第13話 カメラ・マン

 カナタが構えたのは艶消しされた金属製の旋棍トンファーだ。


 ただの旋棍ではない。とあるサブクエストで紹介されたそれは強力な効果でプレイヤーを喜ばせ、装備できない武器として説明されて失望させたものだ。

 ロスミス内ではどんな操作をしても装備できなかった逸品だが、迷宮ダンジョン内ではそんな縛りは存在しない。


 つまりは、強力な効果が発揮できるはずなのだ。


 ランニングコストの関係で試さなかったことを悔やみながらも、腕を守るように構えて”闇”に向かって疾走する。狙いは背後の光柱に飛び込み、中層へと逃れることだが、どうにか”闇”を怯ませなければ背を向けた瞬間に死ぬだろう。

 振り下ろされた”闇”の拳を斜めに受け流す。受け止めようとすればオーガと同じく挽肉になるだけだ。

 最悪の結末は回避したものの、強力過ぎる攻撃の余波でカナタの身体は冗談のように吹き飛んだ。


「カナタさん!」


 ミカエルが悲鳴のような声をあげるが、カナタには応答する余裕がない。

 応答すれば、ことになりかねなかった。ばらばらに引きちぎれそうな衝撃をこらえ、トンファーの柄を”闇”へと向ける。


「――滅ビノ一撃カタストロフィ!」


 カナタが叫ぶと同時、旋棍から魔力がほとばしった。ロスミス設定で旧時代に作られた旋棍には、旧時代を滅ぼすきっかけになった強力な魔法の断片が封じられていた。

 それが滅ビノ一撃カタストロフィだ。

 各所に散らばったフレーバーテキストによれば、あらゆるものに滅びを与える終末魔法の系譜だ。


 ロスミス内のどこかに隠されていると噂され、しかしどうやっても習得することのできなかった魔法が発動した。


黒い光が”闇”の頭部を貫き、消し飛ばす。


同時に反動でカナタは大きく吹き飛ばされる。”闇”の攻撃に滅ビノ一撃の反動を加えたことで、とんでもない高度まであがった。墜落すれば死は免れない高さだ。


「クソ! 着地する方法はないか!?」

「やったっすか!?」

「無視してフラグ立てんじゃねぇぇぇぇぇ!」


 絶叫しながらも、光の柱へと必死に手を伸ばす。

 着地することなく中層に向かう――それだけがカナタの生存ルートだった。


 果たして指先が光柱にかすめた瞬間にカナタが見たのは、”闇”が再生する頭部が、人間のものではなかったことだ。


「……カメラ……?」

「あれが本当のカメラ・マンっすね」

「お前マジでぶっ飛ばすぞ」


 テレビ局のクルーが担ぐような、本格的なつくりのカメラが再び”闇”に包まれていくのを見ながら、中層に続く光に呑まれた。






 綺麗なワンピースを着た女の子が立ち尽くして泣いていた。

 彼女がいるのは大きな部屋の隅だ。

 屋外と見間違うような一軒家と中庭がある部屋。大きなカメラがいくつも設置され、モップのようなサイズのマイクがそこかしこに取り付けられていた。映画やドラマを撮影するためのセットだった。

 周囲には多くの人がいるが、少女以外は全員が大人だった。忙しそうに荷物を動かしたり指示を出したりと、誰ひとりとして少女に構う様子はない。


 ただ一人、布張りの椅子に座って煙草を吹かす中年男性を除いて。


 大きな溜息とともに紫煙を吐き出した中年男性は、アルミの灰皿で適当に煙草を消すと声を張り上げた。


「いつまでビィビィ泣いてんだクソガキ! やる気がないなら邪魔だから消えろっ!」


 空気を震わすような怒声に、少女のみならず周囲のスタッフまでもがびくりと肩を震わせる。 


「テメェの代わりなんぞいくらでもいるんだよ! 撮影の邪魔するならとっとと消え失せろ!」

「監督、まだ5歳の——」

「年齢なんぞ知るか! カメラの前に立ったらプロだろうが!」


 慌ててすぐそばにいた男が止めに入るが、監督と呼ばれた中年は男の胸ぐらをつかんでまくしたてる。


監督おれの指示通りに演技できないばかりか周りの足まで引っ張るような愚図ぐずは俺の映画にゃ要らねぇんだよ! 事務所にクレーム入れとけ!」


 少女は俯き、両肩を震わせながら必死に歯を食いしばっていた。

 大きな目からポロポロと涙をこぼしながらも、声を出さないように耐えていた。


「さっさと消えろって言っただろうがァ!」


 台本を投げつけ、自身が座っていた椅子を蹴り飛ばして出ていく。台本は明後日の方向に落ちたが、二倍では効かない体格差の男が激怒してものを投げた姿に、少女は屈んで丸くなっていた。

 全身を恐怖に震わせ、顔色を真っ青にして、しかしそれでも彼女は声をあげなかった。


 たった5歳だが、彼女は間違いなくプロだった。

 監督がそれを認めることはなかったが。


「あのガキが消えるまで俺はスタジオには戻らないからな! さっさと引き上げさせろ!」


 監督の声が遠のいたところで、呪いが解けたかのように何名かのスタッフが少女に駆け寄ってくる。

 傷跡になるほど唇をかみしめていた少女は手当され、慰められ、それでも声をあげず、不満すら漏らさず――しかし役から降ろされた。






「カッ……ハァ、ハァ、ハァ……夢、か……?」


 死とは別の、しかし吐き気を催すような悪夢に跳び起きたカナタが見たのは、自室の天井ではなかった。


「中層、か?」

「ですです。お目覚めっすね? いや、朱里ちゃんの心の中ですし身体は寝てるのでお目覚めってのも変っすけど」

「……まぁでも変な夢を見たよ」


 かいつまんで夢の内容を説明すると、ミカエルに鼻で笑われた。


「それは夢じゃなくて朱里ちゃんの過去っすよ」

「……ってことはあの子役が朱里か……?」

「おそらくっすけど。さっきのカメラ・マンから推測するに、その映画だかドラマの撮影現場とか監督がトラウマなんじゃないっすかね?」

「そりゃ……まぁあれはトラウマになってもおかしくないな」


 カナタには、常軌を逸しているレベルの怒り方に見えた。

 どんな粗相をしたのかは知らないが、相手はたかだか五歳児である。


「あのキレ方だと子供どころか大人でもトラウマになるだろうよ。それ以前に炎上案件だぞアレ」


 昨今、問題ある言動はすぐさまSNSを介して世界中にバラ撒かれる。そのこと自体の是非はともかくとして、ネットに公開されれば関心を集めるだろうと結論付けた。


「いやまぁ、過去は過去だし今更炎上しようもないけどさ」

「っすね。そんなことより、カメラ・マン対策っすよ」

「お前その呼び方続けるの? 普通に”闇”で良くね?」

「どっちでも良いっすけど、”闇”が一種類とは限らないっすし、個体識別出来た方が楽だと思うっす」


 ”闇”もといカメラ・マンは異常な強さを誇っていた。

 ロスミス内の設定とはいえ、実装できないレベルの魔法で頭部を吹き飛ばしたのに実質ノーダメージだったのだ。


「アレを倒せる方法思いつくっすか?」

「……無理だな。負けイベントのボスかってくらい理不尽だろアレ」

「そこで提案があるっす」

「朱里を骨抜きにしろとかそういうのじゃないだろうな?」

「なななななななななにを言ってるっすかそんな訳あるはずないはずあるはずないはず――」

「壊れたラジオかお前は。っていうか分かりやすすぎるだろ」


 ぺちん、と頭を軽く叩くとミカエルは舌を出した。


「でも冗談でもなんでもなく朱里ちゃんにアプローチして心の闇を祓ったり、負担を減らすくらいしか弱体化させる方法はないっすよ?」

「無理に倒さなくても、『救世者メシアの欠片』さえ手に入れば良いんじゃないのか?」

「……まぁ、それはそうっすけど。アレに追いかけられながら探索するつもりっすか?」


 訊ねられ、カナタの脳裏に浮かんだのはパースのおかしな青い怪物に追われながら館を探索する謎解きゲームだ。


「……完全に別ゲーだな。無理だわ」

「ですよね。オトしてメロメロずっきゅんにするのが楽ってだけで、カウンセリングとか別のアプローチでも良いっすよ?」

「メロメロずっきゅんって……お前何歳だよ」

「この分体はカナタさんのサポート用に作られたのでまだゼロ歳っすね」

「そのカウント絶対卑怯だろ」

「やーいゼロ歳児に口論で負けてやんのー」

「張り倒すぞ」


 何はともあれ中層にたどり着いたところで、二人は引き上げることにした。


「朱里の心の負担を減らす……やっぱり芸能活動か……?」


 目標である『救世者の欠片』には近づいたはずだが、カメラ・マンの出現によってむしろ遠ざかった気分になるカナタだった。




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