲を汚すが、四度目で痙攣し出し七度目で息絶える。

 辺りを汚していた血が光の粒子へと変わり、経験値として吸収されていく。


「綺麗になったわね。匂いも消えた」

「……おお、なんか変な感じ」


 何はともあれ、チェーンソーが使える武器だと分かったのは大きな収穫だった。


「勢い任せで叩けばダメージは大きそうだし、しばらくこれで行くか」

「モタモタしてないでさっさと攻略するっすよ!」

「どっかの誰かがスキルを使用不能にしなければサクッと攻略してたんだよ!」


 カナタの文句は無視され、ピコピコハンマーで叩かれた。


——

————

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「心の闇を考えると、不登校の子にもアプローチした方が良いと思う」

「ふーん……そう」

「待って怖いんだけどアプローチってそういう意味じゃないんですけど」


 昼休み。カナタは朱里とともに食事をとっていた。

 周囲は相変わらずカナタと朱里の組み合わせにひそひそしているが、二人の方が慣れてきてしまって気にならなくなっていた。


「とりあえず雫に聞いてみるか」

「放課後なら私も行く」

「えっ」

「行く。雫ちゃんとも仲良くなりたいし」

「アッ、ハイ」

「ロスミスの小説も貸してほしいんだけど」

「ハイ」

「借りちゃって良いっすか? せっかくだから毎日カナタさんの家に通って読んだりとか——」

「それも良いんだけど……ちょっと刺激強すぎる気がするから……ちょっとずつ慣らしていこうと思うの」

「もっと過激なこといっぱい言ってるっぽいんですけどねぇ」

「自分で言うのは良いの」


 朱里の過激な発言はカナタの反応を伺うためのものだ。多少否定されても自分から離れない、嫌わないという結果を見て安心するためにわざとしているのだ。


 実際のところ、かなり暴走している感は否めないがカナタが望まない限りはは行動に移すつもりはない。


 ……勢いで暴走しなければ。


 だからカナタからアプローチされるとどう反応して良いか分からなくなってしまうのだ。


 自身の迷宮こころを攻略し、”闇”を祓ったことは聞いている。

 だが、それでも。


「好きなんだからしょうがないじゃん」

「ん? 何か言ったか?」

「何でもないわ……不登校の子、私がアプローチしようかしら」


 カナタのことを好きになられるよりはマシだと判断する朱里。

 真正面からカナタを取り合っても負けるつもりはさらさらないが、万が一、億が一、兆が一にでも魔が差してしまえばが起きないとも限らない。


 少なくとも朱里からみたカナタは、相手がそう考えても不思議ではないだけの魅力を持った存在だ。


「ね、ミカエル。カナタくんの代わりに私がアプローチしたら不登校の子って私のことが気になったりするの?」

「そうっすね……迷宮攻略で心の距離が近づいて、効果的に”闇”を祓えばゆりゆりしい展開になる可能性も十分あると思うっす!」

「なんでお前はいっつもエロ展開の有無を考えてるんだよ」

「それが人間の本質だからっすよ!」

「……微妙に言い返しづらいな」

「でもまぁ、私が頑張ればカナタくんに余計な虫がつくことはないわけね」

「おいおい。相手は中学生だろ? 妹と同級生とかから」

「知ってるカナタくん。中学生って4、5年すれば成人になるのよ?」

「ちなみに初潮がヴェバラっ!?」


 生々しいことを口走った自称天使を黙らせたカナタだが、代償に朱里は自由に喋らせることになってしまった。


在原業平ありわらのなりひらは12,3歳の斎宮さいぐうに恋したし、光源氏ひかるげんじだって10歳前後の紫の上を引き取って理想の奥さんに育てたんだよ?」

「……両方とも創作――」

「日本人は昔っからロリが好きっすよね。シスターを姉じゃなくて妹って翻訳する人が多いらしいっすよ」

「それともカナタくんは、私じゃなくて自分で攻略したい理由がある、とか?」

「……いいえ、好きにしてください」


 はぁ、と大きな溜息をついたカナタは弁当の中身を適当に摘まみ、口に放り込むと、不満や反論と一緒によくかみ砕いて、ごくりと呑み込んだ。




※在原業平『伊勢物語』

斎宮(天皇の娘)といちゃこらしている。ただし創作と事実が混ざっているためどちらなのかは不明。事実だったら一族郎党打ち首になってもおかしくないような……


※光源氏『源氏物語』

幼いころの紫の上を見て「母に似ておる……!」みたいな理由で攫って育てて嫁にした人。創作です。ロリコンなのかマザコンなのかは不明。

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