第24話 終末魔法
「ふん。救世者の力を持っていても、貴様程度では脅威にはならん……だが、気が変わったぞ」
ジュルジュルと触手をのたうち回らせる
触手がカナタを無視して朱里に殺到する。
「お前の眼前でその男を殺せばもう一度絶望するか? んん?」
「……カナタくんに指一本でも触れたらあなたを殺すわ」
「出来ないことは言うもんじゃないぞ……ああ、それとも殺す前にあの男の前でお前を
さっと朱里の顔色が変わったのを見て、マーカスが笑みを深める。
「カナタさーん! 起きるっす! はやく! このままだと18禁触手にヤられて愛しの朱里ちゃんがヌチュヌチュのぐちょぐちょで垢BAN展開になるっすよ!」
「……うる、せぇ……」
死に体のカナタに、意識が戻る。
「何言ってるか分かんねぇんだよバカ天使……!」
よろけながら立ち上がったカナタを見て、マーカスがいやらしい笑みを浮かべた。
触手が蠢き、カナタへと殺到する。
「やらせない! カナタくんに触るなッ!」
光の弓矢が触手を次々と撃ち落とし、その側から新しい触手が再び伸びる。
「ママと話をするんだ……! カナタくんと一緒に!」
「ああ、そうだな」
カナタは笑った。それから職業を入れ替え、スキル構成を確認する。
ふらり、傾いだ身体がぶれた。
移動系のスキルを重ね掛けし、ロスミスの設定を大きく超えた速度で動いたのだ。
一歩目の反動で脚の骨が砕けるが、大跳躍で空に身を躍らせたカナタには関係がなかった。
「はははっ! 空中に移動するとは猿知恵! もはや避けられまい!」
「避けねぇよ」
殺到する触手に矢が突き立った。
朱里が全力で撃墜したのだ。彫刻のように整った表情に、爛々と輝く眼だけが冷酷な光を孕んでいた。
「カナタくんに、手出しは、させない……!」
「ほらな」
落ちるに任せたカナタは、渾身の力を振り絞って
「終末、魔法」
滅びが、マーカスの身体を這いまわる。六角形の防御シールドが浮かぶ側から終末魔法の侵蝕を受けて砕けていく。触手も同様にぼろぼろと崩れていくが、マーカスは全力で抗っていた。
「ぐ、があっぁぁぁぁぁ! この程度ぉぉぉぉぉ!!!」
ぼこぼこと体表を泡立たせて新しい触手を産み出し、古い触手が終末魔法に侵蝕される前に自切していく。
終末魔法の影響が及ぶ範囲をすべて捨てて逃れるつもりなのだ。
「ふ、ふははははは! これを乗り切れば私の勝ちだ! もはやお前は動けまい!」
外から飛んでくる矢をものともせず、体を走る終末魔法をどうにか排除していく。
ぼろぼろながらも侵蝕から逃れたマーカスが崩れる触手の中から顔を覗かせた。
「ふん……人にしては良くやった。が、私のほうが一枚上手だったな」
地面に倒れたカナタを吊し上げ、眼前に引き寄せる。
「このまま死ぬかね? 健闘を称えて破滅の巫女をコントロールする装置に改造してやってもいいぞ? 好きなほうを選びたまえ」
「……」
カナタの唇がかすかに震えた。
「聞こえぬ。命乞いならばなるべくウケを取れるようにやってくれたまえ。その方が⎯⎯」
「【真似っこ】」
死に体のカナタが、スキルを放った。
直前に放ったスキルを模倣する遊び人のスキル、真似っこだ。
コミカルな名前とは裏腹に強力な効果を持ったそれが模倣するのは、
「なっ!?」
直前に放たれた終末魔法だった。
触手ではなく本体が蝕まれ、マーカスはカナタを放り出した。侵蝕を止めようともがくが、ロスミスにおいてフレーバーとしてしか存在させられなかった最強最悪の魔法は止まらない。
「き、貴様あああああああ!!!!」
自分の命運を理解したのか、激昂したマーカスが拳を振り上げる。枯れ木のような見た目ではあるが、鈍い輝きを放っていた。おそらくは特殊な力を秘めた一撃。
カナタはすでに動けない。
「道連れにしてガペェッ!?」
そこに、追加の矢が刺さった。
終末魔法をかきむしろうとする腕に。崩れつつある体に。そして、憤怒と絶望に染まった顔に。
「クソッタレぇぇぇぇぇぇぇ!!」
マーカスは抵抗すらできずに滅びた。
地面に落ちたまま動かないカナタに朱里が駆け寄る。
「カナタくん!」
応じようとするカナタはすでにぼろぼろだ。あちこちの骨が砕け、そこかしこから血がしたたっていた。
「大丈夫っす。現実に戻れば⎯⎯」
「戻れば?」
「……凍死するかもしれないっすね」
現実のカナタは病院の屋上付近にいるのだ。
そのことを伝えると、朱里は優しく微笑んだ。そして死に体のカナタに口づけを落とす。
「すぐ迎えに行くね?」
抵抗も反論もできないカナタは、そのまま意識を手放した。
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——————
————————
「あの、ですね」
「ダメ」
「えっと、その」
「ダメ」
消灯時間を過ぎた病室に、カナタと朱里の囁き声が響く。
ベッドの上の膨らみはどう考えても二人分。
つまりそういうことだった。
「さ、さすがに一緒のベッドに寝るのは色々問題があると思うんですけど」
「問題になるようなこと、してくれるの?」
「……ナニモシマセン」
「なら問題ないわよね。体も冷えてるし、あっためないと」
布団の下、カナタの身体を抱き枕のようにして朱里が抱える。色んなところが当たり、カナタの血圧が急上昇するも、身動きは許されなかった。
「あんまり抵抗するようならナースコール押しちゃうよ?」
「……むしろその方が健全な気がしてきた」
「色々されたって申告して責任取らせるから」
「堂々と捏造宣言するなよ……」
「んふふ。私のこと知りたいって言ってくれたし、見ててくれるって言ってくれたもん」
理由になっているのかいないのか、微妙なことを口走った朱里にぎゅっと抱き寄せられる。鼻腔をくすぐるのはシャンプーの香りだろうか。
甘みのある花の匂いにくらくらするカナタだが、この程度では気を失えなかった。
マーカスにやられた重傷も現実世界に戻ったことで全快だったのだが、今はそれが恨めしかった。
もっとも、ミカエル曰く「悪魔の一撃で魂を砕かれたら現実に戻っても治らないっす」とのことなのでギリギリのところではあったが。
「カナタさん、ここ総合病院っすよ!」
「分かってるよ……」
「妊娠してもバッチリっす!」
「何も分かってねぇ……!」
「今ならお腹の子に大天使ミカエルちゃんの祝福も授けちゃうっすよ!?」
「ふふ……ありがと、ミカエルさん」
核心で交流をしたためか、それとも救世者の欠片を取り込んだためか。
朱里はミカエルのことをはっきりと認識していた。
仄暗い輝きを秘めた瞳で見つめられれば、ミカエルとしても全力でカナタとの仲を応援するしかなかった。
救世者の力で滅される天使など笑い話にもならない。
「あ、そうだ。いいこと思いついちゃった」
「……絶対ろくでもないことだ」
「そんなことないよ?」
「内容を教えてくれ。それから判断するから」
「だーめ。そうねぇ……明日、ニュースで確認して♡」
「……絶対ろくでもないことだ」
幸せそうに微笑む朱里は頬をカナタの肩に寄せながら眠りについた。
当然ながら、カナタは一睡もできなかった。
「合意、合意っすよコレ! しかも寝てて気づかないうちにおっぱじめるとか創作物でしかありえないシチュっすよ!?」
「お前マジで黙れよ……!」
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