第7話 楽しい楽しいお昼ご飯

「……せっかく連絡したのに無視ですか」

「いや、あの、ですね」

「マネージャーどころか事務所の社長でも無視しないんですけど」

「その、えーっと」


 言い淀むカナタに、クラスメイト達から刺すような視線が飛んできていた。

 カナタが言い寄るならばともかく——それも許される空気ではないが——どう考えても朱里からアプローチを掛けているように見えるので当たり前だ。

 さらに言えば、言い寄られた側のカナタは袖にしているような雰囲気。


 どういう状況なのか把握しようと、誰もが注目していた。


「2秒以内は冗談でも、返信くらいはくれると思ってた。……これでも仕事抜けるのに結構大変だったんだから」

「す、すみません」

「なんで返信くれなかったの?」

「……えっと、その」


 悩んでいるうちにクラスメイトに絡まれたりミカエルから色々聞くことになり忘れていた、というのが正解だがさすがにそのまま伝えるわけにもいかずに口ごもる。

 ぱっちりした二重がまっすぐにカナタを捉える。


「ゴメンナサイ」

「理由を聞いているんだけど?」

「えっと、迷ってました」

「何に?」

「………………弁当に唐揚げを入れるかどうかに」


 ひねり出した言い訳を聞いた瞬間、朱里の頬が分かりやすく染まった。様子を伺っていたクラスメイトたちからは『朱里ちゃんの好物は唐揚げ!』『夢咲は絶品唐揚げマスターなのか……?』『唐揚げでオトせるのか』等々好き勝手な声が挙がる。

 中にはスマホを使って唐揚げのレシピを検索したり、業務用の鶏肉の値段を調べ始めるものまで出てくる始末だ。


「か、唐揚げはNGなんだって! とりあえず、落ち着いて話せるところにいきましょ」


 言外に付いてこないで、と周囲に宣言した朱里にいざなわれ、屋上に向かう。屋上に繋がる扉は施錠されているが、階段の終わりに踊り場が存在していた。


「ごめんなさい。勝手なことを言うんだけど、ここを使わせてもらうことって出来る?」

「エッ、あっ、ハイ!」

「ファンです! 応援してます!」

「ありがと」


 既に食事を広げていた生徒たちに臆することなくお願いをして、反感を買うことなく退かしてしまう辺りが朱里のスター性だろうか。踊り場はカナタと朱里、そしてふよふよ浮いているミカエルだけになった。

 階段下では様子を伺う気配がするが、少なくとも上がってきてまで盗み聞きする勇気はないようだ。


 朱里は自分のスマホを操作、音楽を流すと階段の手すりに置いた。

 絶対に盗み聞きをさせるつもりはないらしい。


「昨日は妹さんもいたし落ち着いて話せなかったから」


 そう切り出した朱里の相談内容は、自らの心身に起きている異変についてだった。

 一度しか会っていない——昨日までは存在すら認識していなかったはずのカナタが妙に気になってしまうことや、わざわざ会いに行こうと思ってしまう自分の判断。


「オマケに、昨日の夜はあなたの夢をみたの」

「夢……?」

「何だか怖いものが押し寄せてきて、追い詰められてもうダメだって思ってたら、あなたが助けてくれる夢」

「……つ、疲れてるんじゃないか?」

「内容はともかく、恋する乙女かってくらいあなたのことを意識しちゃうのよ」


 ハァ、と溜息をついた朱里。恋愛感情よりも戸惑いの方が大きく見て取れた。


「突然心理的な距離が急接近したらそうなるっすよね。夢はおそらく、迷宮攻略の余波っすかね。攻略が終われば夢は見なくなるでしょうし、距離感もそうそう変わらなくなるので慣れると思うっす」


 他人事みたいに笑うミカエルに怒りが沸き上がるカナタだが、朱里の前で変な行動は取れないので必死に我慢する。


「ここで押し倒して既成事実作るっすか!? それとももっと万全になってから押し倒すっすか!?」


 最終的に押し倒す結果しかない選択を提示したミカエルを無視することに決めたカナタは、目立つアプローチを仕掛けてきた朱里に対応する。


「芸能活動のストレスが大きいんじゃないか? 夢は、直近で俺に会ったから覚えてたとか」

「これでも3歳から子役やってるんだけどね……まぁでも仕事はちょっと考えてみるわ」

「しっかり休めば変な夢もみなくなると思うぞ」


 納得したのかしないのか、朱里は小さく唸り、座った。


「とりあえずご飯食べましょ」

「あ、ああ」


 少し距離を取って向かい合うように座ると、それぞれ持ってきた昼食を広げる。朱里はコンビニのサンドイッチで、カナタは母親作の弁当だ。


「……」

「どうしたの?」

「……いや、別に」

「お弁当のおかずね」


 朱里が覗き込んだ弁当のおかずは、昨日と同じく冷凍惣菜の唐揚げだ。


「……NG!」

「分かってるって。だから言わなかったんだろ」

「わざわざ態度で示したじゃない」

「いや、あれはつい」

「まぁ良いわ」


 不満を隠そうともせずにカナタを見ながらサンドイッチを齧る朱里。視線を外していたせいでサンドイッチからドレッシングが飛び出し、唇を汚してしまう。

 ちろり、と舌で舐めとる姿が妙に扇情的で、思わずカナタは視線を逸らした。


「それで、話って何だよ」

「あなたには、何か異常は起きてないの? 私の夢を見るとか」

「…………起きてないな」

「何よその間は」


 自分にしか見えない天使が現れて心の中をゲーム風味にしてもらって攻略中などと言えるはずもないし、言ったところで信じてもらえるはずもない。

 何かを探るような視線でじっとカナタを見つめていた朱里だが、追加で何かを喋る様子のないカナタに根負けした。


「……まぁ良いわ。これ以上、何かしらの異常が起きるようなら活動休止も視野に入れないといけないことだけ覚えておいて」

「えっと、芸能界のってことだよな? 何で俺に?」

「さぁ? でも、原因をを作った人間が存在するなら慰謝料や損害賠償はとんでもない額になるでしょうね」


 それは純然たる脅迫だ。


「事務所にとって私はだから、犯人がいれば血眼になって責任取らせようとするでしょうね」

「そ、そうか」

「何してるっすか! ここで『責任は取るから』って耳元で囁いて押し倒すっすよ!」


 無責任に焚き付けるミカエルを睨むも、カナタにできることがあるわけではない。

 心の中に侵入していることがバレるとは思えなかったカナタだが、まだ表層だというのにここまで影響を与えていることに、内心の動揺は隠せない。


 気まずい雰囲気の中で弁当を掻き込むように食べ、早く昼休みが終わることを祈るしかできなかった。




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