第10話 拳闘士

 迷宮ダンジョン内に泥人形マッドドールの身体が飛び散った。

 手首まで拳を引き抜くとカナタはバックステップで距離を取る。


「おー、さすがは拳闘士っすね」

「身のこなしに補正が、入るっ、からな!」


 崩れた泥人形を踏み潰して迫るコボルトから逃げながらもミカエルに解説を入れる。

 カナタが選んだ拳闘士はステータス的に体力や素早さに補正がかかるのだが、現実に適応すると動体視力にまで効果が及ぶようだった。今までだった息が切れていた動きでもわりと余裕があり、敵の動きもしっかりと見えていた。


「でも拳はリーチが短いっすよね。いいんすか?」

「良い、んだ、よっと!」


 コボルトの鼻っ柱に手刀を叩きつけて怯ませた隙に反転、カナタは逃げ出した。今までは斥候の奇襲で一体倒したら逃げる、というパターンが多かったが、拳闘士になったお陰でもう一体倒してから逃げる余裕ができていた。


 カナタが拳闘士を選んだのは、このステータス補正の恩恵が大きいことと、もう一つ。


「正拳突きッ!」


 距離こそ短いが、覚えるスキルはリキャストタイムが短く強力な単体攻撃が多いこと。そして、魔力を使用しないものが多いことが理由だ。

 コボルトの胸に拳がぶち込まれる。スキルによって強化された拳が、生身とは思えない威力でめり込んだ。


 カナタも拳を痛めそうなものだが、今のところは痛みすら感じていない。おそらくはこれも拳闘士としての補正だろう。


「格闘技なんてそれほど興味もないし学校の授業で柔道をやった程度なんだけどな」


 ごちるカナタの動きは、まるで武道の達人みたいだった。

 踵を地面にねじこむようにして踏み込み、腰が捻られ、拳まで衝撃が届いた。体重を乗せた、格闘家ですらお手本にしたくなるような動きだった。


 コボルトの目がぐりんと回り、そのまま光の粒子に変わっていく。


「……勝てた……」

「二匹の群れってのは運が良かったっすね」

「奇襲を使えばほぼ確定で一匹仕留められるからな。まぁ、もう少し数が増えても何とかなるように準備はしてきてるけど」


 寝る時に身につけていたものは夢の中に持ち込める。

 これを活かすためにカナタはちょっとした準備をしてきていた。

 消費物なのでやたらに使うつもりはなかったが、コボルトとスライムだけで構成された4,5匹の群れを見つけたら試してみるつもりではいた。


「いやー、いいっすねぇ。この調子でガンガンレベルあげるっすよ!」

「そういや、ジョブレベルは順調に上がるのに、肉体のレベルはあがらないのな」

「あー……位階をあげるって本来ならほとんどの人間には無理なんすよ。長い目で見て欲しいっす」 


 ただの人間が神通力に目覚める。

 あるいは神の啓示を聞き、奇跡を起こせるようになる。

 

 ミカエルの説明によると、位階をあげるという行為は人間から別のものに進化するかのようなものだった。全人類、歴史をすべてさらってみても成し遂げた人物は非常に少なかった。


「カナタさんの場合は魂魄を収集することでいつか必ず位階があがるんで、のんびり行くっすよ」

「レベルがあがれば基礎能力も高くなるんだけど、まぁしょうがないか」

「職業をカンストしまくって補うっすよ」

「だな。拳闘士を終えたら次は僧侶だ」

「ほう。その心は?」

「とりあえず武僧モンクを目指す」


 拳闘士と僧侶の派生で生まれる武僧は拳闘士の派生として魔力消費無しで扱える武技が多い。僧侶系の使う魔法の上位互換も覚えるのだが、


「武僧レベル10で覚える内気功ないきこうってスキルが欲しい」


 武僧の覚える回復系のスキルの一つで、効果範囲は短いし回復力が特別に大きいわけでもない。

 だが、回復系のスキルにしては珍しい、魔力消費がないものだった。

 カナタが目指しているのは、魔力をできる限り温存して戦うスタイルだ。


「継戦能力があがれば加速度的にジョブのカンストが増えてくからな。魔力切れが心配いらなくなる上位職とか派生職になるまではそっちをメインにする」

「その意気っすよ! どんどん行きましょー!」

「それに、秘密兵器もあるしな」


 ニヤリと笑ったカナタはミカエルの指示で次々とモンスターを倒していく。

 そうして10グループ近くを倒した後、お目当てのグループに出会えた。

 コボルトばかりの集団で、その数は7体。


 普通ならば1,2体倒して即座に撤退するのだが、カナタは全部倒すつもりでいた。そのために、今回は小さなボディバッグを背負ったまま眠ったのだ。

 ごそごそと漁って取り出すのは、プラスチック容器に入った粉末。


「食らえワンコロ!」


 ばさり、とそれを撒く。

 変化は劇的だった。鼻をひくりと動かしたコボルトたちは、目や鼻、口を押さえてのたうち回り始めたのだ。


 その隙を逃すはずもなく、カナタはろくな反撃もできないコボルトを次々に屠っていく。


「凶悪っすねぇ……何っすかそれ?」

「調味料セットだよ」

「調味料……?」


 カナタが用意したのは粉末唐辛子と粉わさび、塩、胡椒、からし粉を適当に混ぜたものだった。


「唐揚げがスライムの気を惹いたからな。他の物でも効くと思って、業務スーパーで買ってきたんだよ」


 それぞれをキロ単位で購入し、百均で買ってきた瓶に入れるだけというお手軽さだった。

 同じく、おもちゃ屋で買ってきたハンドガンタイプの水鉄砲にも調味料セットを水で溶いたものを入れてある。


「本当は熊撃退用のスプレーが欲しかったんだけどな」


 そもそも近場では売っていなかった。

 そこで成分を調べたところ、メインが唐辛子の辛み成分だったことから思いついたのだ。


「ほいっ、正拳突きっと」


 うずくまったまま目や鼻を掻きむしる最後の一体を倒して経験値にすると、カナタは大きく息を吐いた。

 タイミングを見計らう必要はあるものの、スキルをほとんど使わずに7体もの敵を倒せるとなれば、大金星だ。

 経験値的なおいしさはもちろん、


「スキルを使ってないから、急に増援が出たり挟み撃ちになっても対処できる」

「まぁ死んでも痛いだけっすけどね」

「……お前、一回体験してみろよ。絶対そんなこと言えなくなるからな?」

「さ、さぁガンガン行くっすよ! その調味料セットがあれば表層なんてメじゃないっす!」


 わざとらしく口笛を吹きながら先導するミカエルに、カナタは苦笑いしながらも従った。

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