第23話 救世者の素質

 助けて、と叫び続ける魂があった。

 どれほど近くに人がいても、どれほど多くの人に支持されていても孤独の中にあった魂だ。


 だが、その魂に対して真正面から接する者がいた。


 もともと、ちょっとだけ気になっていた相手だ。なんとなくイライラしたり、でも近くにいるとソワソワしてしまうような相手だった。

 大きなスキャンダルになる可能性を知っていながらも、わざわざ家まで赴いてしまうような相手だった。


 そんな人から、ずっと見ててくれると、もっと教えてくれと言われた。


 幼子のままうずくまり、泣いていた魂は、無意識と意識の両方から決意した。


 この人に見てもらうんだから。


 ――この人に好きになってもらいたいから、もっと魅力的でなければ、と。


 眩い輝きとともにカメラ・マンの胸部から飛び出した朱里は、小学生笑みを浮かべていた。どこか蠱惑的で、ともすれば色気を感じてしまうような笑みだ。


「カナタくんが私を見てくれるって。私のことを聞いてくれるって」


 胸部を破壊されてもがき苦しむカメラ・マンに向けて歯を剥いた。


「あなたなんかとは違う……だからもう要らな――」

「違うだろ馬鹿」

「いったぁ! 何で叩くのよ!?」

「俺に話して気持ちを整理したら、次は母親にも話せよ」

「でも! ママは私のことなんてどうでも良いのよ!」

「どうでも良かったら会いに来た俺にブチ切れたりしないだろ」

「あれは私じゃなくて芸能人としてのキャリアを——」

「だったらもっとガッチリやるだろ。金とか弁護士とかで俺の口塞がないといけないんだから」


 だから母親は朱里のことを心配してる、という結論に朱里はどこか納得のいかなさそうな表情だ。唇を尖らせてそっぽを向く姿は幼い頃のいもうとを思い起こさせた。

 思わず苦笑したカナタは頭を撫でた。


「バチクソにキレられると思うけど、朱里がお願いするなら俺が隣にいてや——」

「お願い! 隣にいて!」

「まだ言い終わってないだろ」

「隣で手を握っててほしいの!」

「……まぁ、俺から言い出したことだし、良いぞ」


 二人で笑いあうと、カメラ・マンに――そして憎々しげに表情を歪めたマーカス老人へと向き直った。


「それじゃ、さっさとこいつらをぶっ飛ばさないとな」

「うん!」


 嬉しそうな朱里が手をかざす。

 眼を焼くような、しかしどこか暖かい光が彼女の手に収まり、弓矢を形作った。


「救世者のチカラっすね!? 欠片はどこに!?」

「多分、私の中にあるの」

「なるほど……そりゃ見つからねぇわけだ」

「こいつらを殺したら、自分の胸いてカナタくんにプレゼントするね?」

「ちょっと待て何かとんでもなくバイオレンスじゃね?」


 カナタのツッコミに笑みを返した朱里が、ハープを奏でるかのように弓をつま弾いた。

 実体のない光の矢が現れ、次々に放たれる。

 狙いなど碌につけていないはずのそれは意思を持っているかのような複雑な軌道をたどり、カメラ・マンへと殺到する。

 胸部が破壊されたカメラ・マンはなすすべなくハリネズミになっていく。


「朱里ィ! ドウシテアナタハァ……!」

「私の話を聞くのが先。言いたいこといっぱいあるんだから!」

「プロ失格ジャナイィィィィ!」

「遺伝よ遺伝! 文句あるなら自分の鏡に言いなさい!」 


 ——ドヅンッ!!


 めちゃくちゃなことを言いながら朱里が放った一撃が、カメラ・マンのレンズへと突き刺さった。闇が噴き出し、カメラ・マンの身体が崩れていく。


「……ごめんね。後できちんと話すから」


 憂いを含んだ笑みは、見る者を魅了するような美しいものだった。

 カメラ・マンが消えていくと同時、カナタの身体がぐらりと揺れた。


「カナタくん?」

「あー……おそらく限界っすね。いつ死に戻りしてもおかしくない状態っすから」


 抱き留めた朱里が静かに横たえるが、カナタは動く気配がなかった。


「クソが……クソがクソがクソがァ! せっかくの破滅の巫女アンテ・マリアが! なんだその聖なる光は! もっと絶望しろ! もっと世界を憎め!」


 マーカス老人が殴りかかってきた。

 カナタがスキルでそれを防ぐ。すでに趨勢を理解しているらしく、マーカスの拳にはまともな威力はなかった。


「世界も世間も大嫌いよ。……でも、カナタくんがいるから」


 バチリ、と光の弓につがえられた光の矢が紫電を放つ。


「他はどうでも良いわ。カナタくんは私を見ててくれるって約束したから」


 矢がマーカスの身体を貫いた。

 胴体が上下にちぎれそうなほどの大きな穴が開き、倒れる。


「ああクソ……ゴミどもが……私はマーカス・ブラックだぞ? この程度でどうにかなると思ってるのか?」


 みちり、と傷口から触手が伸びた。

 同時に異形マーカスの身体も爆ぜ、闇色の触手の塊へと転じる。

 マーカス老人の傷口から伸びる触手と合流すると、出鱈目に触手を伸ばしながら枯れ木のような体を持ち上げた。


「……破滅の巫女候補を私自ら壊すのは忍びないが……救世者の欠片を手に入れるためならば致し方ない。魂を砕いて操り人形にしてやる」


 触手が鞭のように周囲を弾き飛ばした。乱立したシートが砕け、飛沫となって飛び散る。


「すべてを台無しにした小僧には、死よりもむごたらしい罰が必要だな」

「……カナタくんのこと?」

「ああそうだ。操り人形にしたお前に殺させよう。四肢をもぎ、内臓を引きずり出して——」


 マーカスの身体に、矢が突き立った。


「殺させる? カナタくんを?」


 表情が抜け落ちた朱里が、弓矢を乱打していた。


「ねぇ……どういうこと。カナタくんに何をしようっていうの。カナタくんに何かするなら私は絶対に許さないからカナタくんは私のなんだから私以外の何かがカナタくんを傷つけたり馬鹿にしたりするのは絶対に許さない本当はカナタくんのことを考えたり思ったりされるのも嫌だけどあんまり重いって思われたくないから我慢してるのにせっかくカナタくんが私に興味持ってくれてるんだから少しでも可愛いって思ってもらえるように頑張ってるのにあなたがそういうこと言うから我慢できなくなっちゃったじゃないもしこれでカナタくんに引かれたり嫌われたらどうするつもりなのカナタくんはそんな人じゃないし私を嫌うようだったらカナタくんのこと殺さないといけなくなっちゃうじゃないねぇもしそんなことになったらあなたはどうやって責任をとるのカナタくんは——」


 ぶつぶつと呟く彼女の瞳には、くらい光が宿っていた。

 血まみれでふらついたままのカナタは気づいていないが、すぐそばを飛ぶミカエルはぎょっとしていた。


「ははは、す、すごいっすね……」

「あなたもカナタくんにずっとくっついてるのよね? 私の、カナタくんに、ずっと」

「ほ、ほら背中を見てくださいっす! 自分は天使! 恋のキューピットっす! カナタさんにどうやったら朱里ちゃんと仲良くなれるかずーーーっとアドバイスしてたのが自分っす! もう二人が結ばれるために全力を尽くしてたっすよ!?」

「……そっか。応援してくれるの?」

「もももも、もちろんっす!」

「良かったぁ……急にいなくなったらカナタくんが悲しむかもしれないもんね」


 暗に消す予定だったことを告げられてミカエルの顔色が目に見えて悪くなるが、少なくともとりあえずは味方認定されたことにほっと胸をなでおろす。

 色々と表現には工夫をしたが、カナタと朱里をくっつけようとしていたのも嘘ではないので問題はない。


「何をごちゃごちゃとォ!」

「黙りなさい! 私とカナタくんの世界にあなたは要らない!」

「そうっすよ、18禁みたいな見た目して! キモいっす!」


 朱里が弓矢を次々に飛ばす。その度に触手が弾け、千切れていくが、矢が開けた穴を埋めるようにジュルジュルと触手が伸びていた。

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