カレン編

第28話 二つ目の迷宮

「んんんんん……」


 迷宮ダンジョン内部にて、カナタは悩ましい声を上げていた。

 理由は二つ。


 一つは目の前でキラキラに輝く少女の存在だ。


「プロテクターかぁ……かわいくない気もするけど、でもケガするよりは良いよね?」

「……ああ、そうだな」

「ふふふっ、カナタくんとハンティングデートだね♡」


 活動休止を発表したばかりの超ド級のマルチタレント朱里だ。


「朱里ちゃんはカナタくんに守ってもらうっすよ! 代わりに援護するっす! これが内助の功っすね!」

「ミカエルさん、良いこと言うわねー」


 ミカエルが見えるようになり、カナタの目的を知った朱里だが、自分の心に踏み入ったことを怒ったりはしなかった。

 むしろ助けてもらえたことやカナタに出会えたことを喜んですらいたが、問題が一つ。


「他の女の心に入るなら、私も行く」


 嫉妬だ。


「カナタくんかっこいいから迷宮に踏み込んだ時点で泥棒猫――激重でヤンデレ気味のストーカー女が生まれると思うの」

「鏡、鏡」

「カナタくんが私一筋ってのは分かってるけど、ほら、カナタくんって優しいからさ? 付き合ってくれないと自殺するとか言われたら、何とかしようと思っちゃうんじゃないかなって。そんなズルいこという子がカナタくんに眼をつけないよう、私がきちんとガードしようと思って」

「ち、ちなみに朱里ちゃんは振られたらどうするっすか?」

「カナタくんを殺して私も死ぬわ」


 10秒前のセリフが幻聴だったんじゃないかと思えるほど清々しいダブルスタンダードだ。

 思わずカナタの顔が苦虫を噛み潰したものになるが、問題はほかにもある。


 マーカスとの戦いで莫大な経験値を得たカナタは新しい職業へと転職を考えたのだが、ロスミスの職業設定を隅から隅まで熟読しても存在しない職業が目についてしまった。


「破滅の信徒、なぁ……」


 おそらくは終末魔法でマーカスを屠ったことが原因で生えてきた職業だ。


「終末魔法が使えるようになりそうな気もするけど」

「良いじゃないっすか! 最強っすよ、最強!」

「カナタくんならどんな職業でもかっこいいと思う♡」

「でもなぁ……」


 マーカスは回りくどい方法で朱里を懐柔しようとしていた。その時にマーカスは朱里を『破滅の巫女アンテ・マリア』と呼んでいたのだ。

 巫女と信徒はまったく違うものの、枕詞のようにくっついた『破滅の』という言葉が引っかかっていた。


 これがロスミス由来の、終末魔法を覚えるだけのスキルならば問題ない。

 だが、マーカス由来の、悪魔に関連したものだとすればかなり問題だ。


 なにしろ、


「悪魔とか……『最悪の未来』に近づく気がするよなぁ」


 ——燃え盛る街。

 ——倒れたまま動かない人々。

 ——そして、首だけになった妹の雫。

 ——それを愛おしげに抱きながら、まだ息のある人々を足蹴にしてトドメを刺していくカナタ。


 ミカエルが見せた、最悪の可能性の一つが頭の中にチラついていた。

 直接的な関連はともかくとして、脳裏の映像は如何にも破滅といった感じだ。


「でも実際、アレが使えたら相当強い気がするっす。上位悪魔を相手にあそこまで一方的な攻撃ができるなら、切り札には十分っすよ」

「ぼろぼろになってまで私のこと助けてくれたカナタくん……♡」


 うっとりする朱里とシャドーボクシングを始めたミカエルをよそに考え込む。


「もー、考えてもわからないっすよ。出たとこ勝負でいくっす」

「あっ、コラ!」


 職業をいじるためのタブレットを取り上げたミカエルがパパっと操作する。

 同時に、安っぽい、だが不吉さを感じさせる効果音が響いた。


 でろでろでろでろでろでろでろでろでぃーでん。


「まて、これゲームのセーブデータが消えた音だろ」

「「?」」


 ミカエルと朱里に同時に首を傾げられるが、カナタにとっては思い入れのあるゲームだ。ロスミスほどではないが、国産RPGとしてはかなりのビッグタイトルで、最新作まで一通りプレイしていた。

 6の職業システムに熱中し、キャラクター全員が勇者になるまでやり込んだ記憶がある。

 ロスミスとはまったく関係のないゲームだが、この効果音はセーブデータが消えた時や、


「……呪いの装備を付けた時とかに鳴ってたような」


 試しにタブレットを操作するが、『破滅の信徒』から別の職業に変更できなくなっていた。


「マジか……って、まさかっ!?」


 今まで覚えたスキルのほぼ全てがグレーアウトしていた。

 それはつまり、使用不可能であることを示していた。


「どうすんだコレ!?」

「私が守ってあげるね」

「と、とりあえずカンストさせるっす! きっとそれでどうにかなるっす!」


 今まで使えていたスキルが使えなくなる。

 それはつまり、多重発動でモンスターを確殺することができなくなるということだ。


 レベル上げはもちろんのこと、安全性にも大きな問題が生じていた。


「……マジでどうすんだコレ」

「ま、まぁ一応ステータス周りはプラスあるじゃないっすか!」

「大きなプラスが消えてるから誤差だろ」


 はぁ、と溜息をつきながらもカナタたちは迷宮ダンジョン内の探索を始める。


 朱里の中にあった救世者の欠片はまだ取り出していないが、現在は別の人間の心の中に入っていた。


「魂の核心にがっちり食い込んでいるとは思わなかったっす。特殊な儀式なしに取ると魂が壊れて廃人になるっす」

「できれば最後にしてもらいたいんだけど……少しはカナタくんの役に立てると思うし、その……一緒にいる時間も増えるから」


 二人の意見を勘案し、最終的に取り出しは後日、他の欠片が集まってからということで決着がついた。

 ちなみにミカエルによって朱里の分の”護心の指輪”を用意してもらっている。


 現在は射手アーチャーになっているが、ロスミスを知らない朱里は職業関係をカナタに丸投げしていた。


「必殺系の射手か、手数を増やす援護系か」

「必殺っす! 主砲でズドンするのが一番かっこいいっす!」

「カナタくんの助けになるほうで」


 天使の妄言は無視して援護系にした。

 が、ここでも問題が一つ。


「矢が魔力由来なんだよなぁ……」


 矢の数に制限はないものの、撃ちすぎると魔法のように魔力切れを起こすのだ。


「まぁ、しばらくはまたレベル上げっすね!」

「頑張るわ」

「へいへい。ちなみに今の迷宮こころの持ち主って誰なんだ?」

「おっ、気になるっすか? 二人目ゲットっすか?」

「ふぅん」

「ち、違う! やめろ変なこと言うな! ”心の闇”が出てきた時にアプローチできないか考えてるんだよ!」


 朱里の中にあった”心の闇”は理不尽なほどの強さを持っていた。

 同じレベルの闇に出会った時、弱体化してしまったカナタや初心者の朱里ではどうにもならないだろう。


「あー……そっすね。調べてみるっす。でも朱里ちゃんみたいな超絶美人を期待しちゃ駄目っすよ?」

「だからしてねぇっての」

「カナタくん……信じてるからね?」


 ハイライトが消えた目で見つめられ、カナタは必死にうなずいた。

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