第14話 パワーレベリング
カメラ・マン攻略に当たり、ミカエル・雫と三人で作戦会議だ。ちなみに今日の夕飯はお好み焼きである。
「とりあえずは過去作を見て朱里ちゃんに連絡取ろうよ!」
「デートに誘ってベッドの上で聞くっすよ」
「役に立たねぇ……特に馬鹿天使」
「なにをぅ!? 自分が如何に有能なのかを教えてあげないと――」
「ほら、焼けたぞ。ソースな」
「わぁい」
ミカエルが静かになったところで雫の案を掘り下げていく。
「突然感想送るとかヤベー奴じゃないか?」
「まぁ普通に考えたらヤベー奴だと思う。でもお兄は朱里ちゃんと仲良いでしょ?」
「……良いのか……?」
微妙な距離感と態度を思い出して首をひねるカナタだが、雫は願望込みで畳みかける。
「いーい? 褒めるのよ? 表情、演技、服装、ストーリー、なんでもいいから朱里ちゃんのことを褒めるの! 『こいつガチ恋だろ』って思われるくらい褒めて、アピールするの!」
「ええ……」
「他の出演者さんは褒めちゃだめだよ? あ、でも関係が分からないから悪口もダメ。朱里ちゃんしか見てないですって態度が良いと思う!」
「普通にストーカーだろ」
「朱里ちゃんと付き合える可能性があるなら実刑判決も上等でしょ!?」「
「修羅の道過ぎる」
勢いと妄想が止まらない妹にもお好み焼きをパスして黙らせる。ホットプレートの空いたスペースに生地を広げながら考えるのは、メッセージの文面だ。
さすがにストーカー判定されたいとは思わないものの、何かしらアプローチをしないことにはカメラ・マンを攻略することができない。
結局は何かしら操作をして反応を待つしかないのだ。
「えい」
「あっ、おい! 何してんだよ!?」
お好み焼きに青のりをかけていたはずの雫がカナタのスマホを操作しているのを見て慌てて取り上げる。が、すでに朱里に向けたメッセージは送信されていた。
『朱里さんの出ている映画で一番思い入れのある映画は何ですか?
今度観ようと思うので教えてもらえたら嬉しいです』
「……思ったよりはマトモだけど勝手にイジらないでくれ」
突っ込みを入れた側からスマホが震える。
『妹さん?』
「ソッコーバレてるし」
慌てて謝罪を送る。朱里も特に怒っているわけではないらしく、自分が出演している映画のタイトルをいくつか挙げてくれた。
検索したところ、どれも最近のタイトルだった。
『古い作品とかはないの?』
『あんまりオススメはないかな。もしかして私の小っちゃい頃が見たかったり?』
『ロリコンではありませんのでそういうわけではございません』
『なんで敬語……? 逆に怪しいんだけど』
『いやまぁ本当にそういうわけじゃないんだけどさ』
『小っちゃい頃の作品、記憶がないのよ』
文面からは朱里の真意は読み取れない。
カナタの脳裏には
覚えていないというよりも、思い出したくないだろうか、とアタリをつけながらもメッセージを重ねていく。
『それじゃ、タイトルだけ調べてみるみるかー』
『待って、本当に観るの? 小っちゃい頃のを?』
なんとなく焦りを感じる文面だが、今更止まらない。カナタではなく、その横にいる雫がお好み焼きを頬張りながら朱里の出演作一覧を眺めているのだ。
ドラマや映画のタイトルを調べつつ映像系のサブスクサービスで観られないかチェックしていた。
『妹がガチ勢なので観る気満々です』
『ありがとうって伝えておいて』
カメラ・マンを弱体化させるどころか、朱里のトラウマにすら触れていない。どうしたものか、と悩むがカナタにはさりげなく話題を転換する能力など備わってはいなかった。
ロスミスにもそういうスキルがあれば、と益体もないことを考えながら文面を送った。
『撮影がキツかったとか、この人と仕事するのはもう嫌、とか思うような作品はある?』
『何でそれが観たいの?』
『女優・朱里の努力の結晶だと思うから』
連絡が途絶えた。
何かやってしまったか、と思いながらもお好み焼きを口に放り込んでいると、短いメッセージが二連続で送られてきた。
『【凍てついた教室】、坂下監督』
『ごめん寝るね。また登校できる日に』
スタンプを返してタイトルを調べる。
間違いなくカナタが見たあの現場の映画だった。
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——
「特に変化なしかよッ!」
「トラウマにタッチしたのにマイナスになってないなら良いじゃないっすかー」
「良くねぇよ!」
中層を必死に走るカナタ。その背後には、蜘蛛を思わせる細長い手足の”闇”が迫っていた。闇に覆われ中身は確認できないが、シルエットからするとほぼ間違いなくカメラ・マンだろう。
ピンクを基調としたどこかの室内や教室。コードやケーブルが無造作に伸びるリノリウムのフロア。建物をむりやり切断したような雰囲気の撮影スタジオの一角。
そういったものがでたらめに結びつき、広大な空間を形成していた。
「クッソ、振り切れないっ!」
時折現れる雑魚モンスターではカメラ・マンの足止めにすらならなかった。
「あのクソ監督! ちびっこにトラウマ植え付けてるんじゃねぇよ!」
覗き見た記憶の中の監督に悪態をつくが、それで”闇”が消えるわけでもない。結局、この日は強烈な拳に圧殺された。
「出会わないことが重要か」
「あるいは死ぬ覚悟をするのもありじゃないっすか?」
「してたまるか!」
即死だったことが幸いし、死の恐怖は体の芯を何かが駆け抜けるような感覚だけで済んだ。もちろんカナタにとっては二度と味わいたくない類の恐怖ではあったが、四肢を引きちぎられるよりはずっとマシだった。
「……でも、ちょっと考えたんだけどさ」
「はいはい」
「カメラ・マン、使えるんじゃね?」
カナタの作戦は単純明快だった。
「カメラ・マンが出たらあらゆる戦闘を放棄して逃げる」
「今回と同じじゃないっすか」
「いや、次からはモンスターのいる方に誘導してもらう」
「足止めにならないっすよ?」
「良いんだよ。カメラ・マンに討伐してもらって俺は経験値だけ貰うんだから」
「あー……イケるかもしれないっすね。最後は殺されるっすけど」
「そこで、だ」
「密偵のスキル
一時的に身を隠すスキルで、ロスミス内では強制的に戦闘離脱できるものだ。イベント戦闘やボス戦など、いくつかの戦闘では使用自体ができないスキルなのである種の賭けではある。
「うまく撒けたらまた狩りをして、出会ったら引き連れながら逃げる。この繰り返しだ」
走り続ける前提なので体力的なキツさはあるものの、隠遁さえ効果を発揮すればカナタが戦闘を行うよりもずっと効率よくモンスターを狩れるだろう。
――その日だけで、カナタは密偵のレベルを10まであげることに成功した。
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