第16話 お見舞い
朱里が指定してきたのは隣の県にある総合病院だった。発展した大都市の郊外にあるのは大きな病床を確保するためだろう。
スマホで調べた乗り換えをたどり、後は目的地、となったところでカナタがミカエルに視線を向ける。
『着く辺りで起こしてもらうことはできるか?』
『いいっすよ! 耳元でささやくっすか? それとも喘ぎ声的な——』
『普通に起こせ! このまま待ってるのも無駄だから
『お、それはそれで偉いっす』
念話でやりとりを済ませ、いつものピコン、で夢の中である。
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迷宮に入ったカナタはすぐさま走り出す。
その表情に余裕は見られない。
「どーしたっすか」
「朱里の過呼吸な、俺たちが原因ってことはないか?」
「心の闇――トラウマを刺激したことが原因って可能性っすか?」
「そうだ」
「それはまぁ……十分あり得るっすね」
「最速で攻略する」
最悪の未来回避のためにも、諦めるという選択肢はない。
とはいえ、このまま優雅にレベル上げやパワーレベリングをしている余裕もなかった。たった数日で心境に大きな変化を及ぼし、あまつさえ過呼吸まで起こしているのだ。
「このまま心の中を荒し続けてたら、病むだろ」
「可能性はゼロじゃないっすねー。まぁ人間って複雑なので、大丈夫な時は全然もないないしダメなときはソッコーで潰れるっすけど」
「この短時間で過呼吸起こして倒れてんだからダメな方だろ」
さらにいえば、今このときも悪霊や怪異が朱里の心に潜り込んでいる。
今は『
「とにかく、デカい負担でこれ以上おかしくなる前に欠片をゲットしておさらばだ」
「およ? ずいぶん親身になってるっすね?」
「俺のせいで倒れるとか普通に嫌だろ!?」
「そりゃそうっすけど。潜らなくても悪霊たちが押し寄せてるっすから時間の問題っすよ」
「他人事過ぎる……! 道中見つけた悪霊ぶっ倒しまくって、さっさと攻略するぞ!」
「いいっすね! カメラ・マン倒す方法は思いついたっすか?」
「ジョブレベル上げてゴリ押し!」
「シンプルに脳筋っすね。でもわかりやすいっす」
実際のところ、終末魔法ですら倒せなかったカメラ・マンを相手にレベルでゴリ押せる自信はなかった。
現実世界でのアプローチも行い、心の闇を晴らせれば文句なしだが、そううまくいくとも思えなかった。
「小さい頃に関わったクソ監督とかどうにもなんねぇだろうが!」
何しろ、カナタが見たあの監督はすでに死んでいる。ネットに載っていた死因は膵臓癌。日本の平均寿命を考えれば早いとは思うが、あり得ないというほどでもなかった。
死者を朱里の前に引きずり出して謝罪させることなどできないし、そもそもそれで心の闇が晴れるとも思えない。
「最速で攻略! あとは中層で心の闇撃退のヒントになる何かを見つけられれば最高!」
「その意気っすよー! あ、右っす!」
ねじくれた通路を走り、金属の鎧を身にまとった巨大なアルマジロを粉砕する。血の滴る拳を内気功で即座に回復し、さらにスピードを上げた。
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「だぁ! クソゲーすぎる……!」
起きると同時、カナタは寝起きの頭を振りながらつぶやいた。
まだ目的の駅まではたどり着いていない。にも関わらず目を覚ました理由は一つ。
――殺されたのだ。
「足止めのモンスターごと圧殺とかマジで意味わかんねぇ……神風アタックかよ」
「心の闇とモンスターは別陣営っすからね」
「そもそもなんだあの遠距離攻撃は」
「自分が見てた限りだと、レーザーっぽかったっす。カナタさんの上半身、近くのモンスターと一緒にジュッてなってたっす」
「……言うなよ思い出したくない」
カメラ・マンの頭部から極太レーザーが射出され、戦っていたモンスターごと殺されたのだ。
即死だったので痛みや苦しみはなかった。とはいえ、自分の上半身が蒸発する感覚が快いはずもない。鳥肌が立つ腕をさすりながら溜息をつく。
「……マジで朱里を何とかしないと駄目か……?」
「おっ、ようやくヤル気になったっすか!?」
「下品なジェスチャーやめろよ……マジで天使なんだよな?」
右手で輪をつくり、左の人差し指を動かすミカエルにドン引きするも、当のぽんこつ天使は気にしていないようだ。
「心の闇を祓うのは難しいっすよね?」
「そうだな……正直どうすれば良いか全くわからん」
「そ・こ・で! 恋愛、肉欲、LOVEですよ!」
「真ん中のはなんか違くないか……?」
「あらゆる思考をカナタさんに染め上げて! 寝ても覚めてもカナタさん! 好きなものも求めるものもカナタさん! もう心の闇なんて入る隙間もないくらいにカナタさん色に染め上げるっす! 洗脳っすよ洗脳!」
「じゃ、邪悪すぎる……俺は新興宗教か何かか……?」
「でもお見舞いにいくってことはその気があるってコトっすよね!? 個室! ベッド! 相手はパジャマ! もうOKってコトっすよ!」
「どこの世界基準だよ……OKなわけないだろ」
電車が止まる。
ここからバスに乗り換えて一五分。国民的な人気を誇る美少女のリクエストに応えてジャンクな商品を買ってから総合病院に向かった。
それが、最悪の引き金になるとも知らずに。
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