第19話 三つ巴

「邪魔だぁぁぁぁぁ!」


 カナタは咆哮とともに拳を振り上げた。

 さすがにすり抜ける隙間すらない状態では、戦わないという選択肢は存在しなかった。


 手近なところにいたレッサー・デーモンに拳をぶち込み、吹き飛ばした余波で出来た空間に身体を滑り込ませる。

 踏み込んだ右足を軸にしてさらにスキル発動。左かかとを鎌のように回転させ、殺到するモンスターを吹き飛ばす。


「カナタさん、跳ぶっす!」


 応じる余裕もなく次のスキルを発動。大跳躍してモンスターを飛び越える。

 一瞬の差で、カメラ・マンの拳がカナタのいた場所に叩きつけられた。大雑把で力任せな一撃にも関わらず複数のモンスターが絶命し、経験値になる。


「だぁぁぁぁ! クソゲー!!」


 言いながらオーガの頭を足場にしてさらに跳ぶ。

 二度、三度とモンスターを踏みつけて奥に進むが、さすにモンスターとてただ足場になることを良しとはしない。

 武具や拳、爪牙がカナタの着地に合わせて振るわれる。


軽気功けいきこう!」


 武僧モンクのスキルで自身を羽根一枚と同じ軽さにすると、モンスターの振るう拳の風圧に合わせて舞い上がる。

 不規則な軌道に惑わされて拳を空振りしたモンスターの一体に狙いを定める。


震脚しんきゃくッ!」


 本来は石畳を割るほどの踏み込みで周囲にダメージとノックバックを発生させるスキルだ。空中で発動されたそれは石畳よりもたやすくモンスターの頭を割り砕き、周囲に衝撃をまき散らす。経験値に置換されてモンスターが消える。


 出来た隙間に着地すると同時、再び拳を振るった。


 死と隣り合わせの場所で拳を振るい、身を削るような応酬を行い、わずかに数メートル進んだだけだ。

 それでもカナタは俯かなかった。

 因果関係はわからない。

 だが、カナタの考えでは、朱里の状況悪化の原因は自分なのだ。一刻も早く助けなければならない。

 その思いだけで突き進んでいた。


 残り20メートル。

 背後のカメラ・マンが腕を振るう。モンスターが飛沫のように飛び散る。

 残り19メートル。

 目の前のモンスターを屠る。なおも殺到する他のモンスターの攻撃をいなし、盾にし、わずかな隙間に身を滑らせる。

 残り18メートル。


「――あっ?」


 目の前にいたモンスターに拳をぶち込んだはずが、唐突に途切れた。

 

 津波のようなモンスターの群れが、全て経験値へと還元されていく。溢れる光の粒から現れたのは体格の良い男性だった。

 ダブルのスーツに身を包み赤い髪をオールバックに纏めた姿は如何にも伊達男といった雰囲気だが、ひたいから剃り立つような角が生えていた。

 獰猛な笑みを浮かべた男性は懐から葉巻を取り出すと、指先で火をつける。


「雑魚どもを蹴散らしてみれば、天使どもの尖兵が混じっていたか」


 紫煙を吐き出すと、縦に割れた瞳孔で値踏みするようにカナタを見据え、そしてすぐそばのミカエルへと視線を移した。


「カナタさん! 今すぐぶち殺すっす!」

「はぁ!? 何だよ急に!」

っすよ! 悪霊なんかとは比べ物にならないっす!」

「ふん……この我を悪霊如きと比べること自体が無礼だぞ、天使。我が名はマーカス・ブラック。救世者の魂を食らい天魔全てを統べる者の名だ」

「カナタさん! 良い空気吸ってる間にスキルぶち込んで殺すっす!」


 どちらが悪魔か分からなくなるような発言をするが、カナタが動く前に強烈な一撃が放たれた。

 の剛腕だ。

 カナタよりも光柱の近くにいたためか、それともカナタよりもマーカスを脅威と認識したためか。


 精神世界である迷宮ダンジョンにおいて、ただの物理攻撃を超越した一撃が振り下ろされた。


「くっ……強いな……!」


 マーカスはそれを両腕で受けた。衝撃にマーカスの足場が砕ける。

 表情こそ歪んではいるものの、マーカス本人にダメージがあるようには見えない。

 悪霊やカナタが即死していたことを考えると、異常な耐久性だった。


「この魂の持ち主は救世者と親和性を持ちながらも極上の闇を抱えているな。堕落させてみるか……?」

「カナタさん! 絶対コイツに好き勝手させちゃ駄目っす!」

「分かってる!」


 詳しい意味は分からずとも、マーカスが朱里に何かをするつもりであることは伝わった。

 それが朱里にとってプラスにならないことは、カナタにも予想がついた。


 スキルを多重発動させ、マーカスに拳を振るう。ロスミスの設定を超えた一撃がカメラ・マンの拳を止めているマーカスへと突き刺さる。


 ギィィィィィンッ!!


 耳障りな金属音が響く。

 カナタの振るった拳とマーカスとの間に、小さな六角形を継ぎ合わせた形のシールドが発生していた。

 ビシリ、とシールドにひびが入るものの拳の勢いは完全に殺されているし、何よりもスキルの持つ効果はすでにシールドに対して発動してしまっていた。


「ふむ? 君もただの人間というわけではなさそうだね。……堕落させても良いが、この”闇”の主ほどの将来性は感じないな」

「ち、ちくちく言葉っすよカナタさん! いくら真実でも言っていいことと言っちゃダメなことがあるっす!」

「フォローのふりして背中刺してくるんじゃねぇよ!」

「大丈夫っす! 将来性なんてなくても良い女性に養ってもらえば——」

「堕天使かテメェはぁぁぁぁ!」


 拳を引き、別のスキルをセットして回し蹴りを放つが、結果は先ほどと大差なかった。

 マーカスは明らかに強かった。


 唯一の救いはカメラ・マンの意識がマーカスに向いていることだろう。マーカスも防御のためにリソースを割いているらしく、カナタに反撃する余裕はないらしい。

 あるいは、反撃する必要すらないと思っているのか。


 よくよく見れば振るわれる拳の全てがカナタと同じくシールドで減衰されいた。シールドが一瞬で砕け散ってなお、カメラ・マンの拳はとてつもない威力を秘めていた。


「カナタさん、シールドをぶち抜けばダメージは入るっすよ!」

「どうやって!?」

「ぜ、前世の記憶に覚醒したりしないっすか!?」


 カナタは無視して走り出した。

 向かう先は光の柱――朱里の心、その核心だ。


「今のうちに救世者の欠片を取る! 残りは後で考える!」

「良い考えっす! 自分もそれを提案しようと思ってたっす!」

「嘘つけぇ!」

「ふむ……救世者の魂を天使共に奪われるのは面白くないな」


 背後で轟音が響く。

 走りながらカナタが背後を確認すれば、カメラ・マンの腕が大きくカチあげられたところだった。


 一瞬の間隙を突いてマーカスが走り出す。


「い、急ぐっす!」

「分かってる!」


 身体強化を始めとしたスキル群を発動させる。地面を削るほどの勢いで踏み込み、一気に加速した。


「ぬ? 早いな……!」

「届けぇぇぇぇ!」


 マーカスが何らかの攻撃をしようと拳を構える。

 黒い光が集まった拳が振り抜かれる直前、カナタの指先が光の柱に触れた。

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