第18話 核心を目指して

 朱里の母親の声が聞こえる。


「朱里っ! 朱里っ!?」


 同時にバタバタと看護師が病室へと集まった。

 離れていたカナタにもトラブルが起きたことを感じさせる雰囲気が漂う。


「ミカエル……見てきてくれないか?」

「あいあいっ!」


 すいっと飛び出したミカエルが目にしたのは、看護師に背中をさすられる朱里と母親だ。

 はぁっ、はぁっ、と苦しそうにうずくまる朱里。過呼吸だった。


「ゆっくり吐いてください」

「お腹の中から空気を全部だすイメージです」

「大丈夫ですよー」


 看護師が背中をさすり、朱里の様子を伺いながら声をかけていた。

 顔色を悪くしている母親にも別の看護師がついている。


「お母さんも落ち着いてください、大丈夫ですよ」」

「あんなに苦しそうにしてるのに大丈夫な訳――」

「お母さんがどっしり構えてあげて、朱里ちゃんを安心させてあげてください」


 その言葉に母親の勢いが下がり、不安そうにしながらも口を引き結んで、朱里の横、看護師とは反対側に腰かける。


「大丈夫よ。ママがいるからね……絶対に守ってあげるから……!」


 ミカエルはそれをしばらく眺めていたが、カナタの念話をきっかけに談話室まで戻る。


「過呼吸だったっす。ストレスっすかね」

『俺のせい、だよな……?』

「まぁ、無関係ではなさそうっすね。ママさんやら仕事やら色々あるとは思うっすけど」


 深刻な表情のカナタに、ミカエルが希望的観測を付け加えた。


救世者メシアの欠片を求めて悪霊や怪異も心に入り込んでるっすから、そっちが悪さしてる可能性もあるっすよ? 別にカナタさんのせいと決まったわけじゃないっす」

『……満喫とか、どっか適当なとこ見つけてすぐ潜る』

「本気っすか?」

悪霊や怪異モンスターだったら、俺がぶっ倒せば済むだろ?』

「そりゃそうっすけど。そんなに急ぐっすか?」

「苦しそうにしてるんだぞ? ほっとけるわけないだろ!」


 思わず声を張り上げたカナタに、ミカエルがにんまり笑う。


「だったら満喫とか言わずにさっさと入るっすよ。どうせ悪霊や怪異を討伐したら朱里ちゃんの様子見たくなるっすよね?」

「……それはそうだけど、でも場所が」

「屋上とかどうっすか?」

「……イケるのか?」

「おそらく。とりあえず行くだけ行ってみて、駄目ならまた考えるっすよ」


 ミカエルにいざなわれて屋上に向かうが、事故予防のためか、屋上に続く扉は施錠されていた。

 が、その手前の踊り場は段ボールがいくつか積まれているだけで、ほぼ物置のような有様だった。薄く積もった埃が、普段は人が来ない場所であることを示している。


「……ここで良いか」

「良いっすね。でもずいぶん一生懸命っすね?」

「茶化すなよ? キレるからな?」

「い、いやっすねぇ! そんなつもりは毛頭まったく欠片も全然みじんもありませんっす!」

「動揺しすぎだろ」


 冷たい視線を向けるカナタだが、ミカエルはごまかすようにピコピコハンマーを取り出した。

 カナタが埃を払い、段ボールを背もたれにして座ったところで振り上げる。


「いくっすよー!」


 ぴこっ、と間の抜けた音とともに、カナタの意識が迷宮ダンジョンへと落ちていく。


————————

——————

————

——


 夢の中をカナタは走っていた。目につくモンスターを積極的に狩りながら、ほとんど足を止めることなく進んでいく。


「いやー、強くなったっすねぇ」

「楽しんでる余裕はないけどな」


 亜種なのか、藍色の肌をしたオーガの首を膝蹴りでへし折ったカナタ。着地と同時に経験値が入るが、確認すらせずに走り出す。


「どうしてそこまで必死なんです?」


 からかう雰囲気を含まない質問に、軽く息を弾ませたカナタが真面目に答える。


「道端で倒れてる人がいたら、救急車を呼ぶだろ?」

「あー」

「それが知り合いなら病院まで同乗もするだろ」

「……そうっすね」

「それだけだよ」

「……ふーん」


 納得しているのかしていないのか、ミカエルは神妙な顔でカナタを見ていた。

 それに気づいたカナタが走りながら訊ねる。


「どうした? 納得できないか?」

「まぁ、そうっすね」

「どうせまた下心がどうのとか――」

「いや、そこじゃないっす」


 きっぱりと断言したミカエル。


「道端で倒れてる人がいたら、まず顔を見るっすね」

「……?」

「イケメンなら助けるっすけど、泡噴いてたり面白い顔色になってたら指さして笑うっす」

「いやお前一応は天使だよな!?」

「何を当たり前なことを」

「当たり前だと思えないから聞いてるんだよ!」


 倒れてる人を指さして笑うなど鬼畜外道もかくや、という行動だ。少なくともカナタの想像する天使はそんなことはしない。


「天界御用達のSNSに顔写真とかあげるとバズるかもしれないっすね」

「炎上しちまえ」

「はははっ、炎上もバズの一種っすよ」


 とりあえずミカエルと同じ感覚の天使ばかりではなさそうなことに安堵するが、天界にもSNSがあることにそこはかとなく納得いかないものを感じつつ進む。

 

 パワーレベリング込みでかなり強くなったカナタは、ほぼ一撃でモンスターを屠ることができていた。

 中層で迷子になっているレベルのモンスターであれば苦戦することはないだろう。


 ――もちろん、ロスミスのように出てくるモンスターの種類が設定されているわけではないので、必ずしも、とは言えないが。


「楽勝っすね」

「カメラ・マンが出て来なければな」

「フラグぅ」

「そういうこと言うのやめ——おい、マジか」


 10秒も立たずにフラグが回収された。眼前で雄叫びをあげるのは細長い手足のシルエット。

 間違いなくカメラ・マンだ。


「一級建築士っすね!」

「お前がな! っていうか何でちょっと嬉しそうなんだよ!?」

「やだな~、気のせいっすよ気のせい! 心優しいミカエルちゃんはカナタさんの不遇に心を痛めてるっすよ?」

「もし触れたら最初にお前を討伐してた……!」


 煽られてイラっとしながらもカナタは速度を上げて走る。カメラ・マンは現時点では撃退不可能だ。とはいえ朱里を救うためにさっさと核心に入って救世者メシアの魂の欠片を回収する必要があった。

 結果、パワーレベリングの時と同じくカメラ・マンを引き連れトレインしながら進むしかなかった。

 表層から中層に来た時と同じく、断片的な記憶を見つけて飛び込む算段だ。


「まぁ、MP消費なしでレベルアップできると思えばマイナスばかりじゃないっすけどね!」

「安全マージンがゴリゴリ削れてる時点で収支はマイナスなんだよ!」


 行く手を遮る猪を跳び箱の要領で超えて進む。驚いた猪はカナタを追いかけようとするが、踵を返す余裕すらなくカメラ・マンに叩き潰され経験値になった。

 スキルの多重発動や終末魔法入りの旋棍トンファーを使えば一撃で屠れる相手だが、カメラ・マンに追いつかれそうなのでスルー一択だった。


「未探索なのは次の分岐左側っすね」

「よしきた!」


 通路を駆け抜けて大きなホールにたどり着く。


「ゲッ!」


 そこには、満員電車の如くひしめき合うモンスターの群れと、その奥に輝く光の柱――核心への入口が存在していた。

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