第29話 破滅の信徒

 調べてくる。

 そう告げたミカエルが両目をカッと開き白目を剥く。


 思わずカナタと朱里がドン引きしていると両目から光を放ち、やがて元のミカエル戻った。


「見てきたっす……カナタさん、さすがに中学生はどうかと思うっすよ?」

「何がだ!?」

「そりゃナイスバディで最高に美人な朱里ちゃんとは違う方向性になるっすけど、中学生は犯罪っすからね?」

「高校でも犯罪だよ」

「カナタくん……信じてるからね?」

「信じてるなら変なプレッシャーかけるのやめてくれよ……」


 はぁ、と溜息をつきながら聞いたミカエルの説明によると、この迷宮の主は市内の中学に通う女子生徒。

 聞き覚えのある学校名にカナタの眉間にしわがよった。


「……母校だ。っていうか雫が今も通ってる」

「それなら雫ちゃんから話聞けば多少はわかるかも。学年は?」


 同学年だった。


「同じクラスとか友達とかだと接点もちやすいし、アプローチは楽になるわね」

「朱里が会いたいって言えば大半の奴は会えると思うけどな」

「あーでもイジメで不登校っすね」

「……マジか」


 不登校、という言葉から”心の闇”が深そうな気配を感じて顔を顰める。

 とはいえ攻略しないという選択肢はないので仕方ないが。


「……不登校の理由とか調べとくべきか……?」

「それはそうね」

「朱里が訪ねていけば全部教えてくれそう」

「駄目っすよ。心が弱い子だったらショック死するっす」

「というか芸能人だろうがアーティストだろうが知らない人が訊ねてきたら普通に警戒すると思うよ?」

「そういうもんか」


 カナタの心の中にはドキュメンタリー系のバラエティが浮かんでいた。有名人が何かしら問題を抱えた子の元に赴き、一緒に悩みながら前に進むような番組だ。


「現実はそううまくいかないかぁ」

「朱里ちゃんガチ恋勢レベルだったらわからないっすけどね」


 はぁ、と溜息をついて迷宮を進む。

 出てくるモンスターは大して強くはないが、決め手に欠けるカナタではかなり時間がかかる。

 結果的にカナタが足止めをして削り、朱里がトドメを刺す方向性に落ち着いたのだが。


「……破滅の信徒ってどういうスキル使えるんだろ」

「やっぱり終末魔法じゃないっすか?」

「一応、バランスブレイカーすぎて実装できないレベルのものだし、ホイホイ使えたら色々問題な気もするんだけど……まぁゲームじゃないし助かるけどさ」

「終末魔法ってどういうものなの?」


 女優業のせいでゲームにほとんど触れたことのない朱里の問い。


「ロスミスの設定だと、文明が一回滅びてるんだよ」

「ふーん」

「いわゆるポスト・アポカリプスってやつっすね」

「その後、魔法を中心とした文明が栄えて中世から近世くらいまで文明が発達するんだけど……最初の文明が滅びた原因ってのが終末魔法なんだよ」


 ここら辺はゲームをプレイしていると、そこかしこに散らばっている情報から察せるものだ。

 図書館の蔵書やダンジョン内の碑文、村の言い伝えなどさまざまなところに散らばるフレーバーテキストを集め、世界観考察をするプレイヤーもたくさんいた。


「どうやって滅んだの?」

「わからん。研究してて暴走させたのか、世界が滅ぶくらい強力な魔法がないといけないが現れたのか。そこら辺はまだ明らかになってないんだよ」


 ロスミスは人気ゲームだけあって小説や漫画など、いろんな分野に派生作品が存在している。

 中には明らかに食い違ってしまっている設定もあるので難しいが、


「おそらくは次回作か、別メディアの作品で少しずつ明かされるんじゃないかって言われてるな」

「小説もあるのね……ゲームよりとっつきやすそうだし、読んでみようかな」

「カナタさんが全部持ってるっすよ! 借りるためにカナタさんのおうちに突撃っす!」

「えっ……ええっと、良いの……? 迷惑じゃないかな……?」


 明らかに期待を含ませた視線を向けられて、カナタは思案する。


 断れば能面のような表情とハイライトが消えた瞳で詰められるだろう。

 かといって了承すれば両親に挨拶を、とか言い出したり、雫を懐柔しようとしたりする気がした。


「カナタくんの部屋……ベッドはある?」

「あるっすよ!」

「妹さんがいない時間帯が良いわよね……学校サボっちゃおうかしら」

「先にご両親に挨拶って手もあるっすよ!」

「悩ましいわね……ご両親が雫ちゃんと一緒に夜にお出かけする日とかないかな」

「ないな」


 朱里の妄想がカナタの予想の斜め上をいっている理解して頭を抱えるが、実質一択だ。

 せいぜい、既成事実をつくられないよう予防線を張るくらいのことしかできない。


「と、とりあえず急がなくて良いんじゃないか?」

「……なんで?」

「ほ、ほら、ミカエルもそう思うよな!?」

「エッ!? 自分っすか!?」


 目に見えて瞳が濁った朱里に怯えながらもミカエルにキラーパスを出せば、あたふたしながらも理屈になっていないような言葉を並べ立てる。


「け、結婚しちゃったら恋人じゃなくなっちゃうようなもんっすよ! まずは付き合い始めの甘酸っぱい期間をしっかり堪能してから朱里ちゃんの身も心もとろとろにして堪能したいってのがカナタさんの希望っす!」

「堪能……身も心も……」

「そうっす! きっとカナタさんはむさぼるように堪能してくれるっすよ!」

「えへへ……そういうことなら、焦らず急がずゆっくりにしましょうか」


 一瞬で機嫌を直して頬を染めた朱里に危機から脱したことを察するが、カナタの表情は優れない。

 自身は何も言っていないのにミカエルのせいで言質を取られている気分だった。


「さぁ、気を取り直して探索だ」

「ちなみに破滅の信徒ってどんなスキル使えるんすか?」

「スキル?」

「ロスミスのジョブはレベルに応じてスキルを覚えるっす。ね、カナタさん?」

「……使えない」

「エッ」

「強力すぎるから5レベルとか10レベルごとに覚える……ならまだいいが」


 カナタが危惧しているのはもう一つの可能性だ。


「ロスミスだと存在しない職業だから設定されてない可能性もある」

「あっ」


 カナタの反対を押し切って破滅の信徒に設定したミカエルが視線を逸らすが、それで職業変更が可能になるわけではない。


「えっと、それってまずいの?」

「まずいな……スキル無しだと、ほぼ素の人間のままだ」

「い、今までカンストした職業の補正があるっす! 筋力とか体力とかの身体能力が、ぶっちゃけ常人からしたらヒくくらいあるっすよ!」

「具体的には?」

「朱里ちゃんをベッドで朝まで可愛がッファ——!?」


 気合で黙らせて思案する。


「マーカスみたいなのが出てきたら詰むなコレ」

「れ、レベルあげましょ! きっとキリの良いところで強力な魔法とか使えるようになるから!」


 初心者のはずの朱里にまで励まされ、カナタは大きな溜息をついた。





☆今年の更新はここまでになります!

☆ご笑覧ありがとうございました。来年もよろしくお願いいたします。

☆それでは皆様、良いお年をお迎えください!

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