第11話 現実世界

 朱里の心・表層の攻略は順調そのものだった。百目鬼のようなイレギュラーな強さのモンスターに遭遇することもなく、斥候と拳闘士のスキルを組み合わせて危なげなく経験値を稼ぐことができた。


「そろそろ武器買うか」

「っすね。良い感じに探索範囲も広がりましたし、このままイケばさくっと中層になる可能性も十分にあるっすから」

「表層・中層・核心だっけ……? どんな違いがあるんだ」


 ミカエルからタブレットを受け取り、残高と武器の一覧を確認しながら訊ねる。


「表層ってのは自分の意識している領域っすよ。カナタさんがここで活動してるから朱里ちゃんは心がかき乱されるっす」

「言い方よ」

「ふとした時に意識しちゃう、思い出しちゃうなんてのは典型的な例っすね」

「中層は?」

「無意識領域っす」

「じゃあそこまでいけば変に意識されたりしなくなるのか?」

「あー……まぁそうとも言えなくはないっすね」


 歯切れの悪いミカエルに、カナタがタブレットを操作する手を止めた。


「頼むから隠さず全部教えてくれ。これ以上変なアプローチがあったら俺は社会的に抹殺される」


 ここ最近、カナタは周囲の視線が気になって仕方なかった。どう考えても好意的ではないそれらは、おそらくは朱里のファンクラブに入っている人間たちのものだろう。

 中には分かりやすく敵意をむき出しにして睨んでくる者までいる始末だった。


「じゃあしっかり説明するっすね!」

「俺に分かる言葉でな」

「うぐっ……ちょっとしたプリティーなボケを……」

「ボケのつもりでやってたならマジで反省しろ」

「コホン。中層に入るということは、表層は攻略完了ってことっすから、基本的にカナタさんは『気になる存在』としてロックオンされてるはずっすよ」

「今ですら結構目立つのに、これ以上があるのかよ……」

「そして無意識領域で活動すると——今度は無意識の感覚がカナタさんによってかき乱されます」

「……どういうことだ?」

「『色が苦手』『デザインが好きじゃない』『好みの味』『好きな音楽』これら好き嫌いの根幹にあるのは正解不正解のない感覚っすよね?」

「だな」

「その感覚が、カナタさんの活動で乱されるっす」

「好きだったものが嫌いになったり、嫌いだったものが好きになったり……?」

「ですです。中層で活動するカナタさんの好き嫌いがそのまま反映されることもあると思うっす」

「……マジかよ」

「つまりここで良い感じに好みを植え付ければあらゆることがカナタさん好みの女の子に仕上がるっすよ!」

「お前は俺をどうしたいの……?」

「幸せになってほしいだけっすよ」

「洗脳系インチキ宗教の教祖は幸せだとは思えないんだけどなぁ」


 がっくりと肩を落としたカナタは決意を固めた。


「まぁなるべく荒さないように中層を駆け抜けよう……最後の核心ってのは?」

「その人を構成する核にして、その人の人格そのものっす。敏感な人なら、核心に入られると気づくくらいの場所っす」


 ミカエル曰く、核心をめちゃくちゃに破壊すると廃人にすることも可能だそうだ。


「い、要らない情報ばかりが……!」

「そこでいい感じにアプローチできればもうぞっこん間違いなしっすよ! 身も心も人生すらもカナタさんに捧げる一途な乙女が——」

「重てぇっ! そんなんは要らん! クソ、さっさと攻略終わらせるぞ!」


 カナタは再びタブレットをいじる。そこに表示されているのはロスミスで設定されている武器の一覧だ。さらには、先日書店で購入した銃器の解説書に載っているものもあるが、


「さすがに銃器は高いな……」

「まぁ、正規のゲームに対し、自分が勝手にDLCを付け加えたようなモンっすからね」

「改めて聞くとムチャクチャなのな」

「こんなことが出来る有能な天使は自分くらいっすよ! もっと褒めるっす!」


 カモン、と両手で自分を指し示すミカエルを無視してタブレットをスワイプしていく。銃器は本体価格もかなり高額な上に、銃弾を別途購入する必要があった。


「買ってみて使いこなせませんでした、はヤバいな。やっぱロスミスの武器にすっか」


 現状の選択肢は拳闘士や武僧モンクの主武装となる手甲――拳から腕までをカバーするプロテクターみたいなものか、もしくは斥候職が扱える短剣や鎖分銅などの暗器である。

 両者が扱える武器としてトンファーやヌンチャクなどもあるが、数値だけをみるとイマイチ魅力的とは言えなかった。


「あー、ちょっと面白いこと考えた。これと、これってイケると思うか?」

「イケるんじゃないっすか? 値段も大したことないですし、いっちゃいましょう!」


 ミカエルの後押しで購入ボタンを押すと、も兼ねてモンスターのいる方向へと誘導を頼んだ。




「お前が夢咲か。ツラ貸せや」


 朝の登校時間。自転車を漕ぐカナタの進路を何台かのバイクが遮った。跨っているのは他校の制服を身にまとい、煙草を咥えたがらの悪い男たちだ。昭和生まれと言われれば納得してしまいそうな時代錯誤な風貌だが、バイクから降りた男たちに囲まれてしまえばさすがに笑う気にはなれなかった。


「オメェか、チョーシ乗って朱里ちゃんにチョッカイかけてる男ってのはよぉ」

「クソザコがべたべた付きまとっていい相手じゃねぇんだよ朱里ちゃんは」

「二度と朱里ちゃんに見せられねぇツラにしてやっから覚悟しろや」


 周囲にはカナタ以外にも登校・通勤しているらしい人たちの姿が見えるが、誰ひとりとしてかかわろうとしない。


「へっ、ビビって声もでねぇか。全裸になって土下座するなら許してやるぜ」

「動画撮ってお前の学校にゃバラ撒くけどな」

「ほら、さっさと脱げよ」


 どん、とカナタの肩が押される。全力ではないものの、明らかにじゃれるレベルを超えていた。本来ならばバランスを崩してもおかしくないはずのそれにしかし、カナタの身体はビクともしなかった。


「……朱里とのことは誤解だ。俺は何も——」

「呼び捨てッ!? テメェ調子に乗りやがって!」


 激昂する男が拳を振りかぶった。カナタには顔面に直撃するコースの拳がはっきりと見えていた。避けるまでもなく、タイミングを合わせてズラしてやれば、男は変な方向に拳を振り抜いた挙句、バランスを崩してそのまま倒れた。

 悪夢の中、死と隣り合わせの状況で動き続けた経験が、喧嘩したことなどないはずのカナタに胆力を与えていた。


「なにしやがる!」

「おい、囲め!」

「泣いても許してやらねぇからな」


 いきりたった男たちに囲まれたことで、逆にカナタのスイッチが入ってしまった。

 正面の男に正拳突きを食らわせ、そのまま沈み込むように深いステップで包囲を抜ける。

 正拳突きを顎に受けて脳震盪を起こした男が倒れた時には、二人目に背後からの膝蹴りをめり込ませていた。

 バックスタブ。迷宮ダンジョン内でモンスターと囲まれた時と同じ動きだった。


「ぐあっ!?」

「がっ!」


 一瞬にして仲間二人を沈められ、残る一人が狼狽える。

 が、それはつまりカナタにとって攻撃のチャンスでしかない。


「あっ、カナタさん! 手加減するっすよ!」


 太ももを真横から蹴りつけ、悶絶したところに踏み込んで拳を叩きつける。ゲーム内と違って殴った拳にも痛みが走るが、不良三人が地に伏すまで一瞬だった。

 それどころか、ミカエルの注意が飛ばなければ頭を砕いていた可能性まであった。


『……俺、妙に強くないか?』

「当たり前っすよ。人間なんてカナタさんだけっすし、使人間も同様っす」

『はぁ!? ここ現実だぞ!?』

「現実でも使えるっすよ。当たり前じゃないっすか」


 どこの世界の当たり前か問いただしたくなるが、ぐっと我慢して不良たちに向き直る。戦闘不能に見える不良たちだが、そのうちの一人が懐からバタフライナイフを取り出していた。

 尻もちをついたその姿は間抜けにも見えるが、紛うことなく凶器を構えていたのだ。


「ち、チクショウ! どうなってんだよ! !」

「……何?」

「詳しく話を聞いた方が良さそうっすね!」


 朱里のファンが暴走したわけではないのか。

 気持ちの悪い何かが動いている気配を感じ、カナタは即座に行動に移った。

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