第15話 急成長と必殺技

「いやー笑いがとまらないっすね!」

「まさかここまでハマるとは思わなかった……っていうか中層のモンスターも一撃粉砕とかカメラ・マンがでたらめすぎるんだよ」


 それから一週間。

 カナタは基本職をコンプリートし、中級職からもいくつかピックアップしてスキルを習得していた。


 すべては隠遁とカメラ・マンを使った効率的なレベリングの成果だった。


「カナタさんも相当強くなってるっすよね?」

「俺がというか、スキルがな。まさか多重発動できるとは思わなかった」


 ロスミス内では指定して発動するため、どれほど頑張って操作してもタイムラグが生じていた。が、迷宮ダンジョン内ではその縛りは存在しなかった。


 とことこと前を歩くグレートボアを見て、カナタはゆったりとした足取りで近づいていく。

 奇襲を発動しているために気づかれていないこともあって、真正面に立って拳を構える。


「パワーショット、正拳突き、強撃」


 スキルを三重に発動させて拳を振るえば、指数関数的に跳ね上がったエネルギーが拳にまとわりついてグレートボアを貫いた。


 衝撃で脳が砕けて耳鼻からどろりと赤黒い血が流れた。

 どずん、と横倒しに倒れたグレートボアが光の粒子に変換されていく。


 頭蓋を打ち抜いたカナタの拳も皮が薄く破れ、血が滴っていた。


「さすがに武僧モンクでも駄目か」

「エグい威力っすね。どういう仕組みっすか?」

「スキルを3つ重ね掛けしたろ? 仮にダメージ3倍だとして、三連打だと3+3+3で9」

「わ、分かるっす! ちゃんと計算できてるっすよ!?」

「じゃあ指折り数えるなよ……3つ重なると、3×3×3で27になるんだよ」


 数字は仮のものだが、多重発動することで桁違いの攻撃力になる仕組みは単純なものだった。

 ほええ、と頷くミカエルをよそにカナタは傷ついた拳を振って思案する。


 今までは拳闘士や武僧の補正で基本的に拳へのダメージはなかった。それはロスミスのシステム的なものだろう。。

 だが、ロスミスではありえない攻撃をしたことでダメージが入った。つまりシステムの範囲外の行動をしたことで、システムでは補いきれなくなったわけだ。


「いざという時の必殺技、かな」

「普段からそれでバンバン倒していきましょうよー!」

「腕がちぎれ飛ぶっつの」

「寝て起きたら復活してるっすよ?」

「復活してても御免だ」


 相変わらずさらっと非人道的な提案をするミカエルに渋い視線を送ったカナタは、再び歩き始めた。


——

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 朝。

 目が覚めたカナタがスマホを確認すると、連絡が大量に入っていた。

 うっ、と思って開くが、相手はカナタの級友である福田圭一からだった。


『お前、本当に大丈夫か?』


 そんな言葉から始まったメッセージは、カナタが寝ている間に重ねられていた。


『朱里ちゃんのことも聞きたいけどさ』

『今日、3年の毒島ぶすじま先輩がお前のこと探しに来てたぞ』

『朱里ちゃんファンクラブの会員で、めちゃくちゃ過激派だからマジで気を付けろ』

『ストーキング一歩手前の行動で、事務所から注意勧告受けたらしい』

『カナタと朱里ちゃんの関係は分かんないけど』

『疑われてるだけで十分ヤバいと思うから気を付けろよ』

『んじゃ、おやすみ』


 心配してくれているらしい福田に感謝を告げる。


「いやー、朱里ちゃん大人気っすねぇ」

「なんでお前が嬉しそうなんだよ」

「カナタさんのお嫁さんになる人だからっすよ。むふふふふふ」

「勝手に未来を捏造するなよ」


 ぷかぷかと浮くミカエルを手で追い払いながらスマホで確認するのはロスミスの情報だ。ほとんどカナタの頭に入ってはいるが、迷宮ダンジョン攻略の鍵になるようなジョブやスキルがあれば、とまとめサイトのコメント欄や真偽の不確かな掲示板の文面を読み、さらに検索を重ねる。


 スワイプしていると、ウェブサイトの広告がカナタの目に飛び込んできた。

 ニュース系サイトの広告に表示されていた文言に、思わず頭が真っ白になる。


『朱里に異変!? 救急搬送で撮影中止か』


 慌ててタップして記事を読み込む。


『女優・タレントとして大人気の朱里(16・聖護院プロダクション)に暗雲が差している。泊まり込みで前日から映画【Re:私の幸せな世界の中心で100日後に君の膵臓を食べるサメゾンビのひとりごと】の撮影に臨んでいた朱里だが、夕飯後の撮影で不調を訴え、ロケ地付近の総合病院に救急搬送されたという。ストレスと疲労による過呼吸と見られ、現在は容体は安定しているものの撮影は延期される見通しだ。


 朱里と言えば子役時代からご存じの方も多いだろうが、実のところ業界では有名なプロフェッショナルだ。朱里の出世作でもある【天使の微笑み、悪魔の微笑み】撮影時、彼女は40℃近い熱を出しながら撮影に臨んだという。

 想像できるだろうか。


 小学生にもなっていない少女が、がたがた震えながらも首や脇の下に保冷剤を挟んで撮影に向かっていたのだ。その保冷剤ですら自分の熱を下げるためではなく、撮影時に頬が赤くならないように、という配慮だったというのだから驚きだ。

 仕事に人一倍情熱をかける朱里だからこそ——』


 めまいがするような文章を読み、カナタは思わずスマホを操作していた。朱里への連絡だ。


『大丈夫か?』


 即座に返ってきたメッセージに首をかしげるが、勘違いならそれでも良いかと言葉を重ねる。


『WEBニュースで倒れたって読んだ』

『マ?』

『マ』

『どこのサイト?』

『【URL】』

『ありがと』

『それは良いんだけど、結局大丈夫なのか?』

『大丈夫。すっごい疲れてたところに急に嫌なことを思い出したせいだと思う』

『そうか。ゆっくり休んで。お大事にね』


 連絡を終えようとしたところで朱里から画像が送られてきた。

 一枚はパジャマ姿の自分を撮影したものだ。ベッドの上に座る彼女は特にポーズを取っているわけでもなければ表情をつくっているわけでもない。それですら写真集に載りそうな一枚になっていた。

 そしてもう一枚はハンバーガーチェーンの期間限定品を映したスクリーンショットだ。


『ジャンクなものが食べたいのでカナターイーツお願いします。報酬先払いで』

『報酬?』

『いま送ったでしょ? 私のパジャマ画像』


 何ともいえない表情になったカナタは一瞬だけ遠くを見る。

 確かに報酬になり得る価値はあるが、頼んでもいないのに送られてきて支払い済みという論にはなんとなく同意できなかった。


『一応、今は朝で平日なので、これから学校なんですけど』

『仕事漬けで学校にも通えない病弱な朱里ちゃんに学校の話を振るのは鬼畜外道』

『そもそも病弱な人は仕事漬けになれないんだよなぁ』

『追加報酬? 何が欲しいの?』

『急に成金ムーブ始めたし』

『一緒に写って記念撮影する? それともポテトを一本アーンしてあげようか?』

『えええ』

『おそらく10万円とかで抽選にしてもバカ売れすると思うけど』


 10万円の方が良いとは言えずに困っていると、追撃の連絡がきた。


『ダメだったら今度妹さんに愚痴るから別に良いよ』

『わかりましたすぐ行きます』

『温かいのが食べたいから最寄りについてから買ってね』


 朱里ガチ勢の気配がする雫が絡めば、カナタの想像ではほぼ確実に負ける。下手をすれば朱里の前でお説教されて、次のデートの申し込みまで強制される可能性があった。


「すまん……福田」


 心の中で級友に手を合わせ、仮病で休む旨を伝え、厄介な先輩への対応をお願いするのだった。

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